第14話 忍者屋敷をご案内
「のんちゃん、特殊授業では薬学を希望と聞いたが」
清三の言葉に、のぞみは現実へ意識を戻した。と同時に、どうして知っているんだろう、といつもと同じ疑問がわいてきた。なんだか知らない間に自分の事を清三に知られていることが多い気がするのだ。
「どうして、清三さんが知っているのですか?」
「むっ!……忍術で……」
「松君に聞いたのですか?」
のぞみの台詞に清三は目を見開いた。どうやら驚いているようなのだ。その顔はいつも通り恐ろしい顔だった。
のぞみは馬鹿じゃない。この1週間、松がのぞみと清三を会せようと画策していることを考えれば、清三と松が通じている、ということくらい簡単に想像つく。ましてや松と桜は兄妹で、その父はこの屋敷に仕えているのだ。
「松君ですね……」
「あぁ……」
清三は小さい声で答えるとこくりと頷いた。やはりそうだったらしい。清三がのぞみの情報を的確に把握していることについて、一応確認が取れたことにのぞみはほっとしていた。知らない間に見られているとしたら正直気持ち良くはないが、松が情報を流しているのなら恥ずかしいものの、得体のしれない恐怖を感じることはないからだった。
「それで、薬学だが……」
「はい……」
薬学については、のぞみの声が小さくなる番だった。薬学に興味があるというよりも、いろいろ見た中で唯一出来そうなものが、薬草の栽培だった、という程度の興味なのだ。なんだかいたたまれない気持ちになっていた。
「薬学は大切な知識だ。毒を知ることは身を守る事にもつながる」
毒?……まさか……
「まさか……毒殺なんて……」
のぞみは少し背筋が寒くなったような気がしていた。
「あぁ、屋敷の中は毒見役がいるが、外では気を付けた方が良いだろう」
清三の淡々とした言葉にのぞみは更に恐ろしくなった。
「のんちゃん、落ちているものは拾って食べてはいけないぞ」
「……」
のぞみは何も言えなかった。そんなこと、高校生であれば誰でも知っている。
もしかして毒殺ってその程度のことなのかな?おなかを壊すとか……
のぞみは自分がシリアスに毒殺について捉えてしまったことが恥ずかしかった。
そうだよね……今時、毒殺なんて……いつの時代……って、忍者もここにいるけど。
のぞみはう~んと唸ってしまう。どこまで本気にしたらよいのかわからなかった。そんなのぞみを清三はソファの向かいから見つめていた。
「のんちゃん、薬学を学ぶのであれば、この屋敷にも温室がある。案内しよう」
清三はそう言うと、立ち上がった。
流石に相手に立たれてしまうと、断るのも悪い気がしたので、のぞみも立ち上がる。散歩をして、ついでに忍者屋敷を見てみるのもいいかも、なんて呑気に思っていた。
清三は先に応接間の扉を開け、のぞみをエスコートしながら廊下へ出る。
「のんちゃん、家庭教師をつけることもできる」
清三の言葉にのぞみは考えてしまう。
「いえ……大丈夫です」
答える声は小さい。のぞみは清三と話しながら考えていた。
家庭教師を付けられても……そこまで興味があるわけじゃないし。……よく考えると清三さんに家庭教師をつけてもらうのもなんだかおかしい気がする。でも、清三さんって見た目は怖いけど、言ってくれることは優しいと思う……。
「若」
突然の低い声にビクンとのぞみは震えてしまった。後ろを振り返ると男の人が手を床についている。映画で見たことがある忍者のような体勢だった。しかし男は下を向いているせいか、のぞみには顔はわからなかった。
のぞみは今まで清三と自分以外、廊下にいないと思っていた。この男の人はどこから現れたのだろうか。
「なんだ」
のぞみは上から聞こえた声にハッと清三を見上げてしまった。清三の声はのぞみが聞いたこともないくらい冷たい。本当に清三の声なのか、まじまじと見つめて確かめてしまう。
清三の表情は無表情だった。いつものように眉間にしわも寄せていない。無機質な顔だった。
「はい。急ぎでご報告が」
男の声は淡々としている。
「のんちゃん、少し待っていてほしい」
清三はのぞみを見下ろすと、いつもの清三の声でのぞみに告げた。のぞみはついほっとしてしまう。
「じゃ、じゃあ、さっきの部屋に戻りますね」
そう言うと、のぞみは廊下をそそくさと戻り始めた。先ほど清三と話をしていた部屋まではすぐそこだった。
のぞみが部屋の扉を開け、中を見るとすでに食器は下げられているようだった。部屋に入り扉を閉めると先ほど座っていたソファへと腰を下ろす。
いつのまに……それにしても、緊張するな~
のぞみは一人になって、すこし肩に力が入っていることに気が付いた。意識しながら深く深呼吸をしてみる。ついでに首も一度ぐるりと回してみた。
清三さん、急ぎの話みたいだったけれど、忙しいのかな……帰った方がいいのかな?
それはそれで……助かったかもしれない……。
のぞみがそんなことを考えながらぼんやりしていると、すぐに清三が戻ってきた。どうやら話はすぐに終わったらしかった。
「あ……私、帰った方が……」
のぞみはソファから立ち上がると清三へ告げる。
「待たせてすまない、大丈夫だ」
清三はそう答えると、のぞみをまた廊下へと促した。
長い廊下をまっすぐ進むと、ガラスの扉が開いている場所に出た。どうやらここから庭に出るらしかった。足元にはピンクのかわいいスニーカーが用意されていた。清三にうながされ、スニーカーを履くと、スニーカーはのぞみの足のサイズにぴったりだった。
どこまで私の事を知っているんだろう……
のぞみはふと思ったが、あまり考えない方が良いような気がしていた。考えても無駄だと思ったのだ。清三にはのぞみに関する情報源がたくさんある。松に桜、そしてママ。それだけ情報源があれば、のぞみの大抵のことを知っていたとしてもおかしくないのだ。
そう自分を納得させると、のぞみは庭を眺めた。
庭は芝が綺麗に刈られていて、芝の緑に光が反射していた。向こうには林が見える。どうやら林と建物の間の芝生を歩いて行くと温室に行けるらしかった。
清三がのぞみへ手を出してくる。
もしかして……
「あの……」
のぞみは清三の手を見つめてしまう。
「のんちゃん、危ないから手を引こう」
清三の顔は真面目だ。しかし、のぞみが周りを見渡す限り、どこをどう見ても危ないようには見えない。芝は均一に刈られているし、足元はスニーカーなのだ。
手をつないだ方がいいのかな……
のぞみは清三の顔と手を交互に見てしまった。
清三はそんなのぞみをじっと見つめている。
…………
結局清三の視線に耐えることができず、のぞみは清三の手の上に自分の手を置いた。清三はすぐに手を握りしめてくるが、その手は優しかった。
……清三さん、手が冷たいな。握力で握りつぶされなくてよかった。
のぞみはのんびりと考えながら清三に手を引かれ歩き始めた。
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