第5話「異世界チート転生者による被害」
「君を安全な所まで送っていこう。住処は何処だ?」
「え? あ……」
しかし、こちらの問いにネアは急に暗い表情を浮かべる。心なしか悲しそうだが、いかん、何か地雷でも踏んだだろうか? 女心は亜人でも難解と言う事か。
「住処は……もうありません」
やはり踏み込んではいけない事だったか。自分の軽率さに腹が立った。元気の宿らない声と俯くネアの表情と言葉から察するに、彼女の住んでいたところは既にないと言う事だろうか?
「先程私を襲っていたあの人間の男性に、故郷は滅ぼされました」
「なに!?」
何という事だ。あの男はそんな非道な行いまでやっていたのか!? 今更だが、心の底から、憤怒の感情が込み上げてきた。
「何処かの人間の長達から命令されたのでしょうね。おそらく褒美をちらつかされたんだと思います。家族も仲間も、皆殺されて捕らえられてしまいました。私は命からがら逃げることができました」
「だがアイツに見つかり殺されそうになった。よほど君のスキルというものが欲しかったようだな……」
「はい……種族の中でも、私は抜群のスパイダーセンスを持つ者ですから……」
ネアは俯いたまま沈黙してしまった。円らな黒い瞳に涙が浮かび上り、流れて頬を伝っている。やがて雫は次から次へと涙は溢れて地面へと落ちていく。彼女は両手で顔を覆い、本格的に彼女は泣きだして嗚咽が漏れ始める。
「……いきなり現れて、有無を言わさず襲われて……家族も……友人も、皆殺されて……誰もいなくなって……しまいました……もう、私には帰る所はありません……これから……ずっと一人ぼっちで……私は……うぅ……ぇぐ……」
これが現実だということか……。たった1人の異世界チート能力転生者によって1つの亜人種族が滅ぼされてしまった。しゃがみ込み、嗚咽を漏らしながら激しくむせび泣くネアの頭にそっと手を乗せた。
『現地住民の追憶機能作動します』
「なに!?」
すると、それまでに彼女の経験した出来事が流れ込んできた。意気揚々と乗り込む勇者、燃やされ破壊される集落。逃げ惑うアラクニア族の人々。身体に剣を突き立てられ、肉を引き裂かれて骨を砕かれ、内臓と血飛沫が飛び交う惨たらしい光景。
必死に助けを請う女子供を躊躇いも無く切り裂く、首が飛び、腕や足が飛び、苦痛に泣き叫びながらも必死に逃げようとする女性をまるで拷問するかのように刃で切り裂き、その度に激しい悲鳴が轟く。
男達は必死に抵抗して守ろうとしているが、チート能力を持つ勇者に成すすべなく肉塊へと変えられていった。男性が最後に握った手は、妻と子の事切れた掌……。
「……っく!」
……もう、見る必要はない。これ以上は見るに堪えない。あまりにも鬼畜の所業であり人間とは思えない。彼女が目にしたこの悲惨な光景はあまりにも残虐極まりない……。きっと彼女の心に一生言える事のないトラウマと傷を植付けた。
我が存在を作り出しこの世に送り出したインテリジェントデザイナーよ。
もし貴方にこの声が聞こえていても別に答えなくてもいい。
貴方の言う通り、神は確かにやり過ぎたようだ。彼等が気まぐれに行い続けた転生の結果、異世界の亜人種族が1つ滅び、1人の少女は全てを奪われた。
安心してくれ、使命を謹んで引き受けるとしよう。自分には生きる目的も意義も最初から何もないのだからな。
「ネア」
「はい?」
優しく彼女に呼びかけた。もう彼女は行き場が無いのだ。このままではモンスター扱いされて人間に殺されかねない。
「君が望むなら、共に来るといい」
「え……!?」
ネアは腫れぼった瞳を見開いて驚いた表情を見せる。こちらの提案の意味が理解できずに戸惑っているようだ。
「無理にとは言わない。だがこのままでは君は確実に人間に殺される」
彼女の瞳をじっと見据える。ネアは俯き考えるような仕草を見せる。当然か、助けてもらったとはいえ、いきなり見知らぬ他人から旅の誘いを受けるのだ。しかも彼女は亜人である以上、余計に警戒するだろう。
「でも……私は……蜘蛛の女ですよ?」
「やはり人型では信用できないか?」
「ち、違います!? 助けていただいて、こちらの話まで聞いてもらって……でも、私と一緒にいたら、人間のイートさんは他の人間から」
「ああ、俺は人間ではない」
「え?」
自分のこめかみにアンチートガンナーの銃口を当てる。そしてそのまま躊躇なく引き金を引き銃声が響いた。
『
アンチートガンナーから放たれた特殊光弾が、こめかみを貫いて化けの皮を粒子化させて剥いでいく。一瞬にして人の姿から金属骨格と装甲で作られた外見に戻る。
銀と白の皮膚装甲を持つ、無機物とも有機物ともいえない外見。体温も感触も感じるが、無機質でもあり生物的でもあるこの姿。だからこそ彼女には正体を知らせておくべきだ。
ネアは両手で口を覆って心底驚いた表情を浮かべ、まるで未知の物質でも見るような様子でこちらを眺めている。無理もないが、その挙動が何だか原始人のようで何処か可愛らしい。
もう一度アンチートガンナーをこめかみに押し当てて引き金を引き人間態へと戻った。この動作は一瞬にして完了するのだが、自分で使っておいてなんだが、かなりオーバーテクノロジーだ。それとも神秘的な魔法の力か何かだろう。
「もし一緒に行くのなら、この旅は過酷なものになる。様々な異世界を周り、チート能力異世界転生者を狩らなければならないからな。ネア、君には従者として力を貸してほしい」
程よいそよ風が肌に当たり、かすかに草花の心地良い香りが漂う。空は澄み切っている。彼女はゆっくりと瞼を閉じて考え込む。きっといろいろな事が頭と心に浮かんでいる。決めるのは彼女自身だ、強制はしない。だが、ここで離れれば彼女はきっと殺されてしまう。できればそれが避けたい。使命にはチート異世界転生者による被害者救済も含まれているのだから。
数秒の沈黙の後、ネアはゆっくりと顔を上げて眼を開ける。その表情は穏やかで静かな決意を宿しているのが理解できた。
「私、イートさんと共に行きます。ちーと、いせかいてんせいしゃが何者なのかはまだ理解できませんが、助けていただいた御恩、この身で返せるのなら本望です」
「感謝するぜお嬢さん」
「これから調べたい所がある。あいつが作り上げた、ハーレムを処理しに行かないとな」
「はい、着いていきます。貴方が何者なのかはわかりませんが。少なくとも信用できる種族だということは理解できました。お供させてください」
彼女の精一杯の張り切り笑顔。どうやら開始早々良き相棒に恵まれたらしい。
「この姿では目立つ。移動する際は安全の為、一時的に君をアンチバレットコア態に変えておく。ちょっと後ろを向いてくれないか?」
「え? はい……」
不思議そうな表情を浮かべて何をするのかわかっていないネア。まあ不思議体験が起こるから……。
「はいチクっとしますよ~」
『
「ひゃ、ひゃう!?」
アンチートガンナーの銃口を彼女の背中に押し当てる。すると、彼女は身体を一瞬だけビクつかせて妙な所でも触られたような声を上げた後、光に包まれて縮小され、手のひらサイズのアンチバレットコアへと姿を変えた。色は赤とすみれ色、蜘蛛の形を象ったデザインとなっている。
完全に物理法則やらなにやらを無視している。人をこんな小物サイズの弾丸に変換できるなど、何処のSF物語だ。この際ツッコんでもキリがないのでこれ以上の追及は止しておこう。
『サーヴァント型アンチバレットコア入手完了しました。これからは彼女の力を模した武装・能力の行使が出来ます』
恒例通り脳内にナビゲート音声が響く。そんな恩恵があるのか。
「うん、ナイスパイダーだな。聞こえるか? ネア」
「はい、聞こえます。ちょっとくすぐったかったです……」
いかん。この声は恥ずかしがっているな。乙女に破廉恥な事をする気分だ。
「すまん。だがこれで目立たない。しばらくはこの姿でいてくれ」
「はい、イートさん」
気持ちの良い返事を聞いた後、彼女を腰のホルスターに収め、アンチートガンナーもきっちり収納する。読み取った男の記憶を頼りに、奴が築き上げたハーレムの人々の所に向かい、彼女らを開放してやらねばいけない。
「ああ。俺の事はアンチでいい」
「え? あ……はい、アンチさん」
腰から彼女の遠慮がちだが可愛い返事が帰ってきた。心を許してくれて安堵する。
空を見上げる。相変わらず雲一つない青空で澄み切っている。肌に当たる風が心地よい。だが、アンチートマンとしての使命は今始まったばかりだ。これから相手にするであろう数々の強敵を思い浮かべながら、整備されていない土と砂の道を歩く。
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