第15話 手をつないでいるところを見られました
温室は思っていた以上に本格的なものだった。流石に学園のような施設、という程ではなかったが、個人が所有しているにしてはかなり十分とも言える大きさだった。
早速温室の中へ入ると所狭しと植物が綺麗に植えられている。学園の温室にあった花と同じものもあったし、のぞみが見たこともないような草もあった。
しかしのぞみは特別薬草に詳しいわけではないのだから、見たことがない草があっても当たり前と言えば当たり前だった。
「のんちゃん、気に入りそうか?」
清三はのぞみがこの温室を気になっているか気になるようだった。
「思っていたよりも、大きくて驚いています」
のぞみはその程度の感想しか言えなかった。
清三さんは私といて、楽しいのかな?話題もあまりないし……
のぞみはだんだんと自分の平凡さに不安になってきていた。良く考えれば、容姿は十人並み、特に性格が面白いわけでもないし、これといった特技もない。どこからどう見ても、そこらへんにいる平凡な女子高生以外の何物でもなかった。
それに比べて清三さんは……高校生には……見えないけれど、う~ん、よく見るとかっこいい、ような気もするし、というか男らしいし、大きな家の息子さんで……。
釣り合わない
それがのぞみの答えだった。
「あの……やっぱり離れで暮らすのは、遠慮しておきます」
のぞみは自然と清三に対して答えていた。
「むっ!」
清三は目を見開いている。断られるとは思っていなかったのだろうか。
「あの……やっぱり、その、私はあまり婚約者に向いてないと思うのですが……」
偉い家の人に粗相があってはいけないので、一応気を使いながら、自分がふさわしくないことをアピールする。
「むっ!のんちゃんがいい」
のぞみはその言葉に顔が赤くなってしまう。面と向かってそう言ってもらえて嬉しいけれども、それ以上になぜ?という気持ちが大きかった。
「あの……」
「ご家族と相談してみてほしい。俺としては、すぐにでもこの家に来てほしい」
清三の言葉に、のぞみは一応うなずいた。
なんだか、清三さんと話すと、いつも押されて終わる気がする……
のぞみは清三を見つめながらそう考えていた。
温室から屋敷へ戻ると、先ほど庭へ出てきた廊下に桜が立っている姿が見えた。どうやら桜の用事は終わったようだった。桜を見つけた瞬間のぞみはほっとして顔が緩んでしまう。
「桜ちゃ……」
桜はなぜかのぞみを凝視している。
……何を見て……あっ!
のぞみは慌てて清三とつないでいた手を離した。桜に見られたことが恥ずかしくてしょうがなかった。つい俯いてしまう。
「仲良くなられて」
桜のさらっと告げた言葉に、のぞみは顔が赤くなるのがわかった。
「あの……」
のぞみはもじもじしてしまう。
「清三様、そろそろお時間だということです」
桜が清三に話しかけた。
「あぁ、わかった」
清三にはこの後用事があるようだった。
「のんちゃん、玄関まで送っていこう」
清三はそう言うと廊下に上がり、のぞみへと手を差し出してきた。のぞみは清三の手を見つめてしまうが、桜に見られていることが恥ずかしくて清三の手を取ることはできなかった。
「あ、あの、大丈夫です……一人で」
誤魔化すように笑顔を清三へ向ける。のぞみが見た清三の瞳は心なしか少し揺れているように見えた。
廊下を戻り玄関までたどり着くと桜のお父さんが笑顔で待っていた。どうやら車を呼んでいてくれたらしかった。のぞみは清三の方を向くと、挨拶をした。
「今日はお邪魔致しました」
「あぁ、のんちゃん、また来てほしい」
清三はのぞみを見つめると、桜のお父さんから受け取った紙袋をのぞみへと渡す。紙袋にはKITOHアイスの文字が書かれていた。
う……嬉しい……
のぞみは正直うれしくて、顔がほころんでしまった。
「ありがとうございますっ!」
「あぁ、たくさん食べてくれ」
清三は眉間のしわを深くすると、のぞみへそう告げた。照れているのだろうか。
清三はのぞみと桜の車が見えなくなるまで見送ってくれた。のぞみは桜と共に車の後部座席でだんだん小さくなる清三を見つめていた。
「清三さん……優しい人だね」
のぞみはぽつりとつぶやいた。顔は怖いけれども清三の優しさに徐々にほだされつつあった。
家への車での帰宅はスムーズだった。桜はどうやら屋敷で父や母と話をしてきたらしい。父だけでなく母も屋敷に仕えているらしいのだ。
「桜ちゃんは、あのお屋敷で育ったの?」
のぞみは桜へと素朴な疑問をぶつけてみる。
「いえ、違います」
桜は首を横に振った。
「じゃあ、近くに住んでいたの?」
「いえ、以前は都心に住んでいましたが、高校に上がるのと同時にこの町に来ることになりました」
「そう……お父さんとは住まなくていいの?」
「父からはのぞみちゃんを守るように言われていますし、のぞみちゃんがあの屋敷に住むことになれば私も屋敷に移るので、父とも一緒に住むことになります」
「え!?」
のぞみは驚いてしまった。のぞみが思っていた桜の事情と違う気がするのだ。
「桜ちゃんは……学校に通うために、うちで一緒に暮らし始めたんだと思ってた」
「それも無いわけではないです。のぞみちゃんの家の方が学校には近いですし」
「でも、護衛のためだったの?」
「はい。ごめんなさい。のぞみちゃんと清三さんが正式に会うまでは内緒でした」
「そうなんだ……」
桜はのぞみに頭を下げた。友達なのに黙っていたことが申し訳ないようだった。
「護衛って……冗談かと思っていたけれど、本当に必要なのかな?」
護衛といっても、今まで危ない目にも合っていないし、合う気配もない。のぞみは疑問に感じていた。
「そうですね」
しかし、桜は当たり前のように頷いたのだった。
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