第68話「おっさんを蔑ろにするな!」

 我々アンチートチームは、現在渓谷を川沿いに向かって歩いている。川が流れる時に聞こえる水飛沫の音や森に住む生き物たちの声。歩いているだけで癒されるようだ。

 ちなみに、こんな自然の中なので、みんな元の姿に戻って歩いている。コルラは歩くと言うよりも這うが正しい。モコはバイラを抱えて歩く。チェイサーとサイダーが乗り物形態だと移動できないので人型に変形したままだ。


 開けた場所に出た途端、チート転生者の存在を感じ取った。視界にレッドフィルターが掛かる。いや、違うこの感覚は転生者ではなく、異世界転移者の方だ。身体に宿るチートの力に反応したのだろう。


「アンチさん、見つけました?」


「ああ……転移者の方だな……」


 転移者と聞いてピーコが特に嫌そうな表情を浮かべた。それはそうだろうな。彼にとって異世界チート転移者は故郷を侵略した忌むべき存在だ。決して全員が悪者ではないのだが、あれだけの事があったから印象は最悪だろう。

 異世界転移者系は本来ならチート能力を除去して助けるべき存在だ。だが初めて出会った異世界チート転移者達は、2人の男女を除き、全員堕落した外道に成り果てていた。


「アタシ今回はパスしたい気分よ」


「あの、私とバイラは事情を知らないのだけれど、その異世界チート転移者って、どう違うのかしら?」


「チガンセル?」


 私はピーコの故郷で起こった異世界チート転移者事件の顛末をモコとバイラに話した。


「全員屑ね! 生きてる価値も無い屑、どうして人間はそこまで残酷になれるのかしら」

「クズンセル!」


「本当に嫌な事件でしたわね……今回の転移者はどうでしょうアンチ様?」


「どうだろうな……1人しかいないからな……予想できるのは勇者だと思うが」


「アンチさん、私人間嫌いです、やっちゃいたいです」


「フフフ、ネアちゃん僕もよ、噛み殺してしまいたいわ」


「ですよねコルラちゃん。デスです!」


 ネアとコルラが怖い笑顔で物騒な事を言い始めた。チェイサーとサイダーは敢えて何も言わない構えのようだ。私も、もう甘い決断はしない姿勢だ。転移者ではあるが、チート転生者と同じ構えで接しなければ痛い目に遭うのは自分でもあり周りの人々だ。覚悟を決めよう。


「ネア、アンチートガンナーを構えておくんだ」

「了解です! いつでも引き金が引けるようにしておきますね」


 チームの間に適度な緊張感が生まれる。チート転移者の反応がある場所まで歩いて向かう。


「熱源反応は3人。それ以外は誰も見えませんわ。あら? 炎が見えますわ、何か焼いているようですね……これは食事中ですわね。フフフ……呑気に魚を焼いているみたいですわね」


「はあ? マジでコルネエさん。呑気に魚焼いてるなんて憎たらしい奴だわ~! 突き刺してちょん切ってやろうかしら!?」


 ピーコが不機嫌そうに声を荒げる。転移者に対して個人的な恨みがあるとはいえ、まだ会ってもいないのにここまで不快感をあらわにするとは、相当根に持っているようだな。


 そして、遂に異世界チート転移者の姿が見えた。何処から見ても日本人の顔立ちで歳は10代前半だろう。眼鏡を掛けて理知的な顔立ちをしている。彼の周りには、男性と女児が座っている。

 男性は青年と中年の間のようにも見える。体格が良く厳ついが端正な顔立ちをしている。人間の耳ではなく獣の耳が生えており、尻からは尾も生えている。見た目の印象は質実剛健。

 女児の方は小柄な体格で儚げな風貌をしている。顔立ちはアジア中東寄り、少なくとも日本人には見えない。

 3人とも火を囲んでおり、火の回りには仕留めたモンスターの肉が数本刺さっている。どうやら肉の焼き加減を調整しているのは少女の方らしい。


 普通に肉を焼いているだけのようだ。別に変った様子は見当たらない。組み合わせは謎だが、あの組み合わせは明らかに不自然だ。すると、何か話をし始めた。よく聴き取るために、彼らの会話に聴覚を強める。こういう時身体の機能を調整できるのは便利だ。すると、皆も私の真似をして耳を澄ませる。が、コルラは無理なのでサイダーに手伝ってもらい一時的に聴覚を強化してもらっている。


「ん~焼き頃にゃぇ、ほらお食べにゃされ、シナミ」


「ああ」


 女児は肉を取ってチート転移の少年に渡した。女児の口調ははんなりとしており、方言なのかかなり訛が酷い。だが、意外としっかりとした性格にも見える。何と形容すればよいか……そう、まるで小さな母のような印象を受けた。だが、肉を受け取ったチート転移者の態度は実に素っ気無く、無言で肉を頬張るだけ。

 そして、獣人と見られる男性は、静かに女児の事を見守る姿勢を貫いている。それでいて、あのチート転移者の同行に眼を光らせているようにも見えた。これはどういうことだろうか?

 女児は自分の丸焼きを食べながら男性にも丸焼きを渡そうとしたが、キープしていた丸焼きが無い事に気付いて首を傾げた。


 遠目から見ていた私達には理解できた。女児が肉の丸焼きを取る前に、眼鏡を掛けた理知的なチート転移者の少年が丸焼きを取ってしまったのだ。少年は既に一個食べているにもかかわらず、澄ました表情で肉を見つめて話し始める。


「うん、美味いな。この焼き加減も良い」


「ちょっとどういうつもりやぇシナミくん? その肉はうちの子ラザフィーの分やえ? おいたが過ぎるとぶちのめすよぉ?」


 人は見かけによらないとよく言うが、これは正に典型的なパターンではないだろうか。女児ははんなりとした笑顔を浮かべているが声はドスが効いており、眉間に血管を浮き上がらせて怒りを露わにしている。何故彼女が自分より明らかに年上の獣人青年を年下扱いするのかは不明だ。しかし、詰め寄られたチート転移者は表情一つ変えず、単調な声で言い返した。


「魔導書の主。ロリコンは幼女を見つめているだけでエネルギー補給が完了する生き物だ。だからその犬に食物を与える理由は無いと思われるが?」


「シナミくん……おみゃあさん一変いてこました方がええみたいやぇ? ごめんねぇラザフィー。私の分をあげるけんなぁ」


「……主ハーマイオニー、お気になさらず……」


「あかんぇ、ちゃんと食べんねぇ。守護獣でも食事は必要にゃけん」


「……主ハーマイオニーこそ食べ盛りでいらっしゃる……お召し上がりください……」


「ほら、やはりロリコンではないか。そこまでいっているのだから、ではこの肉も必要ないようだな。やはり僕の見解は正しかったようだ」


 転移少年は、そう言って反対側に残っていた肉を取り上げて口に頬張ってしまった。彼は合計3つの魚を食べた。だが、そんな彼の不遜な態度に獣人男性は眉1つ動かさず、不動の姿勢を貫く。そして……。


「もう堪忍袋の緒が切れましたぇ!! うちの子を散々貶しおってからに! おみゃあさんぶちのめしたるにゃあ゛!!!!!」


 女児は凄まじい怒声を轟かせながら、懐から本を取り出して何やら指先をチート転移者にかざす。これまでの経験上、あれが魔法か何かの能力を発動させる所作だと言う事は理解できた。

 しかし、咄嗟に獣人男性が庇うように彼女の前に立ち塞がり、彼は呻き声を上げた後、まるで何かに縛られて動けなくなった。

 強いチート能力反応を感じ取った。視界にレッドフィルターが掛かる。チート転移者の少年が人差し指を獣人男性に向けている。指の周りを小さな紋章で構成されたリングが回転している。そして、獣人男性の身体には紋章で構成された鎖が幾重にも巻き付けられて拘束されていた。


「食事中は静かにしろと、そこのご主人様から教わらなかったのか、犬? 躾が鳴っていないようだな。やはりロリコンは僕達とは違う生物ようだな。しばらくそこでじっとしていろ」


 そうか、あれがあのチート転移少年のチート能力か。紋章で構成された鎖とリング……。


「なあぁぁによ、ああんの超上から目線! ぶっ殺してやるわ!!」

「ブコロセル!!」

「アッハハハハ! 噛み殺して差し上げましょう!!」

「血を吸い尽くして殺してあげるわ~!!」

「デースデースデースデース!!」


 ネア達の叫び声で、私の意識は現実に引き戻された。チート転移少年の傲慢極まりない態度に、遂に堪忍袋の緒が切れたネア達は、獣の本性を剥き出しにして一斉に走り出し、転移少年に襲い掛かった。私は慌てて後を追う。

 騒乱に気付いた転移少年は、私達に向かって何の躊躇いも無くあのチート能力を発動させた。


「効きません!!」


 しかし、間一髪ネアがアンチートガンナーから光弾を撃ちだし打ち消した。転移少年の眼が僅かに見開れた。肝を冷やしたが、流石だネア。彼女が掌に銃口を押し付けたのと同時に、私もアンチートベルトのスロットを押し下げた。


《Anti(アンチ)Fighter(ファイター)!》

《Anti(アンチ)Up(アップ)!》


 紫色のエネルギーに包まれ、私とネアの姿がアンチートマンの姿へと変わる。変身と同時にネアは光弾を連射して少年に直撃させようとするが、少年はあのチート魔法で何とか防いだ。私は手を翳してアンチートアックスを呼び寄せる。空気を裂く音を立ててアックスが掌に収まる。そして転移少年に向けて投げつけた。転移少年はネアの光弾を何とか防ぎつつ、飛んできたアックスをチート魔法で防ごうとしたが、勢い良く投げられたアンチートアックスはそんな抵抗等許さずに、彼に直撃した。

 転移少年は呻き声をあげて後方へと吹き飛ばされる。ネアはすかさず光弾を連射。怒涛の勢いで光弾が少年に直撃していく。そして、それを合図にコルラが毒液を吐き、ピーコは毒針を撃ち、モコは超音波を放射した。バイラは糸を吐き掛ける。しかし、相当苛ついていたらしく、彼女達は攻撃を止めない。


「流石にやり過ぎではないか? 地形が壊れる」


《そう言うな主。既に奴のデータは私達も閲覧した》

《僕らが止めを刺そう》


 背後から私を制止するチェイサーとサイダーの声が聞こえた。振り返ると、彼女らはマシンクロッサーバトルモードに合体変形していた。そして、まだ攻撃を受け続けている転移少年に向けて一斉放射を開始した。轟音が轟いて爆風と衝撃波が発生。


 命乞いも同情の余地も一切許さない怒涛の攻撃ラッシュ。これぞ、オーバーキル……。

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