灰色の選択(1)
代わる代わる訪れる人たちの挨拶を笑顔で受け止め、真剣な眼差しで熱意を語り、ガッチリ握手し、時にはハグを、キスを交わす。実は言葉の内容に大した意味は無い。なら正確には“語り”ではなく、“騙り”が適切か。こういう場で重要なのは面と向かって言葉を交わして、手を取り合ったという記憶だ。だから僕は台本通りに求められる言葉を述べて、判で押した様に同じ台詞を繰り返すだけ。因みに本日繰り返しNo.1フレーズはもちろん「Thanks.」、No.2は「Let's do our best !」そんなに語学が堪能では無い僕としては、小学生の英語教室かよってくらいに単純で非常にありがたい。
場所は中東、近年新たな地下資源発見に沸きに沸く小国家。迎賓館と称された煌びやかな施設には現国王だけでなく利権関係に一枚噛んでいる各国関係者や、その動向をいち早くセンセーショナルに伝えたいメディアが一同に介し懇親会が催されている。この場にこぎ着ける為には果たしてどれだけの泥臭い、血生臭いやり取りがあったのだろうか。あまり考えたくは無い。もちろん、我が社の営業マンたちによる汗と涙の努力譚も必要不可欠な要素だったわけだし、決して違法行為の結果ではない。それでも、多少はグレーゾーンは通っているわけで。精神衛生上、あくまでもこれはビジネスなのだと割り切るしか無いのだろう。そう思わないと、僕はこの厳しい資本主義の競争社会を生き抜いて生けそうに無い。
僕、
「Hola Kawase! el discurso fue bueno!」
どうもどうもと笑顔で答える。僕の役目は主には対外的な説明担当だ。プレゼン要員と言えば比較的理解して貰い易いだろうか。メディア的な露出は多く、こうして声をかけて貰うことも頻繁にある。実は、元は役者になりたかった。でも、その為の不安定な生活や将来設計を思うとどうしても飛び込み切れない臆病者で……そうこう悩むうちにモラトリアムは終わりを迎えたのだが、ちょっとした縁も手伝って有名商社に奇跡的に就職成功。更に更に運良く広報チームの目にとまり、こうしたパワーゲームの大舞台に立つことが出来ているわけだから、人生多少臆病な位がちょうど良いのかも知れない。結果的には舞台、それも社会的にかなり注目を集める壇上に立っているわけだし、ある意味僕の人生は成功と言ってもいいのではないだろうか。
「川瀬さん、少しよろしいでしょうか?」
と、この土地ではそう多くない日本語で話しかけられる。声の主は二十歳そこそこの可愛らしいお嬢さん。ジャーナリストだろうか、アップに纏められた明るめの髪と落ち着いたジャケットスタイルがよく似合っている。流暢な日本語と顔立ちは確かに日系のそれを感じるけど、多分北欧も合わさってそう。うん、凄い美人。しかしはてさて。このお嬢さんどこかで見覚えがある気もするが……
「以前一度お目にかかりました。NPO団体で活動しておりますスチュアートです」
あ、思い出した。そう、このとんでもなく意志の強い青い瞳。確か理紗・リリック・スチュアートだ。あーまじっすか。このタイミングで来ちゃいましたか。これは面倒なのに捉まってしまったぞ。というかこの人こんなに美人だったんだ?
「失礼、こんな素敵なレディが知り合いにいただろうかとちょっと別のことを考えてしまいました。独身男性の悪い癖ですね、許して下さい」
「いえ、前回お会いしたときはその……私なかなかに興奮していたかと思いますので」
えぇ、覚えていますとも。そのイメージが強くて同一人物だと認識できなかったんだから。このお嬢さん、昨年南米グァテマラでの民族集会で凄い剣幕で僕、というか鷹羽関係者に突っかかってきた人だ。確か民族の文化保護と子どもの教育辺りが目的のNPOだったはず。それ以外でも各地割と情熱的な活動で一部業界では有名人だ。
「覚えていますとも。同僚との間でも噂していたんです。先陣切って向かってくる凄い美人がいたぞって。一部メディアではヴァルキリーとか、ジャンヌダルクとか称されてますね」
うん、確か地球の自然と、文化を守る戦いに身を投じる美しき青い瞳の女神“アースヴァルキリー”なんてくっそ恥ずかしい通り名があったはずだ。そのことを思い出してか、流石にスチュアート女史も恥ずかしそうに照れ笑いを浮かべる。あ、この照れ笑いは可愛いかも。激情と冷徹なイメージが先行していたけど、こうして見れば年相応のお嬢さんなのかな?
「それで少しでも寄付が頂けるなら、私はピエロにでもなりますよ。でも、それは貴方も同じですよね? 先ほども感動的な演説を……相変わらず国王陛下から随分と熱い抱擁を賜られていた様でしたけど」
今度は僕があははと乾いた笑いを返す番。仰る通り、国王陛下の僕への寵愛は最近の業界内では有名なゴシップネタだ。元が母親似の女顔。身長も170ギリギリ無いくらい。更には肩幅も筋肉も必要最小限ともなれば、世界的に見れば少女の様な体型な訳で。特にこの国に来てからは国王にお気に召して頂けたこともあってか、周囲の僕に対する扱いが完全に女性へのソレになっている気がしてならない。もっとも、僕以外の髭の無い小綺麗なな男性社員も、同じく街で迫られたりすることもあるそうで。決して、僕だけがそういう対象として見られているわけでは無いと、ここに強く主張しておく。
少し話が脱線してしまった。えっと、何だっけか。そう、僕と彼女の立ち位置についてだ。確かに似ている。どちらも本命の為の広告塔でありプロパガンダだ。唯一違うのは僕は単なるサラリーマンで、彼女は社会の為を想い戦う思想家というところか。もしこの世界がヒーローアニメなら、倒されるべき悪は僕で、彼女はピンチになる度に正義のヒーローに助けられるヒロインとしたものだろう。
そういえば正義の味方と称される人物がここ数年はこの辺りを拠点として活動しているという噂を聞いたことがある。あぁやだやだ。考えたら憂鬱になってきた。いつか正義の味方にズドンとやられる日がきちゃうんだろうか。
「先程の発表からすると国王とのお話し合いはまとまったけれど、少数部族とはまだ完全では無いという理解でよろしいのでしょうか?」
少数部族、と言えば聞こえはいいが要は過激派ゲリラのことである。それもちょっとカルト入ってる感じの。自然と土着信仰がベースなんだろうけど、単純に環境破壊を~とかじゃないもんだから得体の知れない怖さがある。そんなんと話し合いなんて出来る気がしない。国王ですら纏められないものをよそ者の僕たちがどう出来るってんだか。それでも、やります、やってます、努力してます、解決の糸口は探して前進していますよってアピールしないといけないんだから、開発事業も楽じゃないよね。
「そうですね、言葉も文化も価値観も、色々な障害がまだ山積していますから。鷹羽は国王政権と連携を取りながらゆっくりと説明を続けていくつもりです。もちろん、スチュアートさんが仰る様に文化的な側面を蔑ろにしない様、一層の注意を心掛けております。……そうですね、貴女の様な方が近くにいて、我々がつい資本主義的な考えを優先して先走りそうになることを諫めて下されば更によりよい事業になるのではないでしょうか? 如何ですか? 是非一度じっくりお話をさせて頂いて、よろしければプロジェクトメンバーに外部監査委員の様な形で参加頂くというのは」
「それ、本気でおっしゃってるんですか?」
「もちろん。後日、私ではなく渉外担当者から正式なオファーもあるかと思います」
あたりまえじゃんか。こんな怖い発言、ペーペーの僕の一存で決めれるわけ無いっての。ちゃんとそういう作戦でいこうって決まってます。鷹羽はこのメディア受けが良くて、切れ者で求心力のあるアースヴァルキリーを取り込めるなら取り込もうって方針なのです。
それにこれはこのお嬢さんにとっても悪い話では無いはずだ。要は鷹羽が貴女の活動のスポンサーになりますよと言っている様なものなのだから。そりゃ、今までより若干活動に制限は付くかも知れない。それでも資金と権力の力は絶大だ。身も蓋もない話だが、お金さえあれば何だって出来てしまう世の中なのだから。それを思ってか、スチュアート女史は複雑な表情で思い倦ねている様子。主義主張利害思想色々……まぁ、即決は出来ないよね。
実際、鷹羽はお嬢さんに目の敵にされる様なグレーなことばかりやってるわけじゃない。ちゃんと自然環境保全とか、文化的な保護や修繕に多額の出資もしてる。現社長の理解もあってか、比較的スピリチュアル的なものに対しても寛容で、現地の人間とは上手く共存の道を歩めている企業だと手前味噌だけど思っている。だからこそ、このお嬢さんとは上手く手を取り合って、ちょっと古いけどWINWINな関係を築きたい、という思惑なのです。
でもさ、なんでそう言う事を決めた矢先、いの一番に接触したのが僕なのさ。おかげでこんなめっちゃ緊張するアドリブ連発のやり取りしないといけないし。僕は台本が無いと駄目なのだ。いくつもの報道陣のカメラやマイクの前で自信満々に語りかけている僕は、そういう台本を見て、鷹羽の広報担当者“川瀬明日麻”という役柄を演じているからこそ出来る芸当なのだ。台本が無いと沈黙が辛くてついつい軽口というか、一言多いと言うか……
「でも……そうですね、せっかくですから会社とか立場は関係なく、個人的に今度食事でも如何ですか?」
こういうのをポロッと言っちゃうんですよね。
「……それこそ、本気でおっしゃってるんですか?」
胡乱な瞳でこちらを見る彼女。確かに、仮にも敵同士……みたいな関係にあるわけですから。あぁ、これは多分失敗だ。でも今更引き下がれないし、と更に業を重ねる僕。
「先程も申し上げましたけど、貴女はとても魅力的ですから。それに、スチュアートさんの様な自分をしっかり持った女性、私はとても好きですよ」
「私は、貴方の様な仕事を仕事として割り切って無責任な行動をとる男性とはあまりご一緒したく有りませんので。お話し合いの件は改めてオファーを頂ければ検討致します。では」
にっこり笑顔で毒を吐いて足早に去って行くスチュアート女史。……あぁ、これはまずったかなぁ。これがオファーに対してマイナスに働かなければいいんだけど……まぁ、オファーは検討して貰えるみたいだし、ボロが出る前に追っ払うことは出来たわけだから結果オーライかな。……でも、ちょっとは本気だったんだけどなぁ。
ヤレヤレと肩をすくめて見送っていると、どこからともなく同僚の波川さんが現れ、ご苦労様とグラスを手渡してくれる。四十過ぎの眼鏡をかけた温厚そうなオジサマで典型的な昼行灯。僕との相性は比較的良く、会社からも割とツーマンセル扱いされている感はある。
「おっかないねぇ、さすがアースヴァルキリーだ。オジサンはあんなのに睨まれたらびびって声も出せなくなっちゃうなぁ」
「見てたんなら助けて下さいよ。僕もアレとタイマンは無理ですよ。あれ以上喋ったらぼろが出てけちょんけちょんに言い負かされかねません……」
「無理無理無理無理!! 僕は人前で喋るのとんでもなく下手だから!! 適材適所。対外対応は川瀬君。僕は裏方がお似合いです」
お似合い、というかこの人は裏方の精度がハンパなく優れてるのでそういう役割が割り振られているのだけどね。情報収集から各所への事前調整。果ては当日の状況予測に加え数パターンに及ぶ筋書きの作成。僕がこの歳で一端のスポークスパーソンを名乗れているのは全面的にこの人のおかげである。ご本人が言うには、あがり症で華が無いから表に立つのは本当に勘弁して欲しくて一生懸命出来ることをやってるだけだと主張しているけど。ホントのところどうなんだろう? この人のキャラクターは計算し尽くされてそうでちょっと怖い。
「嫌だなぁ、来週の定期記者会見。彼女まず間違い無く僕を攻撃してきますよね?」
「アースヴァルキリーちゃん? 今のやり取りから察すると十中八九してくるだろうねぇ」
「波川さん、何か対策考えて下さいよー」
「籠絡してしまうというのはどうだい? ほら、川瀬君今時のファニーフェイスだからいけるかもしれないな」
今時のファニーフェイスって。何ですかその大雑把な括りは。でも僕は女顔ってだけで別に女性受けがいいイケメンってわけじゃないのですよね。それに……
「さっき、貴方の様な人は嫌いですって言われたばっかりですよ」
うん、自分で言ってて地味に傷付く。さっきの、前の彼女に振られた時も同じ様なこと言われたんだよな……鬱になる、忘れよう。
「嫌よ嫌よも好きのうちってね」
「波川さん、今それは犯罪になるので気を付けた方がいいですよ」
「え、嘘、マジ? 最近の子は恋愛も大変だなぁ。そんなんだから独身ばっかりで出生率も上がんないんだよね。男と女の関係なんてのはね、こうちょっと強引なくらいが」
「……もしかして酔ってますか?」
テヘっと四十過ぎたオジサンが可愛くポーズ。やめて下さい気持ち悪いです。
「国王が良いワインをバンバン放出してくれてるらしくてさぁ。あぁ、僕この仕事やっててよかったなぁ。国王がこれだけ大判振る舞いなのもMissアスマ様々だねぇ」
ニコニコ幸せそうにグラスに口を付けるオジサン。ヤレヤレ。まぁ、確かに今日でこのプロジェクトも一段落。祝杯を挙げたくなる気持ちも分からなくはない。現地少数部族との対話は残っているとはいえ、今日くらいは……祝杯に溺れても罰が当たらないのではないだろうか。
因みに、Missアスマとは、国王が冗談めかして僕を呼ぶときの愛称である。……いいんだ、これで仕事が成功して次のボーナスがどーんと膨らむんなら!
「お、川瀬君もいい飲みっぷりじゃないの。よし、次もらいに行こう。赤がいいよ赤が。ここのお肉料理とも良く合うんだコレが」
美人はどうせ僕に振り向いてくれなかったわけだし、今日はもうこのあと何の仕事も無かったはずだ。ならせっかくですからビンテージのワインをたらふく頂きましょうか。 ……ん? ここそもそもお酒飲んでいい国だっけ? ま、国王が良いって言ってるんだからいっか。
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