第28話「棘と鋏は使いよう」

 一仕事終えて腹が空いたので、異世界食堂「カクヨム屋」に訪れる。


「じゃあ私はダンゴムシの」


「では僕はネズミの」


「ちょっと待ってくれ!!」


「「はい?」」


「すまないが正直に言わせてくれ。俺はとてもじゃないが君達が食う料理が耐えられないんだ。流石に何度もオイルを吐くのは忍びない。だから、頼むから人間の料理を選んではもらえないか? 頼む、この通りだ!」


「そ、そこまでいうのならいいですけど……」


「でも僕達の口に合うものがございまして?」


「ここは様々な異世界の食事文化が混ざり合う場所。蜘蛛とコブラでも食べられそうな人間の料理はある筈だ! ちょっと店長たちに聞いてくる。すみませ~ん!」


 2人を席に座らせて待たせてる間、俺は店の店長さん達に、ネアとコルラの種族でも食べられそうな人間の料理について尋ねる。温厚そうでいぶし銀な風貌の店長さんはスタッフ達と分厚いメニュー表らしき書物を読みながら意見を飛ばし合い。

 やがて2人でも食べられる料理を提示してくれた。しかし……。


「け……結構あるな……て、店長さん。意外とあるんですね。あの子達が食べられる人間の料理って……?」


「そりゃまあ、あの子達は人間の特徴を持って進化した種族でしょう? 元になった生物の弱点が多少改善はされてますから、人間の食べ物もある程度食べられるようになってるよ。今はどの異世界でも色んな種族が共通の料理を食べられるようになったんだよ。どういう理屈か仕組みかはわかりませんがね? もしかしたら多次元宇宙規模での何らかの力が働いたんじゃないかって言われてるね。だからウチの店みたいな異世界食堂があるわけだよ」


「へえそうなんですか……」


 そんなことがあったとは初耳だ。しかし、店長の言う何かしらの力とはまさかとは思うが俺の元締めであるインテリジェントデザイナーではないよな?

 まあいい。それよりも待たせている2人の為に料理を選んで注文をしなくては。


 色々な世界の料理があるメニューの中から今回俺が選んだのは、見たことのない野菜を沢山使い、香ばしい匂いを漂わせるブラウンカラーの液体を穀物に掛けたカレーライスの様な物。名前はタッブルベージカーリライサ。


 ネアが選んだのは濃厚でクリーミーな白い液体に野菜をぶち込んで煮込んだシチューの様な物。名前はシューチー。

 そしてコルラが選んだのはコクのあるソースと香ばしさを併せ持つブラックブラウンカラーの液体を穀物に掛けたハヤシライスの様な物。名前はヒャッシーライサ。

 微妙に地球の食べ物の名前と似ているようで似てない名前だが、俺の身体に搭載されている翻訳機能のせいなのか元々こういう名前なのかわからない。

 だが確実に言えることは、どれも美味しそうということ。臭いを嗅いでいるだけで人工皮膚に覆われた俺の表情人工筋肉がほころび、涎もといオイルが垂れそうだ。


 どれも似た系統の料理になったのは御愛嬌。


「うわぁすごく美味しそうです。この優しくて濃厚そうな匂いが何とも言えません……」


「おお、人間の食べ物と嫌煙しておりましたが、なんとも嗅ぎ心地の良いスパイシーかつ重厚な香り! 思わず顔がほころびますわ!」


 2人は瞳を輝かせながら、堪らず料理にかぶりつく。ちゃんとスプーンを使ってくれたのはありがたい。


「あぁ……美味しいです……クリーミー……」


「ああんもう美味しゅうございます……濃ゆいですわ……」


「それは良かった……これで毎回オイルを吐くのは防げそうだ。うん、美味しいな。限りなくカレーに近い料理だ。この風味、香り、味はまさにカレーそのものだ。ニャンジャンだかジャギャモイだかサークルギャネだか知らんが野菜だ。肉もビューフだったか? まあ牛肉だろう、うん。とにかく理屈は抜きにして美味しいカレーライスだこれは」


 もう材料に名前はわけがわからないが、とにかくツッコミは無しにしてこの美味しい料理を楽しむ。2人も笑顔で食べているからそれでいい。


「それで、これからどうなさるの?」


 口の周りを丁寧に布巾で吹いた後、コルラはこれからの動向を尋ねてきた。


「それはもちろん。君を元の世界へ帰す」


「おや? もう僕はお払い箱ですの?」


「質問の意味が理解できない」


 冷静な口調でお払い箱なのかと聞いてきたコルラの態度が理解できない。彼女とは勇者召喚の件が片付くまでの同行だった筈。


「あれ? もしかしてコルラさんも私達と一緒に異世界を冒険したくなりました?」


 口にシューチーの具を頬張りながらネアが嬉しそうにコルラに顔を寄せる。行儀悪いから止めろと注意がしたい。頬張り様がまるでハムスターが頬袋に物を詰め込んでいる様に見える。


「ふっふっふ……だって面白そうではありませんか! 異世界チート転生者という能力者達を狩って周るのでございましょう? なんてエキサイティングでヴァイオレンスで刺激的な冒険だろうか!」


 両腕を広げて恍惚とした表情で大袈裟に語り出すコルラ。やはりこの子はタッカーラヅカ系女子だったか。挙動一つ一つがまるで男装の麗人の芝居を見ているようだ。

 だが、彼女が思い浮かべている光景はおそらく……血濡れの狂気染みた光景だろう。その妖しく光る爬虫類の黄色い瞳からも確信が持てる。恍惚としているのが達が悪い。


「それに僕も異世界チート転生者という存在に興味がありましてね。アンチ様と出会うまでそのような輩がこの世に存在する事も知りませんでしたもの。ネアさんも何かわけあって行動を共にしていらっしゃるのでしょう?」


「はい、私は異世界チート転生者に故郷を滅ぼされ、家族も仲間も殺されました」


「な……っ!? なんという惨い所業。ああ御労しやネアさん! こんな麗しのお嬢様にそのような悲劇が起こるなんて、あ、なんと、あなんと嘆かわしい!」


「お前は一々芝居染みた動きをせんと喋れねえのか!? この子トラウマ抱えてんだよわかってる!?」


「はい。でも、あわや殺されかけたところをアンチさんに助けていただいたんです」


「あれ普通にスルーされた!?」


「ねぇねぇアンチさん。コルラさんも連れて行きましょうよ。仲間が増えると楽しいですよ?」


「あ普通に振るのね俺に!? ああもういいや。えっと、俺は別に楽しんでいるわけじゃないんだぞ? そこのところを理解してもらいたい」


「フフフ……僕のこと勝手にアイテム化しておいて、責任取ってくださいませ」


 コルラは大袈裟に身体を一回転させながら接近して手を差し出し決まりのポーズとでも言わんばかりの体勢を取った。流れるような踊りを見た気分だ。もうこれは彼女の習慣と言うか癖の様な物なのだな。

 勝手にアイテム化しておいてとは痛いところを付いてくる。コブラ、つまり蛇の小賢しさは伊達じゃないということか。この場合は可愛らしいが。


「それを言われたらもう何も言い返せないじゃないか。

 うん……どうやら俺に断る権利は無いようだ。確かに君も戦力になる。ネアもこんなに懐いているのだから拒む理由も無い。ではよろしく頼む」


「はっはっはっ! 交渉成立ですわね? せいぜい楽しませてもらいますわ」


「いやだから一々芝居染みなくていいから!」


 こちらが差し出した手を大袈裟な仕草で握り返すコルラ。


「やった~」


 ネアは心底喜んでいる。余程友達が欲しかったのか、彼女を好きになったのか。はたまた頼れるお姉さんに甘えたいのか。だが、彼女の笑顔が増えることはいいことだ。その後は祝賀会ムードで大いに盛り上がった。


「なあ、聞いたか? あそこの異世界妙なパワー持った奴らが暴れてるってよ?」

「ああ、聞いた聞いた。何でも集団で一斉に現れて辺りを荒らしてるんだって?」

「そう。しかも全員子供10代前半の少年少女ばかりだとよ」

「もしかして少年兵か何かかねぇ」


 聴覚機能が隣の席の客人達の会話を聞き取る。そして気が付いたら2人に話を聞こうと、彼等の背後から話しかけていた。


「ああ失礼。その話、聞かせてくれないか」


 男性2人は大変驚いていたが、来る者は拒まないのか、グラス片手に気さくに話してくれた。


 ギオレンという異世界に少年少女が集団で召喚されてきたらしい。


 彼らはその世界で言う天職を保有しており、好き勝手に行動。その影響で周辺の環境やパワーバランスが崩壊しているらしい。こいつは怪しい。自分のアンチートマンとしての本能が激しく訴えている。


「さっそく仕事だ。いくぞ2人とも」


「あ、は~い!」

「はっはっはっ! さっそく胸躍る冒険ですねぇ♪」


 アンチェイサーに跨り、アンチバレットコア化したネアとコルラをホルスターに収めて、ハンドルを握りエンジンを掛ける。勢い良くエンジンの鼓動が吹きすさぶ。


「待てよ? どうやっていけばいいんだ……異世界ギオレンに行くとはいっても場所がわからない。今まで当てずっぽうで辿り着いた世界ばかりだったからな……」


《異世界ギオレン、音声登録完了した。渡航を開始する》


「はい!?」


 アンチェイサーから流暢でクールな印象を受ける女性の電子音声が聞こえた?

 一体全体どういうことだ? このバイクには自動音声機能でも内蔵されていたのか? 思わず彼方此方触りながら確かめてしまう。

 

OpenオープンUpアップ


 事態が呑み込めないでいると、アンチェイサーに設置されたライト部分から光が放出されて目の前に空間に孔を穿ち裂け目が出来た。そして加速もしていないのに直ぐに孔へと吸い込まれた。

 言葉が通じるのかはわからないが、装甲を叩いて会話が成り立つのか話しかけてみた。


「ああ、ええとアンチェイサー? 君は言葉を話す機能が搭載されているのか? それとも単なる自動音声機能か?」


《前者だ主よ。改めて自己紹介させてもらおう。私はアンチェイサー。インテリジェントデザイナーに作りだされた機械生命体だ。本当は最初から話せたのだが、そっちが話しかけてこなかったから喋らずにいただけだ。ちなみに私は一応女性人格をプログラムしているから女の子だ。女子として接してくれて一向に構わない》


 素っ気無い事だ。低めの女性電子ボイスがより強調している。半機械生物と予測はしていたが女性人格とは知らなかった。


《ネアとコルラと言ったな。よろしく頼むよ。私のことは意志を宿したゴーレムのだと思ってくれ》


「あ、はい。乗り物さんが喋るなんて驚きですけど、よろしくお願いします」


「これは驚き仰天な事態でございますわね。こちらこそよろしくお願いしますわ」


 それで通じるのか。まあ俺の存在を受け入れている2人だから順応力も高いのだろう。それか馴れたのだろうな。

 走行しているうちに裂け目から抜け出し辿り着いた先は、ありえないくらい青くて綺麗な海と白い砂浜が広がる……海岸だ。


《異世界ギオレンに到着した。有害物質、空気汚染問題ない。温度適温。人体への影響も皆無》


 体内のコンピューターがご丁寧に説明。視界に空気成分だの大気濃度だの図やグラフがライトから表示されて数字が%で表わされている。


「すご~い! 海だ、青いよ! 砂も一杯だよ!」

「何だか適度に熱いですわね」


「2人とも海は初めてか」


「うん! 虫は海には近づかないから、話に聞いてただけだったの! すごいよ~始めて見た~♪」


「僕も話に聞いただけですね。でも、この匂いと感覚はまさしく未知の体験! でもやっぱりあんまり見えません。こういう時に蛇の身に生まれたことを煩わしく思いますわホント」


 せっかくなので2人とも放り投げて元の姿に戻す。楽しんでもらおう。ネアがコルラの手を取りながら、はしゃぎながら砂を手ですくって舞い上げたり、海に入り海水を蹴り上げて水飛沫を上げる。微笑ましい光景だな。海を見るなど久しくなかった。照り付ける太陽、青い空と白い雲、ライトブルー色の海、砂浜。そして行き倒れたヒューマノイド。風流だ。これで海の家等が存在すればよりそれらしく見えるだろう……。


「ってひぇぇぇ!? また行き倒れいましたぁぁぁぁぁ!?」


 視界の隅に一瞬だけ映り、危うく素通りするところだったが、ネアとは思えぬネアの奇声で改めて人が倒れていたことに気付く。砂浜殺人事件ではなかろうな。

 まさか早くもチート犠牲者を発見したのだろうか。急いで駆け寄る。視界には体温反応が表示され、行き倒れている者がまだ生きていることが確認できた。


「おい、大丈夫か、しっかりしろ、君! 君!」


 倒れていたのは人間ではなく、亜人、モンスター系のヒューマノイドだった。


『異世界亜人確認。スキャンします。データを表示させます』


「いつもどうも」


 脳内にコンピューターの電子音声が響き、少年のデータが視界に表示される。


 ▼スコルピオン族/個体名不明/♂

 人間の上半身と蠍の装甲・鋏・尾を持つモンスター系獣人族。通常のヒューマノイド系に近い体をしているが身体の殆どを硬い外殻が覆っている。両腕は蠍の鋏だが、実は内部に人間の手が隠れている。熱い土地で暮らしており、尾には猛毒効果がある。


 もはやネアとコルラで少しは見慣れたが、黒い外殻が体を覆い、露出した部分から見える肌の色は灰色。臀部からは先端に棘のある蠍の尻尾が生えている。そして人間部分の手は上下に開閉する甲羅状の鋏。髪の色は灰色がかった黒。よく見ると所々に赤い斑模様がある。この小柄な容姿からして……ネアとコルラよりも幼げに見える。



「だ、大丈夫ですのそこの坊や!?」

「ああ、蠍族の子供だ!?」


《安心しろ2人とも。この子は命に別条はない》


 ネアとコルラ、そしてアンチェイサーが駆けつけ、蠍少年を覗き込む。どうやら2人から見ても子供だと認識したようだ。

 急に騒がしくなったことに気付いたのか、少年の目が僅かに開いたので急いで呼び掛けた。


「大丈夫か、何があった」


「あ……お、俺は……ぼ、僕は……はぁ!?」


 蠍の少年は勢い良く上半身を起こす。赤い瞳と黒い瞳孔が爛々と輝きを取り戻す。


「き、気を付けるのよ! 奴らは危険……な、のよ……」


 妙な言い回した後、ガクッと倒れてしまった。


「とりあえず、涼しい所に運んであげましょう?」

「もしかしたら熱に晒されているのかもしれませんわ」


《体温が異様に高い。血流も不安定。一時的な体調不良だ。看病必須》


 2人と1機に促され、大木の木陰のまで少年を運び休ませる。彼の体調が戻るまで看病することにした。

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