12.柳に風吹きゃ藪に蛇
「いやー…ないわー…。ないやろ、ほんまに。意味分からんわ。ありえへんて…」
俺が柳の前世を当ててから早数分。柳は刀を持ったまま、胡坐をかいて道路に座り込んでいた。
「ぶつくさ言ってないで、さっさとその物騒な得物を仕舞え」
抗議のつもりらしいが、付き合ってられん。もう夜も遅い、さっさと帰って俺は寝たいのだ。
「納得いかんわー。消化不良やん。やる気満々やったんやし、空気よんでやー」
「黙れ、負け犬。勝敗に不平を漏らすのが貴様の流儀か? さっさと去るか自害しろ。第一、俺は最初から貴様と事を構える気など、毛頭なかったんだよ」
「いや、ほんま辛辣すぎやろ。てか、事を構える気はないって…あー、そういう事か。察しはつくんやけど、一応聞いとくわ。ウチが勝利条件追加せんかったら、どうするつもりやったん?」
察しがつくなら黙って帰れと言いたい所だが、柳の奴は様式やら段取りやらに重きを置いていのが見て取れる以上、さっさと説明したほうが結果的に早く帰れることになりそうだ。
「どちらにしろ、お前から言い出すように仕向けたに決まっている。刀は卑怯だ、とでもいえば、お前刀を引っ込めた挙句、同じ条件つけただろ? つまり、いくらでも方法はあったと言うことだ」
「旦那、この短い間でウチの事分かりすぎやろ。しっかし、その通りやろなー。どのみち自分から…ああ、そうや聞きたい事あったわ。ウチの前世なんで分かったん?」
俺は遠慮なく呆れた顔を柳に向け、全力で溜息を吐いた。
この女、自分がとんでもないボロを出した事に気がついてなかったのか。てっきりわざとだと思っていたのだが、呆れを通り越して哀れみを覚えるレベルである。
「なんやねん、その残念百面相。ウチがなにしたっちゅうねん」
「阿呆が、自分から名乗ったろうが新免(しんめん)と」
「…自分ニイミですけど?」
「今更誤魔化そうとするな。出自やら流儀、挙句にお得意の二刀流まで隠していたくせに一番大事なものが隠せてないとか、間抜けにもほどがあるだろ」
「いや、でもニイミっちゅう発音から字面までは分からん…まさか、ウチなんかしくじった?」
「ああ、丁寧に教えてくれたよ。『新しく免じると書いて新免』とな」
新免とは宮本武蔵の名の一つ、苗字に当たるものであった。
俺はそれを聞いた瞬間、ああこいつは宮本の父か子かどちらかで、奇抜な自己紹介もあったものだと感心したものである。
しばらく話しているうちに、妙に自分を誇示するところなどから、恐らくは息子の方…つまり宮本武蔵だろうと当たりをつけていたのだ。
そんな訳で、前世が当てられると色々と不都合があると言い出した辺りで、俺は逆にカマをかけられたのではと不安になっていた訳だが、
「お前、今までよく生き延びれたな」
どうみても強キャラであった女は、力の代償として頭がゆるくなっていたようだ。
いや、頭自体はよく回るようだから、致命的に間抜けであったのだろう。どちらでも俺には関係ないことだがな。
「………」
俺の忌憚無き感想を聞き、柳は道路へと倒れこんだ。最後の一撃をくらい、ぐうの音も出ずにあお向けに倒れたかと思ったが、
「いやや! いややっ!! い~や~や~!! 納得出来るかいボケ!! こんなん知らんわ! ウチは認めへんからな~!!」
そのまま手足をバタつかせ、全力で駄々をこね始めた。
思いもよらぬ事態に、
「うわぁ…」
先ほどから置いてきぼりよろしく傍観していたユエも、この通り口から分かりやすい感想を漏らしドン引きである。
「お前…いい大人が何を…」
「納得いかへんもん! いくら当たりをつけた言うても、二刀流やなかったら、考え直すやろ!?」
「あんな長い刀早々使うやつがいてたまるか。どうせ、反対側に偽装を施して刀が収めてあるんだろ? 一本ではなく二本入っているならあの長さも納得がいくってもんだ」
「なんで分かんねん!! ずっこいわー、ごっつずっこいわー! どうせ旦那の前世探偵とかやろ!?」
「しるかボケ! こちとら、そんな事を気にしている余裕なぞなかったわ!!」
いちいち難癖をつけてくる柳に苛立ったのか、俺は思わず喧嘩腰になってしまい、オロオロしているユエを尻目に会話のドッジボールが始まってしまう。
「なんですかー? なんなんですかー!? 勝負する気も無かったんに、余裕無いとか意味分からんのやけどー! ビビってたん、ちゃいますかー!?」
「ああんん!? 意味分からのはこっちのセリフだクソ女! あの長さの刀を抜かずに突っ込んでくるなど阿呆の極みだろうが!! 抜けるのか? 走りながら抜刀できるのかアレ!? もう少し考えてから偽装すべきだろうが!! どうなんだオイ!!」
「抜けますー! 全然抜けますー!! 気合が違うんで抜けますー!! 」
「気合で抜けるか馬鹿が!」
「馬鹿言うたな!? 誰が馬鹿やねん!! 禿げろやダボがっ!!」
「誰が禿げるか!! 貴様こそ、もげろカス!!」
「はあ? もげろ言うても、もげるもんありませんー! 乳かてもげるほどないですーっ!!」
「自分で言ってて悲しくないのか?」
「急に素面に戻らんといてくれる!?」
それは端から見れば、あきれ返るほどに滑稽な争いであっただろう。なにせ、何もかもがまるっきり子供の言い合いだったのだから。我が事ながら恥ずかしい限りである。
だが、
「ふふっ」
それを見て嘲笑でなく苦笑でもなく、嬉しそうに笑う少女が一人。
ユエは俺達の間抜けな争いを見て笑う。そこに邪気が僅かでもあれば、いい性格をしているとなっただろうが、その笑顔は無邪気そのものであった為、
「あー…アホくさ」
「悔しいが同感だ」
俺達もあっさりと毒気を抜かれてしまい、互いに顔を見合わせ苦笑いを浮かべる羽目になった。
「…? 終わった?」
「せやで、終わりや終わり! 負けた負けたっ! ろくに戦ってもいないちゅうのに完敗や!」
「やっと認めたか。醜くぐずりおってからに。いい加減、その顔も見飽きた。さっさと失せろ」
「せやから、もっと優しい言葉かけてえな。こっちは仲良うしたくて、手ぇ抜いたっちゅうのになー。も少し歩み寄るとかしてくれても、ええんちゃう?」
「無理だ。俺はあんたが嫌いだからな」
ユエがギョッとした目で俺を見てくる。
あまりにも面倒くさかったので、素直に本心を告げた訳だが、何かまずかったのだろうか?
俺の発言について思索してみたが、やはり問題は見当たらない。なにせ、
「そんなん分かっとるわ。それを踏まえて、仲良うしよう言うとるんや」
こいつはそれを分かって俺に友好を求めているのだから、何一つ問題などないのだ。
強いて言うなら、いくら俺が拒絶しようとも柳の奴が引きそうにもない事が一番の問題であろう。
「うざってぇ…」
「ほんま辛辣やな。ま、ええわ。こっちが気に入った以上、楽しくやらしてもらうだけやしな! そんくらいの見返りがあってもええやろ!」
「善意を強要するな。強請りか貴様」
「ちゃいますー。善良な隣人ですー」
「仲いいね」
「どこがだ。ユエお前の目は節穴か?」
「せやろー? 仲ええねん! あ、こうなった以上、ウサギちゃんとも仲良うするかんな。ほんなら、握手や握手」
柳は言うが早いか、ユエの手を強引に握り、握手の形をとると豪快に上下にブンブンと振り回す。まったくもって、忙しい女である。
それにしても、柳の言う事はもっともであるかもしれない。
恐らくその気になれば、俺たちは柳に勝てなかっただろう。信念だ決まりだと色々捻じ曲げさせておいて、俺の辛辣な態度はいただけないものだろう。
なので、少しは我慢し歩み寄ろうと思った矢先、
「さて、旦那にはこれやな」
俺はいつの間にか抜かれていた刀の刃先を柳から向けられる事となった。よし、絶対こいつには歩み寄らんぞ、と心に決めた瞬間である。
「…なんのつもりだ」
「アレや、見逃すからアレをやらなあかんねん」
「アレとはなんだ? しっかり主語を述べろタコ」
「アレはアレやねんって! ほら『今日のところは見逃してやる』みたいなやつや! やらな締りが悪いやろ?」
「悪いのは貴様の頭だ」
何を言い出すかと思えばくだらない、実にくだらない。完全なる自己満足ではないか。何故俺がそんな事に付き合わねばならない、否付き合う理由などない。
よって、歯牙にもかけずこの場を立ち去るべきなのだが、
「はぁ…分かった。非常に無念かつ遺憾ではあるが付き合おう」
「え? ほんまに? なんや、旦那結構ノリええんやな! デレたか? デレたんか?」
「黙れ、エセ関西人。無駄口を叩くなら、前言撤回し家に帰るぞ」
「わわっ、それは困るわ。ほんなら、ちょいと腰下ろしてや。そんで立膝をついて…いや、そんな嫌な顔せんで、少しぐらいの我侭聞いたってや」
「ちっ」
「し…舌打ちされた…」
こんな馬鹿げた事に付き合わされた上、注文をつけられるなど、腹立たしいにもほどがあった。だが、これ以上この無益な時間をすごしたくなかったため、俺は舌を全力で打ち鳴らし、素直に柳の注文に従うことにした。
「よしっ! これや、これ! 完璧なシチュエーションやろ! やる気出るわー、雰囲気でるわー。ほんなら、お約束やっとこか」
そう言うと柳は、立膝をついた俺の喉元にゆっくりと刀を近づける。
切っ先は首に当たる擦れ擦れまで迫り、嫌な圧迫感を覚える。刺されないと分かっていても怖いものだな。
月明かりの下、立膝をついた者に刀を突きつける。なるほど、確かに出来たシチュエーションだと言えるだろう。
その人工的に作られた舞台で、柳は意地悪そうに笑うと、
「ほんなら、今日のところは見逃したるわ」
あまりにもベタ過ぎる台詞を口した。
ベタである、あまりにもベタであった。言ってしまえば滑稽ですらあった。
しかし、整えられた舞台の上では芝居がかっているほうが、見栄えがいいものである。なんというべきか…ああ、そうだ、決まっただな。
見事に決まっていたのだ。配役から、所作から、雰囲気から何もかもがである。
誰がどう見ても、俺が追い詰められた末の光景と分かっただろう。
だがしかし、
「はぁ…ごっつ気持ちええ」
「台無しだ。道化か貴様は」
「道化で結構。これで、気分よく―――――」
それは、やるべき事ではなかったのだろう。
柳とユエの表情が変わり、俺の背後へと目線が移る。
そうだ、俺の後ろに何かがいる。二人の様子を見たからではない。
なにせ、
「熱い…?」
それは背中を焼かんばかりに、存在を誇示していたのだから。
熱だ、夏の暑さなど比べ物にならない熱が、俺の背中に迫ってきている。
正直振り向きたくはなかった。なにせ、ユエと柳二人の表情が驚愕と焦燥へと変わっていたからだ。
後ろを見たくない。しかしそれは、叶わぬことであった。
「なん…で? あなたが…?」
その言葉を聞き、俺は躊躇なく背後を振り返る事となったからだ。
ユエの言葉、それは知っている人間に対してのものであったのだから。それを聴いた瞬間、俺は妙な胸騒ぎを覚え、
「ねえ、何してるの?」
「清…美…?」
それが大当たりであった事を理解させられるのだ。
振り向いた先には、ほんの少し前に別れたはずの清美が立っていた。
何故ここに、そんな疑問と共に嫌な汗が出る。この異常な暑さのせいだろうか。違う、これは目の前にいる清美の放つ雰囲気が今まで見たこともないぐらいに、おどろおどろしいものだからだ。
何か声をかけなければいけないのに、何一つ呟く事すら出来ない。清美から発せられているであろう熱で、喉が引っ付いてしまっている感覚すら覚える。
「ねえ、あなた」
異様な雰囲気を纏った清美は柳を指差し、
「義之になにしてるの?」
感情のない人形のようにカクリと首をかしげると、柳を指す指から何か赤い紐のようなものが現れる。
それはゆっくりと伸びていき、清美と柳の中間辺りまで伸びると、突然姿を消した。
しかし、次の瞬間、
「あかん!!」
柳の驚愕を含んだ声が上がると共に、まっすぐに何か赤く熱い塊が俺の頭上を通過していった。俺の頭上つまり、柳が立っていた場所を通過したことになる。
柳の安否を確かめるため、即座に俺は振り向いたが、
「なんだ…? やなぎ…は?」
そこにはもう何も残ってはいなかった。
起こっている事に頭がついていかない。大気が熱せられ、清美が来て、柳が何かに飲まれた。駄目だ、思考が追いつかない。こんな状況であるからこそ冷静でなければいけないというのに、心のざわつきが、現状への不安が治まらない。
頭は混乱し、息苦しいほどに焦る中、
「火や!! 旦那! ウサギちゃん! 早よ下がれっ!!」
炎に飲まれたかと思った柳の声が頭上から聞こえてくる。空を見上げると、そこには空宙に浮かぶ柳が見えた。どうやら、とっさに飛び上がり難を逃れたようだ。
安堵の溜息を吐き、僅かばかりではあるが、冷静さを取り戻す。まだ回りきらぬ頭ではあるが、現状を整理するために、必死に思考を走らせる。
(柳は火と言っていたな。なるほど、心当たりがあるぞ。清美の奴レッドスネークこんにちは、した訳だな。しかも、あの様子を見るに…)
「うさぎちゃん! 旦那ぁ! 知り合いやろ、そのお嬢ちゃん! 普段からこんな感じなんか!?」
「そんな訳あるか! たまにヒステリーを起こすがそれ以外は普通の変態だ!」
「いや、普通の変態ってなんやねん!? いや、そんな事よりや! ちゅうことはあれか? あんま考えたくないんやけどなぁ…」
柳は初めて俺たちの目の前に現れた時のように、ゆっくりと地面へ着地すると、頭を抱えて唸り出す。どうやら今の清美の状態に、心当たりがあるようだ。
「旦那、最近あのお嬢ちゃん何か様子が変わった所なかったか?」
「…怒りやすく、それに体調が悪いといっていたな。それと、手から火が出るようになったな」
「あー…ビンゴや。最近この辺り瘴気が強かったからなー。当てられたか、あるいは別の理由か。どちらにせよ、や」
「…前世返りによる暴走」
「せやろなー」
前世返りによる暴走…? 言葉だけである程度意味は分かるが、どう考えてもいい内容を思い浮かべるのは不可能なのだが。
「一応聞く。それはまずい事か?」
「もちのロンや。頭すっかんぴんで、大暴走やからな。リミッター外れて、パワー全開やしな。しかも、気絶するか満足するまで止まらへん」
うむ、実に最悪である。思ったとおりだったが、今ほど予想が外れてほしいと思ったことはないだろう。
「どうすればいい?」
「はっ倒す」
「ふむ、実に明快で分かりやすい結論だ。だが、穏便にすませたいのだが」
「せやったら、説得しいや。無理やと思うけどな」
柳の奴、清美を倒す気満々のようだ。実際問題、このままでは洒落にならないため、止められるなら、止めたほうがいいのだろうが、
「清美!」
まずは説得の方を試すべきだろう。
「………」
俺の声を聞き、清美は手を下ろすと、静かに俺へと微笑みかけてくる。
なんだ、いけるではないかと思った矢先、
「大丈夫よ、義之。そいつは、私がなんとかするから。だからどいて、そいつ燃やせない」
完全に駄目である事を理解させられた。因みにそいつとは、再度指を指した柳の事である。
なんだこれ、目も虚ろで完全に病んでいるではないか。
「なんかしらんけど、ウチ狙われとる?」
「お兄ちゃんの首を刀で狙ったから?」
「まじかい。お嬢ちゃん誤解やー! ウチは本気で旦那を――――危なっ!!」
言い訳をしようと前へ出た柳へと炎が再度放たれる。どうやら今度は、サイドステップでギリギリ避けたようだ。実に素早い奴である。
「当たら…ない」
清美はいまだ健在の柳を見ると悔しそうに俯き、
「当たらなきゃ駄目…義之はすぐ危ない事をするから…守らなきゃ…守れない…義之を…居場所を…あの家を…」
感情のこもっていない声で、呟くように言葉を口にする。
「きよ…み?」
俺はそれを聞き、心を大きく揺さぶられた。
今の言葉が暴走状態である清美から漏れた、本心の言葉だとすれば、
(どうして、もっと気を使ってやれなかったんだ…!)
今ここにあいつがいる理由は俺を心配しての事なのだから。
恐らくではあるが、萩と九音と帰っている途中で、気になって戻ってきたのだろう。
清美たちを巻き込みたくないと、自分だけで捜査に出たのが裏目に出たのだ。
どうするのが最善であったのかは分からない。ただ、俺の行動が今の清美を生んだとすれば、それは酷く間違った行いだったに違いない。
「お兄ちゃん下がって!!」
俺が後悔の念に圧し掛かられていると、ユエの声が響いた。
「こんどこそ、あの人を―――居場所を―――全部っっ!!!」
そして、気が付くと辺り一面が炎に包まれた。
清美の背後から俺たちを囲うように、伸びていく炎。まるで生命を持っているかのような躍動をみせ、気がついたときには辺り一面火の海であった。
轟々と燃え盛る炎。それは俺達を逃がさぬようにと放たれた炎の檻。
だが、それは同時に、清美をも覆い隠していた。
炎は清美を守るようにして、清美の周辺へと伸び、もう清美の姿は見えなくなっていた。
その炎の中、
「清美っ!!」
俺の声だけが、その燃え盛る赤に呑まれ、届くこともなく消えていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます