悪夢を招く者 5
「これからの話って……どういうこと?」
「音楽は聞こえる?」
「音楽……?」
言われて耳を澄ませてみると、確かに音楽が聞こえた。徐々に記憶はよみがえってくる。昼間に聞いたのと同じ曲だった。
「これ、『アンプ』使ってんだよな?」
ぽつりとこぼれた
「
「そうだ。けど、やっぱこんな曲、聞いたことねーや。同期させんのに手間もかかるし、作戦の時も混乱すっから、そんなホイホイ変えられるモンでもねーんだよな」
危険と隣り合わせでもある『アパート』。特殊な装置で音楽に魔力を持たせることにより、聴力や居る場所に関係なく、一定のボリュームで作戦や避難の報せを受け取ることが出来るようになっている。
「それよか、何で俺らは、この曲が鳴ってんのを忘れてたんだ――?」
昼間の話だけではない。思い起こせば、ジムで滝に打たれている時も、マリーの部屋へと移動している最中も、この曲は聞こえていた。まるで空気の存在を忘れてしまうかのように、ずっと鳴り続けている音楽のことが、意識から抜け落ちていたのだ。
「そういえば僕も、朝起きた時にも聞いたような……」
「――確認したら耳を傾けすぎないで」
皆の思考へと、マリーの声が鋭く割り込む。
「出来るだけ意識を逸らして。だけど、曲が鳴り続けていることは覚えていて。抗うの。もし意識が薄れてきたら、このお茶を飲んで」
それぞれが渡されたカップの中を覗き込み、茶をもう一口飲んでみる。そうすれば確かに、頭の中がクリアになる気がした。
――何かがおかしい。それはいつの間にか、共通の認識となっている。
「この部屋には、数日前から結界が張ってあるの。たまたま新しい術式を試していただけで、今回のためにデザインしたものではないのだけれど、多少はマシなはずよ。今のうちに、次の手を考えないと」
「メンテナンスって言ってたけど、何をしてるんだろう?」
腕を組みながら、理沙がうなる。才は小さく首を振った。
「そんな予定は組まれてなかった。緊急だったとしても、何も知らされねーってのは妙だ。マスターだって――」
彼は親指の爪を噛むのをやめ、皆の顔を見る。
「そうだ。誰か今日、マスターに会ったか?」
しかし、その問いへの反応は薄い。
「いや……僕は会ってないなぁ」
「あたしも、見かけてないですね」
「わたしも――」
マリーは言いかけ、何かを思い出したかのように言葉を切る。
「そういえば、もう一つトーコが言ってたことがあるでしょう? レーナのファッションがどうとかって。皆、彼女がどんな格好をしてたか、覚えてる?」
「その時は素敵って言った気がするけど……待って。あたし何も覚えてない」
「僕も確か『いつも通り』って答えて……いつも通りって何だ?」
「レーナさん、美人なんだよ。優しいし。――けど、つり目美人だったのか眼鏡美人だったのかクチビル美人だったのかモチ肌美人だったのか、どんないい香りがしたとか……そういうの全然思い出せねーな」
キリやジュノ――他のスタッフに対しても、当たり前のように話をし、当たり前のように受け入れていた。はっきりと姿を思い出せる者もいる。しかし、大半は服装も体の特徴も声も、とても曖昧にぼやけていた。
「マリーちゃん、さっき
「わからないけど……一人で対策を立ててたくらいだし、トーコのことだから、きっと大丈夫だと思う」
「ヘタには動けねーのかもしんねーな。監視されてる可能性もあるだろうし」
「そう。だからこの部屋にも結界を張り直さなかったの。不自然な魔力の動きと取られるかもしれない。――お茶、新しく淹れてくるわね。あまり茶葉は残ってないんだけど、携帯しやすいようにして、少しでも備えないと」
マリーは足早に部屋を横切り、寝室へとつながる階段へと向かった。その足音を背後に聞きながら、才がぽつりと言う。
「そういや俺、ここ来るとき声かけられて――あれ大丈夫だったかな」
「どうなんだろう。マリーは探し物ってことで僕たちを呼んだんだし、才もそう思い込んでたんだから、意外と怪しまれないんじゃないか?」
「かもな。でも用心するに越したことねーし、早いとこ――」
「祥太郎さん外へ!」
理沙が唐突に叫ぶ。マリーが入口を開けたのと同時だった。ぐにゃりと歪む視界の中、爆炎が地下室へとなだれ込んでくるのを四人は見た。
炎の舌はこちらへと届かない。赤い色はにじみ、夜の闇の色へと変化する。皮膚に触れる空気は、じっとりと湿り気を帯びたものとなった。
「驚いた……ありがとう。ショータロー、リサ」
マリーは荒くなった呼吸を落ち着かせながら辺りに目を配る。公園か、どこかの家の庭なのか、周囲には木々が生い茂っていた。人の気配は感じられない。だが、あの音楽は変わらず聞こえ続けている。
「マリーちゃん、大丈夫だった?」
「ええ、とっさに結界を張ったの」
自動で開いていく扉の先――寝室の天井に動く影が映っていたが、何者なのかを確かめることは出来なかった。
あまり考えている時間はない。マリーは広げた扇を小さく動かしながら、小声で呪文を詠唱し、『
「『
霜のように静かに降り立つ青銅色の光。それはすぐに空気に溶け、優しげな音楽を拒む見えない壁となる。しかし魅了されるかのような力は弱まったものの、音楽が消えることはなかった。
「……やっぱりいつも使われてる音楽とは違うみたい。厄介ね。遠子のお茶もなくなっちゃったし、これからどうしようかしら」
「決まってんだろ」
不安げなマリーへと、才が珍しく強気な声音で言う。
「
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