詫び石と魔法の書庫
詫び石と魔法の書庫 1
「頼む頼む頼む……今度こそ! ――ああ、こねー! もうレディ・サウザンドは持ってるしいいよ!
うららかな日の午後。
ミーティングルームには、独り言が延々と響く。
「給料出たばっかなのに……これ以上はヤバイ。でも、そろそろ出そうな気がすんだよなぁ。まあアパートにいれば生きていけないってことはないし、いざとなればマリーみたいに借金すれば……いやいや、でも……いやいや……あと、10連だけ……! あっ、虹演出キター! こいこいこいこい……! はーいレディ・サウザンドー!」
「何やってるの?
「わっ!
ソファーの背もたれに寄りかかり、のけぞる視界に逆さまの顔が突然入ってくる。祥太郎は声を上げ、そのまま頭から滑り落ちた。
「――
「なになに……『
「いやいや、ほんと何でもないですからっ! ちょっと試しに遊んでただけで!」
「そうなんだ。――そういえば最近、ゲームにハマりすぎて、お金使いすぎちゃう人が増えてるらしいわね。祥太郎くんも気をつけて」
「……遠子さんいつから聞いてました?」
今日は掃除でもしていたのか、遠子はエプロンにマスクを着け、大きな箒を持っている。
「ヒ・ミ・ツ」
彼女は言ってふふふと笑い、さっさと部屋から出て行った。
「あの人ほんとに神出鬼没だな……」
そんなことを呟き、恥ずかしさを誤魔化そうとする。一部始終を見られていたかもしれないと思うと顔が熱くなった。
祥太郎は再び部屋の中央にあるソファーへと戻り、何度か周囲を確認してから、視線を手元へと向ける。
「あーあ、目当てのキャラは出ないし最悪。どうしよっかな……あと10連くらいなら……」
「やめとけって!」
すると今度はドアがバンと開き、
「うどぅわっ! ななにが? 何の話だよ?」
慌ててスマートフォンを投げ捨てつつ振り返る。才は誰かと電話しているようだ。
「炎上するのがオチだって! もう100パー! な、俺は警告したからな!」
何度か念を押した後で通話を切り、彼は大きくため息をつく。それから自分に向けられた顔を見つけ、目を
「おー祥太郎か。どうした?」
「いやいやいや、別に。……何かあったのか?」
「ダチがさ、石でもプレゼントして詫びをしたいらしいんだけどさ、俺には炎上する未来しか見えねーから絶対やめとけって警告したわけ」
「ああ……やり方間違えると、炎上することあるよな」
「だろ? 何度も視てみたんだが、今回はぜってー炎上するから、じっと我慢が正解」
「だけどさ、あとで蒸し返されたりするじゃん。あの時きちんと対応してくれなかったって。それで一気にオワコン化したりするし」
「まー、そりゃそれで、命なくすよりはマシだろ」
「命? 殺害予告されてんの? その人ってプロデューサー? 結構よくある話って聞いたけど」
「プロデューサー? いや、学生。彼女が
「えっ?」
「えっ?」
「二人とも、今ひま?」
かかった声に、一瞬止まった時間が動き始める。
いつの間に戻ってきたのか、遠子がドアのところに立っていた。
「お、遠子さん。まぁヒマだけど」
「僕も、それなりには」
「書庫のお掃除頼まれたから、手伝ってくれたら嬉しいな」
「じゃあ今度、俺とデートしてくれよ」
「いいわよ。『つるみや』にお団子買いに行きましょう」
「よしっ! 祥太郎、いこーぜ!」
「あ、うん」
どう考えてもそれはデートではなくお使いだと思ったが、ご機嫌な才に突っ込むのも可哀そうな気がしたので、祥太郎もとりあえず足を動かす。
「あら、三人ともどこに行くの?」
廊下を歩き始めてしばらくして、今度はマリーとばったり会った。今日は赤が目に鮮やかなマーメイドラインのドレスを着ている。
所持しているドレスが多すぎて、遠子以外は誰も確信をもって指摘はしないが、今日のように顔がにやけている時は大抵、新調した時だ。
「お掃除に使えそう」
「何の話?」
今にも床につきそうなドレスの裾を見て呟かれた言葉に、彼女は怪訝な顔をする。遠子は「何でもないわ」と笑ってから続けた。
「あのね、これからみんなで書庫のお掃除に向かうんだけど、マリーちゃんも一緒にどう?」
「OKよ」
返事は意外にも即返ってくる。
「ちょうど書庫に行ってみようかと考えてたの。一人じゃ行きづらいし……せっかくだから、リサも誘わない? しばらくお仕事がなくて暇を持て余してるみたいだから」
「そうね、理沙ちゃんが良ければ、人手が多い方が助かるな。私この前、書庫の本棚一つ消滅させちゃったじゃない? あれ以来『ブックマーカー』から目をつけられてて」
「それはトーコの自業自得じゃない! 『ブックマーカー』を怒らせると、こっちまで書庫に立ち入りづらくなるから勘弁して欲しいわ。……とにかく、リサを呼んでくるわね」
それからマリーは、ランウェイを歩くモデルのようにキレのあるターンを披露し、
二人を待つ間、祥太郎の中ではモヤモヤとしたものがずっとくすぶり続ける。なるべく意識しないようにはしていたが、流石にやり過ごせそうになかった。
「あの、つかぬことをお伺いしますが、『ブックマーカー』というのは……?」
口にしながら嫌な予感はどんどん膨れ上がっていく。どう考えても危険な臭いしかしない。
「大体想像つくと思うが、書庫も『ゲートルーム』みてーにすげー広くて迷うわけ。んで、目当ての本を見つけるのに『ブックマーカー』が存在する」
「なるほど……名前の通り、栞? みたいなもんなのかな」
「ま、貴重な魔導書とか資料もあるわけで、それを守るシステムでもあるんだけどな」
「はぁ……」
少し軽くなりかけた気持ちは、再び重さを増していく。
「そんなに緊張しなくても大丈夫よ、祥太郎くん。刺激しなければ大人しいし、いざとなったら、これもあるから」
遠子が笑顔で取り出したビニール袋には、茶色の円い物体がいくつも入っていた。
「せんべい……?」
「みんな、連れてきたわよ」
そこへ、マリーたちがやってくる。
「お待たせしました! ちょっとデザート食べてて遅くなっちゃって」
「山盛りあったのを、あれだけのスピードで平らげたんだから立派だと思うけれど」
照れ笑いをする理沙の頬には、白いクリームがついている。そこへ吸い寄せられるかのように伸びた才の指は、マリーの扇によって
「じゃあ、行きましょうか」
遠子は言って、先頭に立って歩き出す。
祥太郎は結局、新たに生まれたモヤモヤを抱えながら、後へとついていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます