第3話 無双/遊戯

 まるで最終戦争でも勃発したのか如く、巨大な閃光が直撃し合い大規模な爆発エフェクトがスクリーンを埋め尽くす。もはやダメージ数値など正常に作動するのかと疑問が浮かんでもしょうがない程の圧倒的火力。響き渡る爆音サウンドと破壊表現が表示されるエリア。一種の終末映画でも見たかのような光景。辺り一面は焦土と化す。

 だが、所詮これは現実で起こっている事ではない。高度なバーチャリアリティと電脳空間で処理されているポリゴンとテクスチャー、0と1から構成される限りなくリアルに近い映像表現に過ぎない虚構。


 そう、ただの仮想世界の出来事に過ぎない。


 この戦いを引き起こした原因であるアバターは、まるで何事も無かったかのように平然とエリアに佇む。彼の傍らには眷属である赤い外甲に覆われた蠍型モンスター。


 ファンギャラの生きた伝説と呼ばれる最強のアバター、スコーピオン。


 夢緒ゆめおつかむの1stアバター。

 

 武器の複数装備、同時使用が可能なファンギャラにおいて、固定職業ジョブの概念は無い。

 彼が主に使用する武器は、大鎌・大剣・双剣の三種。そう、いわゆる三種の神器。本来は光学双銃も使うが、世界観に配慮してギャラクシアでしか使わない。

 彼に従っている真紅の蠍型モンスターはアンタレス。かつてβテスト時代にAIに介入してラスボスから奪い取ったレアモンスター。


 スコーピオンの目線を借りて、掴は今しがた自分達の攻撃でHPの半分を削り取った敵を嘲笑うかのように見上げていた。


「ふむ、もう終わりか…」


 彼の身の丈など大きく上回っている、三つの頭部を持つ超巨大型のドラゴン。

 猛毒効果を持つ広範囲攻撃魔法を喰らい、身体は紫色に染まり毒を示す泡が1つ1つ消えては現れ噴き出ている。


「まあよい、幾分楽しんだゆえな…」


 手を背中にやり、武器を取り出すモーションを起こすと、光りと共に大鎌が出現。愛用のレア武器である「煉炎猛毒乃大鎌」。高らかと獲物に掲げ、挑発的笑みを零す。その目元はフードに隠れ、陰影により見えない。


 その装いは何とも言えぬほど豪奢。攻撃的かつ目立つ。


 アンタレスの外殻とアダマンタイト鉱石で作られたという設定の真紅の鎧は、蠍を模した棘装飾が各所に散りばめられ、棘の先端は紫。鎧と嚙合わせるように着用された紫コートは高級繊維を編み込んでいる設定。見た目以上に防御力は高い。


 この眼に優しくない毒々しい外見は、βテスト時代の難解クエストをクリアして手に入れたもの。この世界での一点モノ装備。単純な戦闘能力では推し量れない威圧感と畏怖を与える事に一役買っている。


 大鎌を横一線に振りかざす。軽く振っただけでその凶悪な刃から三日月状の斬撃エフェクトが放出、その色は燃え滾る炎のよう。火属性と毒属性が付与しているため、紫の靄と炎が纏わりついている。斬撃を避けきれずに直撃を食らったドラゴンは、点を貫かんとするほどの咆哮を上げる。


 指示を飛ばすと、アンタレスはドラゴンに覆いかぶさり、両腕の鋏と尻尾の鋭利な棘を交互に鱗へと突き刺す。スコーピオンは間髪入れずに双剣・大剣を取り出す。武器浮遊スキルにより、三種の神器は彼の指先1つで流れるように宙を舞い、動き出す。大剣と大鎌が彼の背後、双銃が左右に襲い掛かる。双剣を手に取り、跳躍してジャンプ攻撃に入る。一度二度と斬りつけ、さらに連続して斬り付ける。背後から接近した大鎌と大剣が敵の硬い鱗を削る。


 斬る、叩き斬る、刈り斬る。そしてまた斬る。


 一度繋がったコンボアタックを途切れさせる事無く猛攻撃を続ける。双方の攻撃によりダメージ表示が高速で表示されては消え失せ、HPバーは瞬く間に残り僅かになる。


 コンボの途中、僅か何秒かで空中に浮遊したスコーピオンは、必殺技スロットを表示させてそのうちの一つを選択、握りしめた双剣と周りを飛翔する武器に眩い閃光が走る。各武器から一斉に色鮮やかなエネルギー波が放出される。もはや虫の息状態となった三刃究極竜に容赦なく直撃するエネルギー波の嵐。そしてスクリーン全体が眩い閃光に包まれる程の大爆発を発生させた。ドラゴンは三つ首それぞれに最後に咆哮を上げて地面へ崩れ落ち、光りの粒子となって消え失せた。


 何処からともなく、クエストクリアの音声と音楽が流れ始めた。スコーピオンは表示されたウインドウを開く。すると、獲得経験値、ドロップアイテム等が次々と表示される。どれもレアな素材とアイテムばかりだが、高レベルを極めた彼にとってはアイテム欄の肥やしにしかならない。如何やらレベル上がったらしいが、彼の興味は既にそこには無い。


 人差し指と中指を摩り合わせ指を鳴らす。

 途端、赤い蠍は腰に携帯している小さなクリスタルの中へ吸い込まれるように収まる。それを見計らうように会話用のチャット音が鳴り響き、ウインドウが表示。即座に開いて応答。


『お疲れ様です掴』


 名前を呼ばれた瞬間、彼はスコーピオンの意識からプレーヤー掴の意識へと戻る。


「終わったよ父さん」


 声の主は父、育継いくつぐ


『相変わらずの無双っぷりでしたね』


「どうも」


 先程までの雰囲気は消え失せ、元の口調と性格。いつごろからそうなったのか覚えていないが、彼は演技ロールをするようになっていた。しかし、本人にその自覚は無く、他のプレーヤーも似たようなものだろうと考えている。

 ボイスチェンジ機能も備わっているので、自然と違う自分を演じているプレーヤーも大勢存在する。


『今回の敵、手応えはどうです?』


「悪くないよ。俺やは問題ないし、一般プレーヤーもそこそこ苦戦するだろうけどクリアは出来るでしょ。プログラムの不具合も無いよ」


 掴は通常プレイだけでなく、ファンギャラのテスター兼臨時プログラマーの顔を持つ。


「そういえば掴?」


「なに?」


「最近、なにやら楽しそうですね」


「…楽しそう?」


 父の言葉に内心驚く。表情は見えていない。そのように喋っていたわけでもない。しかしまるで見透かされたかのように指摘された。自分は楽しいのだろうかと自問自答し始める。


「そうだね。やっぱ楽しいかな」


 自然と口元が緩み、微笑んだ。素直な気持ちで。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る