第8話 追い詰めし者

 ゼロワンとシーネットの追撃から辛くも逃れたが、もはやトライン三兄妹は追いつめられていた。


 疑似インタフェイサーのエネルギーは有限である。貯蔵されたFG粒子残量が少ない。いずれ追跡者にやられるのも時間の問題となっていた。


 旧友達の登場により、三条三兄妹の意識が僅かに覚醒した影響で洗脳が解け掛け、彼らの精神が揺らいだのも敗走の原因だった。


「どうすんだよ兄貴?」


「生き残っている可能性がある者には通信を飛ばし続けている。今はただ待つしかない」


「くそっ、何でこんな時にジャスティンも人好(ひとよし)もやられちまってんだよ……兄貴!? 上に敵影が!」


「なんだと!?」


「え~うそお!? もう見つかっちゃったの?」


 上空に3機のアーマードスーツ戰(イクサ)が現れる。

 明らかにトライン側が不利だが、連携すれば振り払えない事も無いとジャスティスは分析。


「粒子残量は少ないがやるしかない。シンセリティ、ラブ、変身しろ!」


「「了解!!」」


 疑似インタフェイサーを装着し電装しようとしたが、彼らは直ぐに手を緩めた。


 攻撃の意思がないことを意味する光通信が送られて来た。


 額のランプを点滅させながらこちらを攻撃することなく、彼等は手足の飛行装置と補助飛行装置から煙を逆噴射しながら、ゆっくりと降下して地面に着地。同時に顔面のフェイスバイザーが開き、素顔が露わになった。


 装着者は水島、黒田、佐伯の3人。


 何故自分達に光通信を開いてきたのかと、トラインの間に微かな動揺が見え隠れしていた。


 最も自分達を追ってくるべきである存在、正義達の父である三条(さんじょう)教(きょう)がこの場に不在な事も不審に感じられた。


 突如、水島がスーツを完全に着脱。着脱された戰スーツは体前部分を開いたまま自立している。


「いや~大変だったな。お前らもこんな状況に陥って、俺達もびっくりだぞっと」


 親しげに、敵意を向き出すわけでもなく無防備に話しかけてくる水島。いったい何なんだこの男は?

 しかし、周りの事などなんら気にする様子も無く、水島は話を続ける。


「そう警戒するなって、こっちは丸腰だ。ほら、撃ってみるか?」


「貴方の目的を聞かせてもらいましょうか? 何故我々に攻撃をしないのか」


 相手のペースに飲まれる前に言葉を無視して話を切り出す。

 この男は飄々としていて得体の知れない存在。何をするか解らないことは理解している。


「見た所、我々の創造主の父であるあの人はご一緒でない様子。それも含めて我々に対して敵意が無い理由もご説明いただけますかな?」


 いつもの冷静さを発揮し始めるジャスティス。兄の様子にシンセリティとラブは、少し心の余裕を取り戻す。


「ああ教さん、教さんね……」


 数秒の沈黙が流れる。


「奴(やっこ)さん死んじまったぞ?」


 言い終えた瞬間、空気を切る音が辺りに響く。


 ジャスティスとラブは、水島が赤い弓を携えていることに気付く。しかも、既に矢を放った後だ。


 シンセリティが憑依した誠の身体に、胸部に赤く光る矢が突き刺さっていた。

 彼は目を見開いた表情のまま、仰向けに倒れて事切れた。


「シン兄っ!?」


「シンセリティ!?」


 殺された。


 犯人は目前でほくそ笑んでいる水島。


 誠が人質にされているのも関わらず殺めた。


 教の悲報を平然と言ってのけた事も重なり、ジャスティスとラブに、理解不能の事柄に対する混乱と恐怖、兄弟が殺されたことに対する怒りと悲しみが渦巻き始めた。


「水島ぁ!! アンタなにしてんのよ!!」


 動揺していたのは彼等だけではない。佐伯は水島の胸倉を掴み激しく詰めよる。だが彼は佐伯の手を振り払った後に電撃仕掛けの矢を佐伯に食らわせて痺れさせ昏倒させる。


「聞く耳持ちませんなぁ~? 現実を見ようぜ佐伯さんよぉ!!」


「き、貴様ぁ!!」


 人質である上司の息子を助ける事も無く、自分の弟ごと殺した行動は、いつもは冷静なジャスティスの理性を奪うのには充分すぎた。しかし、気付けば水島によって地面に叩き伏せられた。


「ジャス兄!!」


「逃げろ、ラブ……!」


 促されるままに疑似インタフェイサーを装着してスローンドリットに変身。上空へと飛び立つ。


「美しい兄妹愛だねえ~? だが、このままじゃフェアじゃねえから、テメエもさっさと変身しな」


 そう言うと水島はジャスティスを解放して自由にした。あくまで余裕、つい先程不意打ちで弟を殺した男がフェアという言葉を発する事に憤りを感じながらも、ジャスティスは促されるままスローンインタフェイサーを装着してスローンエルストに変身。


 どうやら本当にフェアな戦いをするつもりらしく、妹の変身を妨害しなかったことも含め、攻撃はしてこなかった。


「ジャス兄、シン兄が!」


「仇は取る!」


 しかし、次の瞬間目の前に信じられない存在が現れた。


 スローンツヴァイトが、粒子を撒き散らしながら凄まじい勢いでこちらに近づいて来ている。

 変身者はもちろんシンセリティではない。


 変身者はあろうことか水島だった。彼はスローンツヴァイトへと変異した自らの肉体の感覚を確かめるように両腕を動かすと高らかに笑いだす。


「ハッハッ!! いいなこの鎧、気にいったぜっ!!」


「馬鹿な!?」


「ど、どうしてシン兄のツヴァイトを!?」


「ありえない! スローンインタフェイサーは変身者にしか使えない。アバターが憑依しなければ作動しないはず……システムに介入して書き換えたとでもいうのか!?」


「説明しても理解できねえだろうから、そういうことにしとくぜおらぁ!!」


 ツヴァイトは弓を構える。弓全体が赤く発光し、光る弦と炎の矢が出現する。

 弓に呼応する様に赤い疑似FG粒子が纏わる。連続で放たれた火矢が襲い掛かる。このご時世に原始的な弓矢など敵ではないと侮ったジャスティンは、油断により火矢の嵐をその身に受ける。


 水島の弓術はアバターですら対応できない程の技術と領域だったのだ。


「あの親父は大勢の人質を巻き込んで自爆しやがったぜ? 人殺しの罪を背負ったんだよ。だからテメエらが人質に取ってる三兄妹は大量殺人犯の子供としてもう見捨てられたんだよ。かわいそうになぁ、心から同情するぜ!!」


「死んだ、だと……!?」


「テメエらは生贄だ!! この疑似インタフェイサーは土産に持って帰るってこったぁ!!」


「貴様それでも人間か!?」


「テメエに言われたくねえな、ええっ!? 正義のアバタージャスティスさんよぉ!?」


 裏を掻こうと画策し、ドリットはツヴァイトの背後を狙い熱線を放つ。だがツヴァイトは直接見ることも無く熱線に矢を直撃させて爆散させた。


「嘘でしょ!? 完全に死角だったのに。何でよ、私達アバターが憑依してないアンタはただの人間でしょ!?」


「ひゃっはぁ!! 俺は半分人間じゃねえ!! 行けよ遠隔操作誘導無人機ランブ!」


 ツヴァイトの左右に設置されている防護装甲に装備された遠隔操作誘導無人機、通称ランブが一斉に飛び立った。合計で8機放たれたランブはドリットを地面へ叩き落し、エルストの生体装甲を傷付ける。


 ツヴァイトの猛攻を止められる者は存在しなかった。


 防御すらできずに、身体から火花を散らし半壊状態に陥るエルスト。


「そんな……我々は、あの方と共に世界を……」


「確かこうやるんだったな?」


SKILLスキルBURSTバースト!!』


 仕掛矢を弓に添え、スローンインタフェイサーに手を翳すと電子音声が鳴る。

 疑似FG粒子が火矢に集束。激しく発光し膨張。そして無抵抗となったエルストに向けて放たれた。


「あばよ、咬ませ犬くん。燃えちまいなぁっ!!」


 巨大な光となった矢はエルストに直撃。爆音とともに爆発炎上した。


 辺り一面に真紅のFG粒子が、爆炎と煙と共に激しく撒き散らされた。その光景は、皮肉にも美しい夕焼けをより一層美しく彩るのに一役買った。


「綺麗なもんだなぁ、FG粒子ってのはよぉ!!」


 人を殺めておいての非情な言葉。

 先程、シンセリティごと憑依された誠を殺し、続いてジャスティスごと憑依された正義を殺した

 彼の言葉は、情や憐みなど一切感じられない悪意の籠った狂気に満ち溢れていた。


「あ……そんな……ジャス兄……あっ……あ……」


 シンセリティに続き、ジャシティスまで目の前で殺され、同時に2人の兄を失ったラブの心に、絶望と悲しみがじわりと音を立てながら徐々に侵食していく。目の前で起こった事が全て幻であってほしいと頭を抱え、瞳から大粒の涙が溢れて止まらない。恐怖に怯え、彼女は飛行装置をフル稼働し全速力で逃げ出した。


「やべっ、1本しか貰って無かったか……!?」


 弓を構えようとしたが、ワクチン・・・・仕込・・んだ・・矢が無い事に気付いて表情をしかめた。


 しかし、駆けつけたイクサこと黒田がツヴァイトに仕掛け矢を手渡す。


「助かったぞ相棒」


「距離が遠い。私も手伝おう。こいつは威力は無いが、かなり派手だぞ」


「ひょえぇ~」


「好きだろ? 相棒」


「最後の一仕事だぞっと……」


 黒田は背中のフレキシブルガンナーにワクチン・・・・爆弾・・をセット。遠ざかるスローンドリットに狙いを定めた。


 勢いよく銃口から火が噴き、同時に矢が放たれる。炎と粒子に包まれた2つのワクチンは一直線にドリッドに迫る。


「え!? な……」


 気付いた時にはすでに遅く、直撃して光りに包まれる。


 壮大な爆煙と色鮮やかな粒子による花火が、辺り一面に飛散しながら、これでもかと撒き散らされた。


 その規模は広大で、地上にいたツヴァイトと戰をも包み込む。数秒経過しても軽快な音で爆発音が鳴り響き、まるで花火パーティーの最中に花火が暴発したような光景。




 ようやく煙が晴れると、水島と黒田は少女・・青年・・をそれぞれ抱きかかえていた。そして軽く咳き込む。


「おい相棒……」


「なんだ相棒……?」


「派手過ぎるだろ……けほっ!」


「だから言っただろう、こほっ!」


 そんな2人の前に、気絶・・した・・少年・・を背負い、鬼のような形相をした佐伯が立ち塞がる。黒田は眉をしかめ、水島は思わず苦笑いを浮かべ肩を震わせた。


「説明してもらおうかしらダビット? わざわざ芝居までうつなんてどういうこと? 長官もグルだったんですか!?」


「私は説明せんぞ。ダビットの策だからな」


「え!? ちょおい抜け駆けかよ!?」


「覚悟しろ水島ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 辺りに佐伯の絶叫と水島の悲鳴が轟いた。黒田は肩をすくめて呆れと安堵が入り混じる溜息を付く。

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