灰色の選択(4)
「散歩をしましょう」
そう提案されて僕とアルフィナ、アイーシャの三人は外へ出ることとなった。狗錠女史はアルフィナが声をかけたが拒否した様だ。僕が一緒なのだから当然か。
外出するにあたり、服を貸し出された。銃で撃たれた足からの出血によって元のズボンは血のシミがこびりついていたし、一応僕は狙われている立場と言うこともあって変装も兼ねての着替えだ。ただ、問題はこの家に住んでいるのが女性三人なのだから貸し出される服は当然といえば当然……女性物である。
「でもホントによく似合ってるわ。コレなら大抵の人間は気が付かないわね」
かの伝説の正義の味方は悪乗りがお好きな様で。自分のメイク道具を使って僕に化粧まで施してくれやがりました。立場上強い拒否も出来ず成されるがままの僕。
「……アルフィナ、私は不本意です」
「あまり言葉を発しないで下さい。貴方がいくら女性的な顔立ちとはいえ、声は流石に違和感があるのですから」
アイーシャから小声で指摘が入る。この子、真面目で有能なんだけど基本的に僕に対する当たりがキツイ。
「アルフィナも、しゃんとして下さい。あまりフラフラされると余計な注目を集めてしまいます」
……僕に対してだけじゃ無いか。この子は誰に対しても厳しい様だ。
アルフィナの家を出て町を散策する。一応目的地はあるらしいが、本当の目的は僕にこの町の様子を見せることだと思われる。過去にあった紛争の爪痕は色濃く、所々まだ瓦礫が残っている。中央は既に復興を果たしているが、地方ではまだこんなものだ。それでも、視察で見た他の同規模の小さな町に比べれば幾分、否、かなりましだ。
「どうアスマ? 私たちの町を見た感想は」
「……物乞いや、浮浪者の類いがいませんね」
「当然です。この町はアルフィナが指導者となってまとめているんですから。皆均しく助け合って生きています」
「アイーシャ、指導者は言い過ぎよ。町長はちゃんと別に存在しているわ。私は相談役を務めているだけ」
ブラッディ・レッドを相談役とする町か。それはなかなか、曰くありげな町だ。
「ここはPMTの拠点なのですか?」
「いいえ、PMTが拠点としている町は別にあるわ。ここは……色んな事情から逃げてきた人たちが集まった場所かしら。だから住んでいる人たちの国籍も、宗派も、宗教さえもてんでバラバラ。この地方じゃこういう場所、奇跡的でしょうね。だから私たちも外出のときに気を遣うこと無く洋服で出られるって訳」
先に聞いていたのだが、アルフィナは厳密にはムスリムという訳ではないらしい。自然派宗教に近いものだと言っていたが……そもそもブラッディ・レッド自体が一部地域では信仰の対象になっているとも聞く。なら、アルフィナ自身が教組みたいなモノなのだろうか。因みに、アイーシャにとっての信仰の対象はアルフィナだそうだ。ブレてなくてたいへんよろしい。
「私も、そうやって逃げて……? あれ? どうだっけ、違う、私は元々……?」
会話の途中、アルフィナが急に立ち止まり自問自答を始める。どうして、誰、名前、私は、違う、それは後、なら、そんなことをぶつぶつと呟き、次第に焦点が虚ろに、足下もぐらつき始める。
「アルフィナ? どうしました?」
うつむくアルフィナを下から覗き込む様にアイーシャがそう呼びかける。
「あ……え、えぇ、大丈夫よアイーシャ……うん、大丈夫」
端で見て、大丈夫そうには見えない。顔色は悪く、唇は青ざめ、小さく震えている。何か持病でも抱えているのだろうか。ひとまずどこかで休んだ方がいい。
そう思い周囲を見回すと、ちょうど慌てた様子で初老の男性が駆け寄り、声をかけてきた。アイーシャは顔見知りの様で、アルフィナの体調が優れないことを伝えると男は大急ぎで近くの商店へ走り声をかける。するとわらわらと人が集まり、椅子に机にお茶にお菓子に。気が付いたときにはすっかりガーデンパーティの様相と化していた。(正確には屋台村といった感じだが)
どうぞアルフィナ様、うちの自慢のお茶は健康に良いんですよ? いやいや疲れたときにはやっぱり食事! スタミナ料理一口如何です? 言葉こそ正確には分からないが、おそらくそんなやり取りが繰り広げられている。その中心で幾分顔色を戻し、ニコニコ幸せそうに笑うアルフィナ。教組、というより町内会の人気者といった方が相応しい。この土地の人々は親切な人が多いと噂には聞いていたが、それは噂通りの様だ。
一方の僕は、皆が勧めてくれるお茶と食べ物をありがたく頂き、ジェスチャーと微笑みだけで受け答え。……辛いっす。本当は皆気付いてるんでしょ? でも哀れんで何も言わないだけでしょ? アルフィナの服を着せられて、頭にヒジャブを巻いて髪だけでなく口元も少し隠し、しっかりとメイクを施されたところで分かるだろ普通! この町の住人がが親切で紳士的なことはよく分かったから。今はその優しさが痛いから!
「凄いですねアスマ。誰も貴方のことを男性だと気付かない。それどころかさっきから紹介してくれと皆必死です」
……え、マジスか。あぁ、だからそんな女性に対する様な態度で、少し頬赤らめながら給仕してくれるんですね。僕がアルフィナの友人だと紹介されたから気付かないふりしてるんじゃ無くて、マジで気付いてないんですね? えーどうなってんのよこの国は。……ホント大丈夫?
あと、驚いたことにアイーシャは日本語で僕に話しかけてきた。僕がいる場合会話は基本英語で行われていたから、彼女が日本語を使うのは初耳である。確かにこの場所で秘密の話をする場合は日本語が一番かもしれない。この少女、実はかなり教養が高いとみえる。
「あぁ、私が日本語を話したから驚いているんですか? キリエから習いました。読み書きは苦手ですが音声認識には少し才がありますので」
発音も悪くない。これは驚いた。うーん、この子の前で迂闊に悪態ついたら危険だな。
「そのまま喋らずにいて下さい。アルフィナも持ち直したようですし、もう少ししたらこの場を離れます。……後、お世辞じゃ無く、アスマは綺麗ですよ。堂々としていればばれることはありません」
淡々と、そう言い残してアイーシャは僕の側を離れる。急遽このガーデンパーディを用意してくれた男たちに礼を言いに行った様だ。本当に良く出来た侍女だこと。あれでまだ未成年だというのだから末恐ろしい。成熟する頃にはどんな完璧超人になっていることか。
ふと、視線を感じて振り返る。すると直ぐ近く、見覚えのある人物がこちらをじっと見ている。明るい髪に巻かれたヒジャブ。服装こそ異なるがあの澄んだ青い眼だけは間違えようが無い。
目が合ってしまったので急に反らすのもマズイと思い、ニッコリ微笑んで出来るだけ自然に視線を移す。気付かれませんようにって正直冷や汗もの。や、別に気付かれてもいいのかも知れないんだけど、この格好でしょ? ……うん、嫌だ。気付かれたくない。
そして耐えること十秒。
「あの、今日本語でお話しされていませんでした?」
僕の抵抗虚しく、青い瞳が僕の直ぐ側まで来て話しかけてくる。あー駄目だって、流石にその距離だと。
「……あれ? どこかでお会いして……あ、え? 鷹羽の!?」
よっぽど驚いたのか、青い瞳は大きな声を上げて僕を指差す。言葉は日本語だったから周囲には意味は伝わらなかったみたいだけど、それでもタカバという単語に皆一斉にぎょっとした目でこちらを見てくる。あちゃーとこめかみを押さえるアルフィナと、凄い視線でこちらを睨むアイーシャ。あースミマセン、バレちゃいました。
「瀬川さん、ですよね!? 昨日拉致されたって……え? どうして!?」
「失礼しますMs.、少し事情が込み入っていまして。往来でお話しするのはちょっと」
すっと近付いてきたアイーシャが、笑っていない目の微笑みで僕に掴みかかってくる青い瞳に牽制をかける。突然割って入ってきた日本語を話す少女に戸惑うものの、僕も立ち上がり一緒にその場を離れ様とすると大人しく従ってくれた。
「アルフィナ、申し訳ありませんが少し外します」
「えぇ、私はここで彼らに事情を説明しておくわ」
先程までの友好的な視線とはうって変わり、敵対心や疑念の目を向けてくる町の住人たち。タカバという言葉はそれほどまでに微妙なモノなのだろう。万が一を考えて変装させようとした意味、ちょとは分かった気がする。
◆
「―――てな感じで無事保護されて、今は迎えが来るまでの間町を見学をさせてもらっているという訳です。物騒だから一応変装してですけど」
喧噪から少し離れた路地の陰。青い瞳の女性、アースヴァルキリー、理紗・リリック・スチュアート女史にこれまでの経緯を説明する。アルフィナがブラッディ・レッドであるくだりは一応省いた。アイーシャが補足しなかったところを見ると、それで正しいのだろう。正義の味方の正体なんて、あまり吹聴するモノじゃ無い。
「そうでしたか、それは失礼をしました。何はともあれ無事で何よりですね。でも、こんな地方の町に滞在だなんて。この辺り一帯、どちらかといえば開発反対派ですし、川瀬さんからすれば敵の本拠地ど真ん中みたいなものですよ? 大丈夫なんですか?」
それに対してはあははと乾いた笑いを返すのみ。アンタの不用意な発言のせいで危うく袋にされそうだったんですけどね。
「それについては心配に及びません。この町は他とは少し存在が異なっていますので。私の主が統治を続ける限り、タカバとの全面抗争は起こりえません」
「あ、ということはやっぱりさっきの赤い髪の女性がアルフィナ・カトラシス様?」
「Ms.スチュアート、どういったご用でしょうか? 会談をご希望であれば町議会かPMTを通して正式にアポイントを」
「え? あぁ失礼致しました。そう、ですね。今は地震や過激派の動きもあって非常事態に近い状況でしょうし。出直します。名刺だけ、お預かり頂けないでしょうか?」
それでしたら、と渡された名刺をアイーシャが受け取る。最初は若過ぎるアイーシャに戸惑っていたが、揺るぎないその立ち振る舞いにスチュアート女史も気にしないことを決めた様だ。確か彼女は子どもの教育支援もしていたはずだ。若年層の奉公を気にしているのかもしれない。
「日本語、お上手なんですね。失礼かも知れませんが年齢をお伺いしても?」
「今年で十五歳になります。アルフィナより日々指導を受けておりますので」
「カトラシス様も教育に熱心な方なんですね。是非一度、ゆっくりとお話が出来ればとお伝え下さい。また改めてご連絡をさせて頂きます。川瀬さんも、またお会いしましょう。今回の出会いによって鷹羽が強硬に走られないことを祈っています」
「PMTは鷹羽との会談を望まれています。私を拉致したのは確かに現地の過激派ですけど、救出してくれたのもまた現地に根付く団体です。少なくとも、私には彼女たちに恩がありますから。そうならない様に全力を尽くしますよ」
それなら、と満足そうに肯くアースヴァルキリー。こちらが拉致されたことを哀れんでか、今回は割とお手柔らかで助かった。……と思ったら立ち去り際に一言。
「それにしても、その格好は本当にMissアスマって感じですね。それ、国王の前でやれば一発なんじゃないですか?」
何が一発なんだ何が。微笑みながらも青い瞳の奥にはどう見ても侮蔑の色が見えるぞ。はぁ、もうホントあの人とのやり取りは疲れる。スチュアート女史が立ち去ってからもしばらく精神的疲労によってその場を動かずにいると……
「……先程も言いましたけど……その、アスマは……綺麗ですよ。ニッポンでは、そういうの美のことをヤマトナデシコと言うのでしたか?」
アイーシャが何か言い出した。いつもの揺るぎないしゃべりとは違いちょっとたどたどしい。言葉を選んでいる感じ。もしかするとこれが本当のアイーシャのしゃべり方なのだろうか。そして何かだんだん加速してくる。
「兎に角……そういう感じです。アルフィナは当然私の憧れですが、立ち振る舞いが少し乱雑で優美さに欠けます。キリエに至ってはただのアル中ですし……その点、アスマは気品を感じます! 陛下が気にされるのも分かります。知っていましたか? 私たちくらいの年代のの間ではMissアスマは理想の女性像として憧れの対象になっているんですよ! ですから、先のMs.スチュアートの言葉は純粋な嫉妬心から出た言葉でしょう。アルフィナが言っていました。女性たるもの、羨望と嫉妬を集めてこそ真の魅力を」
「アイーシャ」
「はい?」
「男性にその慰めは逆効果だよ」
「……失礼しました」
その後、住民を解散させたアルフィナが合流。そこから先は行く先々で人々の視線が僕へ突き刺さるのを感じた。アイツが俺たちの敵だ。どうしてあんなヤツをアルフィナ様が。目は口程物を言う。人の口に戸は立てられない。どこへ行ってもら視線は冷たく厳しい。
意外だったのが、そんな僕を庇う様に率先してアイーシャが妨害に入っていたこと。睨む男たちを牽制し、常に僕の側を離れず歩いてくれる。ホントに、見上げた侍女魂だこと。本人も僕のことは気にくわないだろうに、それでも主人の命であれば献身的に守ってくれるのか。
アルフィナと一緒だったおかげか、特にトラブルに巻き込まれること無く無事帰宅。目的は食材の調達だった様で、今夜は少し豪華な歓迎の宴を催してくれるそうだ。狗錠女史はアルフィナが受け取ってきたワインを見せると目を輝かせ、ワインに免じて僕との同席を同意していた。ワインの価値はあまり詳しくないが、アレ、めっちゃくちゃ高いヤツだ。店で購入するときにアイーシャが必死に止めていた。「思い留めて下さいアルフィナ、キリエの麻痺した舌にそんなワインもったいな過ぎます! そこのワゴンセールで十分です!」
割と酷いことを言うものだ。因みに、アイーシャに教えてもらったのだけど、この国ではアルコールは完全禁止という訳では無いらしい。許可証を申請すれば購入することは可能なのだとか。ただし、屋外で飲んだり、酔っ払った姿を見せることはタブーだという。日本にもその制度、導入されて欲しいものだ。都市部では屋外でみっともなく酔って暴れて吐瀉物ぶちまける輩が多過ぎて。まぁ、僕もそういう経験あるからあんまり大きな声では言えないんだけどね。精々、この国では気を付けよう。
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