第92話【ファンギャラ編】異世界と言う名の青き星

 狭間の森を介して新たな世界へと到着した。しかし、鼻孔を突く妙に懐かしい匂いに戸惑いを覚え、次に視界に広がった光景に思わず呆けてしまった。


「……これは……路地裏だよな……?」


 もちろんただの路地裏ではない。


「アンチさん、これなんですか? なんか四角い箱の中で何かが回ってますよ? あ、いくつも置いてある」


「一体何処に辿り着いたというのです? なにやら空気が淀んでいるような気がしますわ」


「コルラ姉さん足元気を付けて。なんか透明な袋が一杯置いてあって水色の樽みたいなのがあるわよ。しかも蓋付き……ってあらやだちょっと臭うじゃないの!?」


「なにこの道? 何か嗅いだことの無い匂いがするし、この周りの建物もなに? 薄汚れてるし感じ悪いなぁ」


「ぴゅあああああああここ何処ぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!?」


 皆の訴え通り、今回はいつもと様子が違っていた。

 それは何故か。それは今回訪れた世界が自分にとって明らかに懐かしさを感じさせる世界だからだ。ネア達が見ている物体は換気扇・ゴミ袋とプラスチック製ゴミ箱・アスファルトだ。


 そう、青き星であり懐かしき故郷とも言うべき場所だ。


「おいおいおい……ど、どうなっているんだこれは……!?」


 思わず目を凝らして辺りを見渡す。味覚以外の感覚をフル稼働させてこの世界が本当に地球なのかどうかを確かめるのだが……。


 地面に敷かれた黒い道路は正にアスファルト。頬を付けてその感触を確かめた後に右へ左へと自らの足で走る。ブーツ越しの感触も間違いなく整備された道路。道端のアスファルトからご丁寧に花が咲いている。幾度にも編み込まれたフェンスにもしがみ付いて指を絡ませる。フェンスの中には放置自転車が並べられていて渓谷のラベルも貼られている。視界を広げて上を見上げる。至る所に高層マンションやビルが立ち並んでいる都会の光景。そして自分の現代的ファッション紫カラーの服装を見た後に視線を人々に向ける。亜人でも獣人でもない平均的な日本人の顔、顔、顔! 自分と同じ黄色人種アジア系の日本人がいることに対し感動すら覚えた。


「ま、間違いない……!! この見渡すばかりのコンクリートジャングル、行き交う現代ファッションにスーツの人々にこの汚れた都会の空気。騒がしい都会の喧騒は紛れもない、見間違うものか! 正に現代社会日本ではないか!!」


「ちょちょアンチさん!? さっきからどうしたんですか!? 挙動不審ですよ?」


「いきなり地面に頬ずりしたり走ったりして忙しいわね。旦那ってば遂にとち狂ったの?」


 ネアとピーコの指摘に思わず大袈裟な挙動で振り返り心の叫びを聞かせる。


「どうしたもこうしたもあるか!! 挙動不審? とち狂う? ああこれが狂喜乱舞せずにいられようか! 何故なら、この世界は俺の故郷、魂の古里、その名も地球だ!!」


 俺の叫びにバイク姉弟以外の全員が暫し沈黙し、周りの景色を見渡した後に……。


「「なっなんだってぇぇぇぇ!?」」


「うん。皆実にわかりやすくて嬉しいリアクションだな」


「ちょっとどういうことですのアンチ様!? ここが貴方の故郷ですの!? ああなんと目まぐるしい景色なんだ!?」


「今までの世界とは違うと言うか……お世辞にも空気が美味しいとは言えないわね、しかもうるさいし」


「ぴゃああああなんかこわいぃぃぃぃぃ!!」


「よしよし怖がるも無理はない。それにコルラ達の指摘もごもっともだ。今までは最低でも大自然溢れるファンタジー世界ばかりだったからな。先日の港町風異世界で少し馴れてはいたが、まさかここにきて現代社会の我が故郷にワープするとは予想だにしていなかった! これは一体全体どういうことか説明してはくれないかチェイサー姉弟?」


 興奮のあまり思考回路がショート寸前になりそうだ。頭が熱い。俺達チームをこの場へと導いた愛機達の詳しい話を聞く。


『今回はちょっと特殊な任務になるかもしれないんだよ主。ねえ姉さん?』


『ああその通りだ。主よ、実はここ最近、貴方の故郷であるこの地球で次々と異変が起こっているんだ』


「異変だと?」


『そう。しかも異変と言っても生半可な物ではないぞ。超常現象よろしく、電子の世界から現れた者達による地球侵略だ』


「で、電子の世界から来た者達による地球侵略だとぉ!?」


 電子の世界と言う単語を始めて聞いた。今まで幻想ファンタジー世界ばかり巡っていたせいかそういう単語に疎くなっていた気がする。だが2機から地球侵略と言うSF染みた単語まで飛び出るとは流石に予想外だった。ネア達は何の事か理解できずキョトンとした表情で話を聞いている。


『それだけじゃないよ主。遠くの芸術と水の都では超人的なパワーを見に付けたアウトロー達と自警団による戦いが繰り広げられ、他の異世界からキメラ種が落っこちて来たりしてるんだ』


「なにぃ!?」


『さらに地球と隣り合わせの異世界の住人たちがこの地で微かに戦闘を行い、密かにこの世界を救っている状況もある』


「ちょっと待たれよ我が愛機達! 思考回路がオーバーヒートを起こしそうだから整理させてくれ!」


 俺の叫びに反応した体内のコンピューターからのナビゲート音声が脳内に響く。


『忠告。貴方の思考回路は多少混乱しているだけでショート寸前ではありません。大袈裟です』


「ああわざわざどうもありがとうねコンピューター!!」


『どういたしまして』


「褒めとらん!!」


 一先ず聞いたことの無い単語や話が2機から飛び出して、混乱している。芸術と水の都で超人アウトロー? キメラ種が落ちて来た? 隣り合わせの異世界があるだと?


「俺が死んで転生している間に地球はそんな大変なことが起こっていたのか? 全く知らなかった。なにせインテリジェントデザイナーはそんな情報など一切よこさないからな……」


『ああうんそれは言えてる』


『あの方は意味深なことや意味の分からない発言ばかりで肝心な所はぼかすからな』


「ちょっと乗り物姉弟? アタシらも置いてけぼりなんですけど? よくわかんないけど旦那の世界が大変ってことでOK?」


『そゆこと』


「でも……私達の目的はチート能力者と転移者の討伐ですよね? アンチさんの世界にもチート能力者がいるんですか……?」


 ネアの発言に思考が正常に戻り、頭を上げた。


「そう、そうだ! この世界に来ておいて言うのもおかしいが、地球にチート能力者はいないだろう? ましてや転移者もいやしない。チート能力者と転移者は地球から異世界に来るものだぜ? 地球なんてあいつらからしたらアウトオブ眼中。最も忌むべきところであろう? 俺の出る幕は無いしお門違いではないのか?」


 異世界チート転生者と異世界チート転移者の故郷は紛れもなく全員地球出身である。自分の役目は異世界へと送り出された彼らの監視・討伐・救済である。だからこそ自分はアンチートマンであり、とてもじゃないが、地球で起こった事態に対処する立場でもないと個人的には思った。地球はチート能力者達の発想の源ではあるが、チート能力の類は一切存在しない現実の世界の筈である。既に異形の存在達が訪れている事実を明かされてはしまったがな。


『『ところがそうでもないんだぁ……』』


「顔が近い!」


『今回の任務は最初に言った電子生物の件だよ。電子人類、通称アバターは現在進行形でこの地球を侵略中なんだ』


「アバター? 映画やゲーム等に出て来る単語だな」


『語源はアヴァタールだな。その電子人類であるアバター達が何処の電子世界から来たのかわかるか主よ?』


「何処の電子の世界かだと……?」


『覚えはないか? だ』


 チェイサーの問いに、まるで頭に掛けられていた鍵が開かれるように鮮明に思い出し始めた。思考回路と脳に電流が駆け巡り次々と記憶が蘇った。

 医療リハビリ用装置「LINK」に付属する4D体感型コミュニケーションツール式VRMMO。投稿サイトシステムも搭載し、世界中のあらゆる人々と垣根を越えて繋がりその先を目指す世界を震撼させた代物。

 自分もかつて夢中で遊んでいた。様々な人達と出会い、繋がり成長できた。あれはもはやネットワークゲームの域を越えたものだったではないか。


「まさか……ファンギャラか!? 電子の世界とはファンタジアギャラクシアのことか!? では電子人類アバターの正体は……?」


『そう。ファンギャラのプレーヤー達が作りだした自分の分身であるアバターそのものさ。彼らは突如自我に目覚め、創造主であるこの世界とプレーヤー達に反逆して現実世界へと実態化を果たした』


『そして、ファンギャラとアンチートマンである貴方は決して無関係ではないということだ』


「そ、そうだ……思い出して来たぞ。俺はかつて、とあるアバターを使ってファンギャラをプレイしていた……! 功績を残してその結果、俺は位持ちになったんだ」


 自分の記憶を確かめるようにゆっくりと歩き出し、両手で頭を抱えながらこの世界で起きている事態を考える。そして自分が決して無関係ではなかった意味を実感した。


「俺のアバターの名はアンチート。システム管理者としてファンギャラのチート対策をしていたんだ!!」


突如爆発音が聞こえた。同時に逃げ惑う人々の悲鳴が聞こえ始める。煙の臭いが嗅覚を刺激する。まさか真昼間から爆発事故でもこったのか。


「一体何事? 誰か爆発でも起こしたっての?」


「ぴゃあああ怖いぃぃぃぃ!!」


「アンチ様! もしや件のアバターではありませんこと?」


「あ、ああそうかもしれんな……。だがチート反応は無い。皆表に出るぞ! 念のために人間態に変身しろ!」


「「ラジャー!」」


 ネア達が一斉に人間態へと変身。そして路地裏を抜けて表通りへ出ると、丁度通行して来た少年とぶつかってて転倒させてしまった。慌てて助け起こして謝罪する。


「す、すまん。君、大丈夫か!?」


「いや、こちらこそ申し訳ない。何分急いでいたのでな」


 その少年に違和感を感じたのは言うまでもない。まず言葉遣いが古風染みていておかしい。さらに外見がどうみても奇妙だ。逆毛の頭髪には緑のメッシュが入っており、瞳の色も何故か緑色。首元にはこれまた緑色のスカーフを巻いており、筋肉が盛り上がっており体格は良いがどうもしっくりこない。外見年齢は高校生くらいに思えるが、その表情は武人の如く凛々しい。

 だがこの少年に対して感じる得体の知れない違和感はなんだろうか? まるでこの少年の中に別の存在が入り込んでいるような。正直言ってコスプレをしているのかと思ったがそういう類ではない。


 ――ナミヲ! ほら早く行くぞ! この人達は教さん達に任せよう!――


「ああすまん掴!」


「え? 誰だ今喋ったの?」


 ネア達を振り返るが、彼女達もどうやら異変に気づいたらしく戸惑っている。今の声はこの少年の中から聞こえたような気がするが……?


「ちょっ、ちょっと待ってくれ。君は」


『急げナミヲ! アバター達は複数で破壊活動を行っているが明らかに様子がおかしい』


「うお!? 携帯が喋った!?」


 本気で驚いてしまった。何故なら少年が所持していた携帯端末機から突然電子音声が聞こえ、中央に設置されている小型の円形ディスプレイに顔文字のような表情が映し出されていたからだ。自分に搭載されているコンピューターとチェイサー姉弟で馴れていた筈なのに不覚だった。


「すまないが、この先にシティガーディアンズの戦士達がいる。彼らの所へ向かい、安全な地へと避難するのだ。ご家族の方々もそれで安心できるであろう。では御免!」


 次に少年が起こした行動に思わず目を疑った。なんと地面を蹴った後に建物を軽々と飛び越えてそのまま何処かに飛んで行ってしまった。


「何というジャンプ力だ!? もはや常人を越えていると言うか超人か……いや待て今のはまさかチート能力者か!? 地球日本人があんな馬鹿げた跳躍力を持つわけがないではないか!」


「でも待ってくださいアンチさん! 私、視界が赤くなりませんでしたよ? チート能力者なら警告音も出る筈です。魂の揺らぎも見えませんでした」


「なに? そ、そう言えばそうだ……だが、だとしたらあの奇妙な少年と携帯は一体……」


『教えてやろうか主よ』


彼等・・こそ、この地球を守る英雄の一人、「マルチフォーマー」さ』


『僕達が手を取り合うべき存在だよ。彼等・・を追いかけよう!』

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