第9話 トランセンデンス

 三条さんじょう三兄妹は無事に救出された。


 佐伯からの通信報告に、つかむ達は心底安堵した。


 更なる吉報は、壮絶な自爆死を遂げたと思われたきょうは、感染者達も含め御守みかみにより救助されていたのだ。


 感染者達に目立った外傷は無く、Dウイルスも御守みかみ製作のワクチンプログラムにより治療。


 きょうも意識不明の重体だが、部位の欠損も無く五感も正常。


 そして、つかむのぞむかなえ、そしてナミヲ達と共にジャスティン変身態を追い詰めていた。


「遅れてごめんツカッちゃん。俺がもっと早く帰ってくればこんな事態には……」


「私も早く合流できればよかったんだけど……」


「2人には聞きたい事や突っ込みたい事が山ほどある!! 望は今まで何処にいたとか。なんで叶まで変身して戦っているのか。だけど、今はこのゲス野郎共を始末するのが先だ」


 しかし、のぞむかなえははっきり感じ取っていた。

 自覚は無いが、つかむが明確な殺意と増悪を抱いてジャスティンと人好ひとよしに対峙していることに。それは彼のアバターであるナミヲ達、そしてスウェンも微かに感じ取っている。


 先程の攻撃から辛くも逃れたジャスティンはダメージ過多で変身が解除され、ジャスティス憑依状態の人好ひとよしに戻っていた。必死に逃走を図る後を追い、遂には崖沿いまで追い詰めた。彼の背後には断崖絶壁。落ちればただでは済まない。


「おのれぇ……我々をここまで追い込むとは……!! せっかくの計画が台無しだ……!!」

「黙れクソ餓鬼が。頭が高いんだよ……!!」


 鋭い視線と険しい表情で、ジャスティンと精神が融合した人好ひとよしを睨む。


「本当は10歳程度の子供のくせに、円熟した精神だか知らないけど、アバターの皮借りて大人面してんじゃねえよこのエセ下衆野郎が!! 覚悟はいいかぁ!?」


「黙れぇ!! 黙れ黙れ黙れ!! 私達こそが仮想と現実を支配する神へとなり得たのだ! 私は、僕は子どもではない! 月桂樹のジャスティンだ! ……如何なる上は、やむお得ん……!!」


 子供とは思えない苛烈な表情と言動を見せた後、意を決した人好ひとよしは懐から何かを取り出す。

 それは、透明な柔らかい質感の皮に包まれた、赤黒く蠢く異質な物体。


 それは、Dウイルスをアイテムとして物質化した物だった。彼は一呼吸置くと自らの体内にウイルスをぶち込み、数秒呻き声を上げた後に狂喜に満ちた絶叫を上げる。白目が黒く染まり、黒目は赤に変色し、身体中から大量の黒い泡状の靄が噴き出る。さらに、インタフェイサー3号機を身体に装着。インタフェイサーはあっと言う間に黒く変色して赤い血管が迸る。


「僕は、私はDウイルスと一つとなる……そして世界の支配者となるのだ……その為には、邪魔な貴様らから、消してくれようぞぉぉぉぉぉ!! ……へえぇんしぃんんっ!!」


『デンソウ! バグチートウイルスフォーム! バグるバグった、チートなウイルス感染で、電邪~!!』


 禍々しい外観となった人好ひとよしことジャスティス変身態が襲い掛かる。


 のぞむかなえもインタフェイサーを装着してゼロワンとシーネットに変身。つかむもマルチフォーマーへ変身しようとしたが、のぞむに止められる。


「な、なんだよのぞむってかゼフィロス!?」


「後ろを向くのだ友よ……」


『SKILL《スキル》PSYCHIC《サイキック》! 分身!』


 ゼロワンはつかむに向かいスキルサイキックを発動。すると、つかむの身体が揺らいでブレはじめ、5体の分身した。


「「「「「ええ!? どうなってるんだコレ!?」」」」」


「ああ、考えたわねゼフィロス。確かに戦力は多い方が良いわ」


「そういうことだノワール。さあ、友よ。創造主に憑依するのだ!」


 ゼロワンの指示に、ナミヲ達は意気揚々と5人のつかむにそれぞれ憑依、憑依状態となる。


「ふっ。これはいいな」

「中々壮観だね」

「悪くは無い……」

「面白いよねこれ~」

「では行くぞお前達!」


 5人はインタフェイサーを装着。分身の効果によりインタフェイサーも分身しているのだ。


「「「「「変身!」」」」」


 ナミヲ、デューク、紅蓮クレン、スコピー、スウェンはインタフェイサーから放出された粒子に包まれ、一気に粒子が吹き飛ぶと、5人のマルチフォーマーへと変身を遂げた。


 ハルモニアフォーム。

 デュエルフォーム。

 レッドファイアフォーム。

 バイオヴェノムフォーム。

 レダフォーム。


 5形態が揃った様は正に壮観だった。ゼロワンとシーネットを加えた7人で、一斉にジャスティン変身態へと畳みかける。


 Dウイルスに感染したジャスティン変身態の攻撃力と能力は格段に跳ね上がっていた。大剣を振り回しての巨大な斬撃を放出し、黒い泡状の靄を飛ばして攻撃を仕掛けてくる。衝撃波は地形を崩す程の威力だ。


 しかし、流石に多勢に無勢。5体のマルチフォーマ―による連携攻撃。ゼロワンとシーネットによるコンビネーション攻撃。


 ファンギャラの生きた伝説、3強である彼らの猛攻は止められない。


 だが、人好ひとよしとジャスティンは負けじとウイルスの力を爆発させる。辺りに強烈な衝撃波と黒い泡靄の嵐が吹き荒れる。

 惜しくもダメージ過多によりスキルサイキックの効力が切れて分身時間が終わり、5人のマルチフォーマーは集束して1人に戻ってしまった。


 しかし、それぞれ憑依している状態で元に戻ったため、1人の身体に5人が憑依している状態となった。

 そしてその瞬間、インタフェイサーのディスプレイが紅蓮に発光し、何かの規制が解除されたような音が鳴り、ディスプレイからメニューウインドウが表示される。


 ナミヲ達はウインドウに示された文字を読んでみた。


「トランセンデンス……?」


『Tran(トラン)scendence(センデンス)!』


 次の瞬間、マルチフォーマーの身体が紅蓮に染まる。インタフェイサー内に溜めた圧縮されたFG粒子が一気に解放され、その身体を紅蓮の戦士へと変えたのだ。


「これは……御守みかみがインタフェイサーに施していたブラックボックス機能の一部、トランセンデンスシステムだ!」


 スウェン主人格に現れ、驚いた様子を見せる。


「インタフェイサー内に貯蔵した粒子を一気に解放し、全ての能力を格段に向上させ、特に加速能力は一段と高くなるパワーアップモードだ。ただし、効果は一時的なものだ。皆、早期決着をつけるぞ!」


 マルチフォーマーはジャスティス変身態に向けて駆けた。


 赤い稲妻が走ったかのような光景だった。一瞬過ぎて目では姿を捉えきれない速さ。余りの速さとエネルギー量に粒子が反応し、残像すら残している。


「ば、馬鹿な!? なんだこれは!? 早過ぎて目で追えないだと!? センサーでも捉えきれない!」


 ジャスティス変身態の周りを超高速で走り回るマルチフォーマー。そしてその速さから繰り出されるパンチやキック、武器による攻撃は確実にダメージを与えていた。その加速量から熱量が上がり、エネルギー磁場まで発生する。


「何という速さだ。ようやく目で追えるぐらいしかできぬ」


「これが、御守みかみさんが施したトランセンデンスシステムかい……いいね」


 ゼロワンとシーネットが驚きに耽っている中、マルチフォーマーを援護しようとスキルバーストを発動させる。そしてマルチフォーマーに避けろと叫び、互いの得物から強大な熱線を放射。

 マルチフォーマーが避けたタイミングでジャスティン変身態に直撃。追い打ちをかけるようにマルチフォーマーもスキルバーストを発動。より濃縮された強力なFG粒子が両足に充填される。


「これが勝利のプログラムだ。受けて消えろ!」


 助走をつけた後に加速して跳躍。紅蓮を纏った戦士の両脚蹴りが繰り出された。


TranトランscendenceセンデンスBURSTバーストSTRIKEストライク!!』


「インタフェイサーキック!!」


 身体に強大な一撃を食らったジャスティス変身態は激しい稲光と煙、火花を上げながら吹き飛ばされ、大爆発を起こした。辺りに膨大なFG粒子と煙が吹き荒れる。


 視界が晴れると、そこには服が破け、傷付き、身体にノイズが走り揺らぐジャスティン。

 そして、気を失い倒れた人好ひとよしの姿。彼も同様にボロぞうきんのような有様だ。


「ま……まさか、こ……この私が……がぁ! この、ような……ところでぇぇ……ぁぁ……」


 足がよろめき躓いた瞬間、ジャスティンは断末魔と共に崖の下へと真っ逆さまに落下していった。何回も崖の至る所にぶつかりながら転がり落ちていく。やがて、その姿は完全に見えなくなった。


 マルチフォーマーはインタフェイサーを取り外す。変身が解除されてつかむとナミヲ達の姿に戻った。



 こうして、一連の事件の繋がりを持つ首謀者である、ジャスティンとそのプレーヤーである上辺うわべ人好ひとよしを倒し、事件は解決となった。


 ナミヲ達は勝利に喜び、のぞむかなえと抱き合う中、つかむは倒れた人好ひとよしのもとへ歩み寄る。


 その瞬間、勝利の喜びムードは消え失せ、戦慄へと変わった。


 その場にいる誰もが気付いてしまったのだ。




 つかむの表情は、完全に人を殺そうとする殺意の顔であったことに。


「これで終わりだよ……。お前のような子供は生きるべきではない。将来的に大勢の人を不幸にする悪だ。お前がやったことは法律では裁けない。だからって許されるわけじゃない。子供だからってなんでも許されると思ったら大間違いだ。理不尽を許しちゃいけないんだよ……」


 その瞳に光は無い。語る言葉もひたすら冷たく生気すら感じない。

 今のつかむは、かつての冷酷な幼少期に戻っていた。敵対し危害を与える者を容赦無く抹殺するあの頃に。


 人好ひとよしが意識を取り戻した時には、もう目前まで迫っていた。後ろは断崖絶壁の崖。まだ10歳の子供である人好ひとよしが落ちれば間違いなく即死だ。みるみるうちに恐怖が支配する。つかむから発せられる尋常でない程の殺意と冷たさ。もはや人好ひとよしはただの子供に戻っていた。


「恨むなら、下手に賢くなった自分と親御さんを恨むといいよ……」


「あ……嫌だ……殺さないで、助けて……」


「安心しなよ、お前の死は両親には教えない。両親には罪は無いからね。俺は案外優しんだ」


 ナミヲ達が急いで走る。このままではつかむは殺人を犯してしまう。


「頭が高いよお前ら」


 その一睨みで、誰もがその場から動けなくなった。どれだけ動かそうとしても動けない。額に汗が滲み、恐怖で身体が震え出す。人間もアバターも関係なく誰もが本能レベルで感じとったのだ。


 絶対に逆らってはいけない、と。


「俺に逆らう者は例えどんな者でも容赦しない……」


 その言葉を言い終えると、つかむ人好ひとよしの胸倉を掴みあげて立たせる。


「ひぃ……!?」




 その瞬間、大きな銃声が辺りに響いた。銃声はしばらく反響し、夕焼け空にいつまでも木霊する錯覚すら覚えた。

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