第65話「アンチートマン ファイターフォーム」

そうして慎重に奴の後を追い、ようやく街外れに辿り着いた。その場所にあったのは、大きな工房だ。古き良き外観と近代技術が混じり合うデザインは、見ていて中々味がある。煙突からは煙が噴き出ている。中からは金属を叩く音や、調理でもしているのか香しい料理の匂いが漂っている。そして、様々な装備に身を包んだ、いわゆる冒険者らしき者達が行き来しているのを確認できた。これは、まさかゲーム等でよくあるギルドと呼ばれる施設ではなかろうか?

  取りあえずそれは置いておく。異世界チート転生者は扉を通り、工房の中へと入室していった。これはどうしたものか……。


《奴が中に入ったんなら、ここで待ち伏せしておけばいずれ出てくるよ主》


「うむ……確かにそうだが……ん? なにか騒がしくないか?」


工房の方が急に慌ただしい声が聞こえてきた。その瞬間、強大なチート能力を感知した。そして女性の悲鳴声が木霊する。まさか、中で攻撃でもやらかしたのか!? いかん!!


「全員突撃だぁぁぁぁ!!」


ネア達は大きな掛け声と共に突っ込んでいく。これは躊躇している場合ではない。何て強力なチート能力の波動だ。一体中で何をおっぱじめているんだこの異世界チート転生者は!? 両腕に力を溜めて扉を開くと共にぶちかまさなければ!


「そこを動くな!! この悪たれウサギめ!!」


扉を開けた瞬間、視界に飛び込んできたのは工房内の人達を床に伏せさせている男の姿だった。殴り込んできたこちらの存在に気付いて振り返る冒険者風貌の男、外見は青年だ。奴の背後に魂が揺らめいて見えた。魂の中には若い外見にはそぐわない中年風のくたびれた男が浮かんでいる。間違いなく前世の記憶を持つ異世界チート転生者だ。

 男の周りには、妙なウインドウが多数表示されているが、これがチート能力のようだ。ステータスと言うやつか? もちろんこのステータスは周りの人々には見えていない。視界に奴のデータが表示され、背後に魂も見えた。


 ▼藤堂直人

 32歳、ニート独身。冴えない人生を送り続けた挙句、転生トラックに轢かれて死亡。

 転生後、この世界では発見されていない未知の力を獲得してきたか、それゆえに強盗、略奪犯罪にまで手を出す。

 ▼チート能力:ステータス表示

 世界の事象やあらゆることを教えてくれる、本人以外には見えないウインドウが表示される。情報の組み合わせ次第では新しい技術や情報を獲得できる。


「な、なんだ? 誰だテメエらは!?」


 男が呆気にとられている隙に早速、腰に装着したベルト、アンチートベルトを使う。上部にあるスロット内に私のアンチバレットコアを挿入。すると程よい軽めのリズムの中に僅かな重低音が鳴り響く変身待機音楽が流れた。そして、そのままスロットを下に押し下げる。


《Anti(アンチ)Fighter(ファイター)!》


 今までと違い、明るい音程にの電子音声が鳴り、その後に明るい音楽が鳴り響く。私の身体が赤紫色のエネルギーに包まれ、一度紫と黒のアンチートマンの姿になる。その装甲が弾け飛び、中から白と紫のよりシャープな姿が顕わになる。


 これが私の新しい姿、アンチートマンファイターフォーム。頭の中に、この姿のデータが流れ込んでくる。


「おお、それがアンチくんの新たな姿だですね、カッコイイです!」


 ネア達が大きな声援を上げた。周りのお客も突然の変身ショーに騒めいている。


「な、何だお前ら!? 変身しやがっただと? ステータス表示」


 チート能力の波動がより強くなる。使わせん!


「ワンターンあれば十分だ!」


 即座に奴に飛び掛かり、拳を握りしめる。意識すると拳にエネルギーが集束した。


「パンチ!!」


 拳を思い切り突き出すと、赤紫色のエネルギーを帯びた拳は見事に青年に直撃。何という力だ。明らかに前より力が上がっている。あまりの勢いに吹き飛ばされた青年はカウンターに激突して咳き込み、倒れた。すかさずネアが蜘蛛の糸を放出して拘束。

 そのままの勢いで振り回して工房の外へと放り投げた。いい仕事だ、ネア。彼女はこちらを振り返ると軽くウインクする。


「な、何だテメエら……ぐっぐはぁ!? こ、これはなんだ……俺のチート能力が、消えていくだと……ステータスが、ああ、消えていくぅぅう!?」


アンチブラストの効果で肉体のチート能力を破壊され始めた青年は、途惑い吐血しながらも、糸から逃れようと必死にもがく。


「俺に何をしやがった!? テメエは何者だ!?」


「私は、異世界チート転生者を狩る番人にして執行者、死神アンチートマンだ。お前の天敵だ」


手をかざした。すると、インテリジェントデザイナーから授かった斧、アンチートアックスが空気を斬る音を立てながら高速で飛翔。そして、私の掌に収まる。本当に何処からでも飛んできてくれるとは、これは便利だ。アンチバレットコアをアックスに挿入する。


《Energy(エネルギー)Charge(チャージ)!》


 ん? このアックス……ジャッジメントモードをするためにはエネルギーを溜めないといけないのか……ああ、いつもの説教をする間に溜めておけばよいか。


「藤堂直人、32歳、ニート独身。冴えない人生を送り続けた挙句、転生トラックに轢かれて死亡か。世界の事象やあらゆることを教えてくれるステータス表示というチート能力を使い、この世界では発見されていない未知の力を獲得してきたか、それゆえに強盗、略奪犯罪にまで手を出すようになったとは……その力を世の中のために使おうとは思わなかったのか」


「う、うるせえ!! 現実世界では好き勝手生きられなかったんだ。異世界ライフをどう生きようが俺の勝手だろうが!! くそおこんな糸……」


「だからと言って悪事に手を染めていいわけがないだろう!! 貴様の行ってきた悪行は全てお見通しだ!!」


 エネルギーも充填が完了した。


《Judgement(ジャッジメント)、Antirt(アンチート)BREAKAR(ブレイカー)!!》


「ひぃ!? や、やめろ!! 俺は、俺はこのステータスの力で、天下を取るんだあぁ~!!!!!」


男が横たわる雪原の大地に、紫色の凄まじいエネルギーを纏った斧が直撃。辺りが小さな爆炎と煙に包みこまれた。男の身体は跡形も無く消え去った。


「ふう……初っ端から撃破できるとは上出来だな」


 煙が晴れると、男の魂がその場で揺らめいていた。魂を掴み取り、アンチートアックスにセットする。そのまま上に向かって掲げる。


《Soul(ソウル)、Go(ゴー)、Back(バック)》


 電子音声の後、魂は一筋の光となり、上空へと放たれた。その光は空を突き抜け天高くまで伸びていった。これであの魂も正しき場所へと戻る。


「やったね、アンチさん。圧倒的です!」


 ネアがジャンプしながら大いにはしゃぐ。しかし、周りのお客がこちらに注目している。今直ぐここから去らなければならない。特に要は無いからな。

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