襲来 2

「はぁ……」

「ショータロー、もういい加減覚悟を決めなさいよ、うっとうしい」


 『ゲートルーム』へと向かいながら吐かれる、何度目になるかわからない溜め息に、マリーが堪えかねて言った。


「溜め息ばっかりついてると、オバケが寄ってくるらしいですよ」

「幸せが逃げる、じゃなくて?」

「え、そうなの? 地域差かなぁ」


 自分を置き去りにして話題が広がるのを尻目に、祥太郎はまた溜め息をつく。

 結局流されるまま、やることになってしまった。先日の攻防戦が思い出され、暗澹たる気持ちになる。

 そんなことがありながらも、最初の部屋に到着した三人は、『コンダクター』と呼ばれる腕時計を確認しながら、『B1-146』の扉へと向かった。下から覗かれるのは嫌だから先に行けと祥太郎にせっつくマリーは、今日も高そうなドレスを着ている。


「ここがミリソーニルっていう扉?」

「はい、カワイイですよね」


 やがてたどり着いた大きなパステルカラーの扉は、全体的に丸みを帯び、おもちゃの家のドアのようだった。よく見るとハートや星のマークもついている。


「はいはい、下がって下がって」


 隣でパネルを操作していたマリーが扇を振る。二人が下がると、扉はぽこん、と音を立てて手前に開いた。


「デザインだけじゃなく、開き方も違うのか」


 中へと進んでみると、テラスのようになっているのは同じのようだったが、こちらもおもちゃの家のバルコニーといった雰囲気が漂っている。アルテス・ミラと比べて広く、立っていても安定感があった。

 光の球は、今回は左方向。

 金平糖のような形で、アルテス・ミラの時には薄暗いだけだった空間にも、同じようにカラフルな星が沢山見える。

 何故こんなに様子が違うのか祥太郎には理解できなかったが、殺風景なだけよりは和むし、一人きりではないということもあって、段々と気持ちに余裕も生まれてきた。

 二人がどうやって侵略者に対処するのかという、純粋な興味も湧いてくる。


「今回は30体って言ってたよな。三人もいるし、楽勝かな?」

「あのね、数の問題じゃないの。アルテス・ミラの住人よりも、ミリソーニルのほうが高度なのよ。わたしたちにかかれば楽勝というのに異論はないけれど、それでも油断は禁物」

「そろそろ来ますよ!」


 理沙が言って指差した方からは、金平糖の星と同じ色をした、カラフルな物体が徐々に近づいてくるところだった。

 小さく丸っこい象のように見える姿で、小さな羽根を生やしている。まるで、ゆるキャラのようだ。


「あ、なんか癒される」

「見た目に騙されちゃダメ」


 マリーは再度釘を刺してから、踊るように扇を動かす。そこから生み出された光の風は三人を優しく包み込んだ。


「祥太郎さんは、出来るだけ向こうが遠くにいるうちに飛ばしてください! こっちに来たのはあたしがなんとかしますから」

「了解」


 ということは、向こうも何か攻撃を仕掛けてくるのだろうか。そんなことはさせないと思いながら、祥太郎は意識を集中させる。

 一体――二体。小さな体を視覚が捕捉次第、転送装置へと飛ばしていく。あちら側から、鳴き声のようなざわめきが起こるのがわかった。

 特に抵抗されることもなく、順調に進んでいると思ったその時――。


「うわっ」


 突然何かが目前へと迫ってきた。慌てて身をよじると、バルコニーの手すりに紐状のものが巻きついている。それは、長い鼻だった。


「来た。でもさせないっ!」


 理沙はそれを掴んで引き剥がし、転送装置に向かって投げ飛ばす。

 今のは速く、意識の集中が間に合わなかった。確かに油断をしていると足をすくわれそうだ。

 祥太郎が改めて気を引き締め、前方を見やると、今度は何か丸いものがふわふわと漂ってくるところだった。

 ――泡だ。シャボン玉のようなそれは、異世界人の鼻先から生み出され、その数をどんどん増やしていく。


「何だろう? 初めて見るやつだ。キレイだけど……」

「そう? 汚くない?」


 マリーは理沙のほうをちらと見てから、シャボン玉を追い払うかのように扇を横へと動かした。光の風は膜となり、バルコニーを覆う。


 ぼごん。


「うぉっ!?」


 それに触れた途端、爆発を起こしたシャボン玉に、祥太郎は思わず体を仰け反らせる。

 マリーの結界のおかげで何ともないが、まともに食らえばそれなりのダメージがあるだろう。


 シャボン玉を転移させるのは、それほど難しくはない。ただ、どうやら転送装置のところに行くまでに消滅してしまうらしく、すぐに手ごたえがなくなってしまう。


「くそっ、邪魔だな! 前が見えない」


 その間にも現れるシャボン玉の数は増える一方で、小柄なミリソーニルの住人の姿も覆い隠していく。どうしたものかと迷う祥太郎の隣で、理沙がすっと細い指を伸ばした。

 ひやりとして振り向くと、彼女の指先につつかれたシャボン玉は、ぽよりと揺らいだ後、他のシャボン玉にやんわりとぶつかる。それはまた別のシャボン玉にぶつかり――流れが逆転したかのように、異世界人のほうへと戻り始めた。

 象っぽい異世界人は、まさか自分たちのもとに戻ってくるとは思わなかったのか、慌ててわらわらと逃げ出していく。所々で爆発が起き、ぴーぴーと悲鳴も上がった。


「ショータロー、ぼんやりしてないで仕事して!」


 つられてシャボン玉に指先を伸ばしかけていた祥太郎は、マリーの声に我に返る。


「りょ、了解!」


 そしてパニックになっている異世界人を、次々と転送装置へと放り込んでいった。


 それからは、簡単だった。新兵器が役に立たなかったショックが大きかったのか、しばらくして異世界人の姿は完全に見えなくなる。

 しんと静まり返る金平糖の星空の下、『コンダクター』には”Complete!!!”の文字が浮かび上がった。


「よし、やった!」

「お疲れ様でした!」


 それを見てハイタッチをする祥太郎と理紗。マリーも渋々といった風に手を合わせる。



 こうして祥太郎が辞める辞めないという話は、うやむやになったのだった。

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