悪夢を招く者 4

「さっきちょうど話してて。遠子とおこさんどこに行ったのかなって」

「あら祥太郎しょうたろうくん、心配してくれてたの? 嬉しいな」

「心配というか遠子さん、いつも神出鬼没だから。レーナさんも笑ってたし」

「そうなの。……ところでレーナさん、今日はどんなファッションだった?」


 唐突な質問に皆、目を丸くする。そういう遠子自身は、地味な色のシャツの上に、エプロンと三角巾というスタイルだ。


「どんなって……いつも通りキレイでイケてる感じで。なぁ祥太郎?」

「あ、うん。いつも通りだったと思う」

「すごくステキでしたよ!」

「マリーちゃんは? ファッション興味あるじゃない? もっと細かく見てない?」

「どうだったかしら……どうしてそんなことを聞くの? トーコ」

「ちょっとね、参考にさせてもらおうかと思って」


 遠子はふふ、と笑ってから、ショーケースを指さす。


「それはそれとして。何にしますか? お客様」

「俺カキ氷! 今あるのは?」

「オレンジとアンズ、あとは梅ね」

「じゃあオレンジ」

「なになに、限定シロップとかあんの?」

「ここのシロップはね、ツルさんの手作りなのよ。種類はその時々で変わるの」

「マジで!? じゃあ僕もそれにします。えーと、梅で」

「あたしは水まんじゅうください!」

「わたしは、夏ミカンの寒天ゼリーをお願い」

「かしこまりました。みんなここで食べていく?」

「はい、お願いします!」


 理沙りさの元気な返事に頷き、遠子はショーケースに出ていた水まんじゅうと寒天ゼリーを手に取り、一旦奥へと姿を消す。

 四人が縁台で雑談をしながら待っていると、彼女はお盆を手に戻ってきた。


「お待たせしました」


 それぞれに渡された小さな盆の上には、お菓子と冷たい緑茶が載っている。


「いただきまーす! ――うーん、やっぱり水まんじゅう美味しい! お茶も美味しいですねー!」

「でしょう? 京都から取り寄せたって、ツルさんが言ってたわ」

「すげー。カキ氷本格的だなぁ。うめー!」

「まさか祥太郎お前、梅とうめーをかけてるとか」

「いやいやいや違うよ!? 勝手に僕が滑ったみたいにするのやめて!?」

「このゼリーの絶妙な硬さ加減と、甘酸っぱさが最高ね。……ところで、何故今日はトーコが店番なの?」


 自らも茶を飲み、店の外を眺めていた遠子は、マリーへと視線を向ける。


「……ツルさん、ちょっと体調を崩したみたいで、奥で休んでるの」

「大丈夫なんすか? あ、でも遠子さんの薬飲ませたらすぐ直るか」

「確かに祥太郎くんの言う通りだけど、あんなマズイもの、人様に飲ませられないじゃない?」

「僕は思いっきり飲まされましたけど!?」

「俺もな」

「あたしも飲みました」

「わたしもね……思い出したくもない味だわ」

「まあとにかく、ここのところの暑さで少し疲れただけだと思うから大丈夫。私が様子を見てるし。ところで、今日は特に仕事入ってないの?」

「ああ、メンテナンスらしいっすよ。管理棟には近づくなって。管轄区内なら、ぶらぶらしていいって言われました」


 にこにこした顔で、さらっと話題を変えられる。祥太郎の返答を聞き、遠子は才へと顔を向けた。


「才くんは、何か詳しいこと聞いてない?」

「いや、俺はなんも」

「そう。……私もなにか食ーべよっと」


 彼女はショーケースを眺め、少し迷ってから水ようかんを取り出す。


「美味しい」


 それからいつもミーティングルームで交わされるような、とりとめのない話が始まる。時間はあっという間に過ぎていった。



「はいこれ、サービスでさっきのお茶っ葉、少し分けてあげる。絶対みんなで飲んでね」

「……ありがとう」


 会計を終えると、遠子は言って小さな袋を差し出す。マリーは少し戸惑いながらもそれを受け取った。


「そうそう、今かかってる曲って何だか知ってる?」

「曲?」


 去り際に声を掛けられ、振り返ったが、もう遠子は店の奥へと戻ったのか、姿が見えなくなっていた。


「マリーちゃん、どうしたの? ぼんやりして。暑い?」


 理沙の言うように、店の外はさらなる暑さとなっていたが、そのせいではない。


「いえ、今、曲がどうのって言われて」

「曲? ……ほんとだ、聞こえるね」


 耳を傾けると、確かに音楽が聞こえる。知っている曲ではなかったが、優しく、心地よい曲だ。


「これも、何か作戦が進行してるってことなのか?」


 祥太郎の問いに、才は首を傾げる。


「どのプランの曲でもねーから、メンテナンス用かもしれねーな」

「へー。――とりあえず一旦『アパート』に帰ろうか。結局どこ行っても暑いだろうし」

「ジムはまだ使えるのかな? じゃあ、みんなでプールに行きません?」


 理沙の提案に、男二人の表情があからさまに変わる。


「マジっかよ!? ついに水着回、来ちまうのかよ!?」

「じゃあそういう訳で、さっさと戻ろう。みんな準備はいいかなー? えい☆」


 ――理沙が『ジム』と呼ぶ自然を模した空間で滝行をやらされ、彼らがすぐに音を上げたのは、また別の話である。


 ◇


 その夜。


「こんばんは、才くん。どうしたんだい? そんなに急いで」

「お、ジュノさん。――ちょっとマリーちゃんに呼ばれちまって。お袋さんから貰ったネックレス失くしたから、一緒に探して欲しいんだってさ」


 ジュノはそれを聞き、何かを考えていたようだったが、やがて小さく頷く。


「そうか。無事発見されることを祈ってるよ」

「おう、サンキュー!」


 振り向かずに手を上げ、足早に進むと、やがてマリーの部屋が見えてくる。チャイムを鳴らせば、すぐに彼女は出てきた。


「急に呼び出してごめんなさい」

「いやいや、気にすんなって」


 中へと迎え入れられリビングへと向かうと、見慣れた姿に出会う。


「――って祥太郎と理沙ちゃんもいんのか」

「なんかムカつく言い方だなー」

「みんな呼び出されたんですね。もしかして、遠子さんも?」


 向けられた視線に、マリーは首を横に振った。


「トーコとは連絡が取れなかったから。……こっちに来てくれる?」

「落とした大体の場所は分かってるってことかな?」


 今度の問いには答えずに歩みを進める。寝室の扉を開け、ベッドの近くにある壁へと手を触れた。音もなく、床の一部分にぽっかりと穴が開く。現れた地下への階段は、この『アパート』で暮らす者であれば、誰もが知る隠し部屋への入口だった。


「ん? ここって緊急時に使う部屋だよな? 僕は一回覗いたきりだけど」

「俺は機材置いてっぞ」

「あたしのところはお菓子倉庫になってます!」

「マジで? そんな気軽に使っちゃっていいの?」

「別に用途は自由だろ。お前の場合はここに籠るよりかは、どっかに転移した方が早そうだけどな」

「……わたしは、結界の練習に使ったりもしてるの」


 階段を下りた先、10畳ほどの地下室には、古い本の詰まった棚やデスクなどが置いてあり、『勉強部屋』という言葉がよく似合う。デスクの上にはティーポットと、湯気の立つカップが置かれていた。

 マリーはそちらへと近寄ると、伏せられていた三客のカップへと液体を注ぎ、客人へとそれぞれ差し出す。


「どうぞ」

「ありがとう……これ緑茶? もしかしたら、遠子さんにもらったやつかな?」


 戸惑いながらも受け取った理沙に、マリーは頷く。


「普段飲まないから、急須もなくて。美味しくなかったらごめんなさい」

「ううん、やっぱりこのお茶、美味しいね。ホットなら多分、もうちょっと温めのお湯を使えば、もっと美味しいと思う!」

「マリーちゃん大丈夫、十分イケるイケる」

「それよりマリー。ネックレスは、この部屋で失くしたってことか?」

「ショータローも飲んでくれる?」

「……は、はい」


 とりあえず話を進めようとした祥太郎だったが、マリーに気圧され、慌ててカップに口をつけた。

 それを確認すると、彼女はデスクに置いてあった自分の分を持ってきて、少し飲む。

 無言のまま、しばしの時間が流れる。マリーは大きく息をつき、三人の目をそれぞれ見た。


「……さて、これからの話をしましょうか」

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