第69話「超人兵器」
「な……!? なんやの今のオーバーキルは……? なにがどげんにゃっとんみゃ!?」
「……少なくとも……私達には敵意は無いようです……」
全員ピンポイントであのチート転移者の少年に攻撃を仕掛けていたようで、近くにいたにもかかわらず獣人男性と女児には一切被害が及んでいない。うちの子達はどれだけあの少年に殺意を抱いたのだろうか。いや、私も彼が獣人男性にした仕打ちに対して、怒りを覚えたのは否定しない。
だが、一旦彼女達に説明しなければならない。どういう風に説明するか……。
「ご両人、突然の攻撃をお許しください。我々は、異世界に害を成し秩序を乱す存在、異世界チート転生者、及び異世界チート転移者を討伐する集団……アンチートバスターズです」
ネア達がそんなチーム名いつ付けたのだとでも言いたげにこちらに視線を向ける。正直にいえば口からでまかせ、嘘八百、その場の思い付きのアドリブだ。
「私は団長のアンチ・イートです。そして彼女は副団長のネア・ラクアです」
「え˝!? ……いえ失礼しました。わたくし、副団長のネア・ラクアでございます」
咄嗟のアドリブに良く答えてくれたな、ネア。すまない。こういう場合はなるべく礼節丁寧な方がスムーズに進む筈だ。だが声まで低くする必要はないぞ? 取りあえず、コルラ達にも自己紹介をするように目配せした。
「さ、三席のコルラ・スネイブですわ、以後お見知りおきを」
「え? ……四席のピーコ・オスンですことよ、よろしく!」
「え、あ? 五席のモコ・リウです。どうぞよろしくお願い致します。そしてこの子が六席のバイラ・タフです」
「……!? ヨロンセル」
む、皆そういうキャラ付けで行くのか。いや、明らかにコルラに巻き込まれた形だが……いかん、チェイサーとサイダーは……。
《我らは主アンチ・イートに使役されし、双極の鉄魔人! アンチェイサー!》
《そして同じく、弟の鉄魔人! チェイサイダーである!》
杞憂だったか……。
「こ、これはご丁寧にどうも……うちは、魔導騎士団団長で魔導書の主を務めておんます、ハーマイオニー・エイトゴッドです。よろしゅう頼んますぇ」
彼女、ハーマイオニーは先程の怒声を響かせていた凄まじい形相とはうって変わり、愛らしい笑顔で自己紹介をする。やはり見かけによらずしっかりしていて所作も丁寧だ。訛りが酷いのは否めないが、それも個性だろう。
「……主ハーマイオニーを守護する四護騎士、鉄壁の守護獣ラザフィーだ……」
しかめっ面のまま、静かな口調で淡々と言葉を語る獣人男性、ラザフィー。本来は寡黙な人物なのだろうか、普段から進んで喋りそうには見えない。黙って行動で示すタイプなのだろう。紋章の鎖に拘束された状態でも主を守ろうと庇っていた事からも、忠誠心の表れだ。鎖を解かないといけない。
「失礼、守護獣殿。ふん!」
紋章の鎖を両手で握り、掌からアンチブラストを放出する。鎖は文字がバラバラになる様に砕け散り、ラザフィーの拘束は無事に解かれた。
「……礼を言う」
「どういたしまして」
彼は口元を僅かに緩めた。笑ってくれたのか? こういう堅物そうな御仁が笑顔を向けてくれる事は嬉しい。チート能力に直接触れたおかげで、奴の情報が頭に入り込んできた。視界にデータが表示される。
「えっと……団長? わたくしも拝見させていただいてよろしいでしょうか?」
「ああ、構わないぞ、手に触れろ……ってすっかりなりきってるな、ネア……」
副団長になりきったネアが私の手に触れる。既にアンチートマンに変身している彼女は、私の身体に触れる事でチート能力者の情報を共有し合える仕組みだ。
▼志波(しなみ)竜也(りゅうや)
15歳の高校生。脳改造手術により感情が欠落した超人兵士開発プロジェクトの成功例で、人間兵器。周りと関わりを持たない論理的思考の持ち主で、性格は傲慢。他者を見下している。この世界に召喚された勇者達に巻き込まれる形で召喚された。あらゆる戦闘術をマスターしており、接近戦及び格闘戦で彼に勝てる者はいない。
▼チート能力:紋章術
道具や体、遺伝子そのものに紋章を刻み込むことにより超常現象を人為的に引き起こす能力を得る。この世界には存在しない技術。故にチート能力。
▼備考
召喚された時点で超人的強さを誇る彼に、オールレンジ攻撃が可能なチート能力「紋章術」が加わった事により、無敵と化している。その為、この世界で彼に勝てる者は存在しない。
……これが……奴の情報だと……?
あまりにも荒唐無稽な部分があり過ぎる。まず、名前からして彼は日本人であり地球出身だ。だが、超人兵士開発プロジェクトとは何だ? そんな米国が発案しそうな空想の計画など、あるわけがなく、ましてや何故日本人の彼が成功例なのかまるで意味がわからない。ましてやそんな非人道的な事が行われるわけがない。
「まだ備考欄に続きがありますね……」
「あ、ああすまない……」
ネアの指摘で、まだ備考欄に情報があることに気付き、その部分を見た瞬間、私達は戦慄を覚えた。
――ちなみに、召喚された勇者たちは彼のクラスメイトだったが、邪魔になると判断して彼が殺した――
奴は他の勇者達を殺すという大罪を既に犯していたのか!? 召喚された勇者達は恐らく同じ地球人……同じ地球人を殺したのなら、既に彼は殺人者。この事実を考慮すると、彼は生かしておくべき対象ではなかった。
我に返り、突然警告も無しに攻撃に巻き込んでしまった事をハーマイオニーとラザフィーに説明する。
「失礼ですが……あなた方の食事風景を見させてもらいました。その時点で先程の少年が我々の討伐対象と見做しました。もしも仲の良い間柄でしたら話を聞こうと思いましたが、あの少年が守護獣殿に対する仕打ち、そして魔導団長殿にも不遜な態度を取っておりましたので、良好な関係を築いていないと判断し、誠に勝手ながら総攻撃を仕掛けて仕留めさせていただきました。突然のご無礼お許しください。奴らは原住民に対して、何時如何なる時にチート能力で危険を及ぼすかわかりませんので」
それらしい事をそれらしくでっち上げて、礼節を交えて説明する。これで納得してもらえばいいが。
「そにゃんどすかぁ……まあ、正直にいんますと、うちら騎士団とは良好な関係を築いてはおんませんでしたぇ。あれもあれで可愛いおもて接しておりましたけぇ、限度ちゅうもんがあんます。ぶっちゃけいんますと討伐してくれてぇ感謝しとります。これでうちの子達も解放されますけん」
ハーマイオニーは険しい表情を浮かべて話してくれた。何やら複雑な事情を抱えているようだ。
刹那の瞬間、消えた筈のチート転移者の反応が、さっきの少年の波動が再び現れた。馬鹿な!? あれだけのオーバーキルで確実に殺したんだぞ? アンチート抗体によって死滅するのに、生きている筈がない!
同時に凄まじい殺気を感じ、この場にいる全員を私の背に回し、アンチブラストを最大出力で放出した。先程少年がいた場所から巨大な紋章の螺旋光が出現。私が放出したアンチブラストと激突し、相殺されるように消滅した。間一髪だった……あれは確実にこちらを殺す目的の攻撃だった……。
「驚いたな。最大出力で撃った。先程僕の攻撃を防いだ事といい、お前は何者だ?」
そこに佇んでいたのは、肉体はおろか、眼鏡、服装さえ全く傷ついていないチート転移者の少年、志波(しなみ)竜也(りゅうや)。奴は感情すら感じさせない淡々とした口調でこちらに語り掛けて来た。
「そ、そんな……私とアンチさんのアンチート抗体で確実に死んでいる筈です。これはいったい!?」
「ああ、確かに死んだ筈だ……ネア、こんな時にまでアドリブ効かせなくていいぞ?」
おかしい。そもそも生きていること事態がありえない。アンチート抗体はどんなチート能力も例外なく消滅させ、チート能力により構成された肉体組織も破壊する。だが、あの少年は傷1つ負っていない。服装まで無事と言うのはどういうトリックを使用したのか?
「ほお? 先程の攻撃はアンチート抗体と言うのか、敵を前に自らの攻撃効果を暴露してしまうとは、いくら動揺しているとはいえ、愚の骨頂極まりない」
冷たい。まるで感情の無いロボットのようだ。驚くまでに表情も乏しく、瞳から読み取る事も出来ない。そしてまるで人を見下し小馬鹿にしたような言葉と態度。アドリブで丁寧さを演じていたネアの表情が強張る。これは作戦だ。奴は人の言葉の揚げ足を取り煽るのが得意らしい。ネアの肩に手を置き、乗せられるなと目配せをした。
「どうやら、僕のチート能力を消したようだが、無駄なことだ。お前達では僕に勝てない。魔導騎士団を乗っ取り好き勝手にやらせてもらうつもりだったが、それも必要ない。ここで全員消滅させる。命乞いはするな、目障りなだけだ。数秒後にはお前達はこの世から分子も残さずきれいさっぱり消え去るんだ」
奴が私達に手を翳した瞬間、理解した。これは、何かを犠牲にして避難しなければ、確実に全員殺される攻撃だと。だが、犠牲にする必要はない、要は奴の動きを止めればいい。手を翳してアレを呼び寄せる。
「何をしても無駄だ……!?」
奴の背後から私が手元に呼び寄せようとしたアンチートアックスが飛び出し、彼は振り返って反射的にアンチートアックスを掴んだ。が、アックスは私にしか持ち上げられない神器。突然の重い物を持ったかのように体勢を崩して地面に倒れたチート転移者を確認し、私とネアはコルラ達をアンチバレットコア化させてホルスターに収容。ハーマイオニーとラザフィーの手を引いてマシンクロッサーに乗り込み、全速力でその場から退散する。ネアが追撃する様に光弾を連射する。その間に加速が完了したマシンクロッサーの前に、空間の裂け目が出来る。吸い込まれるように裂け目に飲み込まれた私達は無事にその場から逃れる事が出来た。
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