第2話 一緒/遊戯/探索
ティンカーベルこと大空言鳥のコンサートは見事大盛況に幕を閉じた。初めて生で見て、耳で聞き実感する事の出来た彼女の歌と踊り。これまで感じた事の無いくらいの高揚感と感動を、心の中に深く刻み込まれた。
あのコンサート以来二人は親しい。人間として、またはクリエイターとしての信頼関係が結ばれている。
そんなある日だ、小鳥の方から掴に頼み事の連絡があったのは。
「夢緒さんと一緒にファンギャラで遊びたいのです」
「俺と一緒に?」
「ご迷惑でしょうか?」
「とんでもない。いいですよ大空さん、一緒にプレイしましょう」
「はい、ありがとうございます」
彼女の方から、共にファンギャラで遊んでみたいと懇願されたのだ。断る理由など何処にも無い。掴は快く承諾。
しかし、ここで一つ問題が発生。
「あの……ティンカーベルのままでは目立ってしまいますよね? どうしましょう……」
「え? キャラチェンジすればいいじゃないですか」
「きゃらちぇんじ? それはいったいなんでしょうか?」
「いやいや、貴族院に所属してるなら知ってるでしょう?」
「き、きぞくいん……? いえ、私はそのような場所へ入った覚えはございませんが……」
「え……?」
「え……?」
しばしの沈黙が流れる。当たり前と思って切り返す掴に対し、まったく疑問も持たずに返って来る小鳥の純粋な反応。
「大空さん? つかぬことお伺いするけど……」
「はい、なんでしょう?」
「ファンギャラで歌以外やったことある?」
「いいえ。お恥ずかしながら、私は歌っているだけで、他にどのような遊び方があるのかまったく知らなくて……」
思考が数秒だけ停止した後。
「……マジっすか!?」
「
まさかそのようなプレーヤーがいるとは思わなかった。しかもそれが天下の歌姫ティンカーベルとなればなおさら呆気にとられるが、即座に考え直す。
流石に自分が貴族院に所属されて位持ちになっている事に気付いていないプレーヤーを見るのは初めてだった……。
待て待て。純粋にクリエイター活動に主点を置いて活動しているプレーヤーなら叶だって該当する。そう、この人は歌う事が好きだからこの仮想世界で歌い踊り続けていたのだ。たまたま他の要素に手を出さなかっただけではないか。潜在的に初心者ではあるが、それは逆に改めてファンギャラを新鮮な気持ちで始められるという事ではないか。珍しく前向きな考えを巡らせつつ、掴は小鳥にファンギャラのレクチャーを始める事にした。
「じゃあ、俺が教えるから、まずはログインしてキャラチェンジしましょうか」
「はい、ご教授よろしくお願い致します」
少しこっ恥ずかしい気もするが、これも一興であろう。
数十分のやりとりを経て、ティンカーベルのキャラチェンジが行われ、その際に貴族院と位持ちについても説明した。流石に今まで気付いてなかったことに対し、恥ずかしそうな様子を見せていた。
そうして、新たな姿を獲得した彼女と共に、掴は久方ぶりにナミヲでログインする。普通にプレイするのだから彼を使うのは当然の配慮だ。
「どう、でしょう、ナ、ナミヲさん……?」
「いいね、コトリさん」
対面したコトリにナミヲは称賛の言葉を送る。
イメージカラーである黄緑色系統の淡いパステルカラーは引き継ぎ、身長体型はティンカーベルよりも小柄に設定し、一見すると小学生。服装はフリルが付いた軽いドレス類をチョイス。ロングヘアー残し、代わりに大きな緑色の帽子を被せている。顔も小鳥とティンカーベルの顔をトレース合成して幼く加工している仕様だ。
武器などの装備は杖と魔導書等のヒーラー。回復魔法や補助魔法で活躍できる筈。癒すのイメージは、儚く可憐な妖精にぴったりだ。
「わ、私ちゃんと、可愛いですか?」
「大丈夫、可愛いよコトリ」
「あ……ありがとうございます……」
何の躊躇いも無く笑顔で応えたナミヲ。コトリは思わず顔を赤らめて照れ笑いをする。最も、ナミヲは純粋に外見に対して褒めているのに対し、コトリの問うた心境は違う所にあったのだが、それはまた別の話である……。
「さて、こうしてお互いキャラチェンジした姿でこのファンギャラに舞い降りたわけですが、まずはショップとか、サークルだとか、初心者用クエスト等の説明でも」
「あの私、参加したいイベントがあるんです!」
「へ?」
よもや彼女の口からイベントという単語が出てくるとは思わず、ナミヲは驚きの表情を浮かべる。そして、イベントといえばスコーピオン態の時に調整していたあの三頭竜が出るものしかない。
「まさか、トライヘッドドラグーンのイベントに参加するつもりですか!?」
「は、はい。そうなんです!」
「いやそんな無茶だよ! だって今キャラを作ったばかりなんですよ? それに俺が直接調整にも関ったから言いますけど、あのイベントはそれこそ位持ちアバターや上級・中級プレーヤーがわんさか参加するようなものなんだから……」
どうしてコトリが初心者にもかかわらずハイレベルなイベントに参加したいと申し出たのか理解できず、説明するナミヲだが、コトリは臆することなく口を開いた。
「実は、その……欲しいアイテムがあるんです……」
「え? 欲しいアイテム? 貴方が!?」
「え? 変ですか?」
「い、いや変じゃないけど……ちょっと待ってください……」
ナミヲから意識を外した掴は急いで携帯端末でイベント情報を検索し直す、確か今回のイベントの報酬アイテムには、滅多に手に入らないレアアイテムが贈呈される。しかも、叶ことイーリス・フローラがデザインして自分が調整かけて創り出した代物……。
モニターにそのレアアイテムの3Ⅾ画像が表示される。
フェアリープリンセスティアラ。
銀フレームをベースに、エメラルド宝玉がいくつも嵌め込まれ、妖精を想像させる煌びやかな装飾が施された美しきティアラ。黄緑色の光粒子が散布しているのも特徴。装備すると、運の数値がかなり上昇して魔法類のパラメーター上昇。加護が付与されてプリンセスオーラなる、敵やアバターの行動を停止させる特殊効果が付く等、色々と恩恵が凄いアイテム。自分で作っておいてなんだがかなりの自信作の部類に入る。
このティアラを入手するためには高レベルのエリアやクエストに行かなければならず、しかも手に入れられるかは運次第。熟練のプレーヤーでも手に入れるには運の値が高くなければ難しい。
彼女はこれが欲しいというのか……。確かに電子の妖精・歌姫である彼女には相応しいアイテムと言える。
「でもこれ……相当レアというか、とてもじゃないけど貴方がこのイベントに挑戦するのははっきり言って無謀過ぎますよ? 俺がサポートすればそれなりの所までは行けますけど流石に限界がありますし……」
正直言ってベテランプレーヤーである掴が操るナミヲでも攻略は困難を極める。ナミヲにはプロテクトが掛かっており、技術を駆使してもカバーしきれない部分も出てくる。素直に諦めるように促そうかとも考えた。
「ていうかコトリ、もしかしてこのアイテムが欲しくて俺に一緒に遊んでくれと頼んだんですか?」
ナミヲの言葉にコトリは大きく声を上げて驚き、目を泳がせながら赤く照れた表情を浮かべる。その反応にナミヲが困っていると、彼女は意を決して口にする。
「そ、そうです。私はつ、ナミヲさんと一緒に遊びたいと思ったから頼んだのです。丁度良くイベントのお知らせを見かけたから、一緒にプレイ出来たら、楽しいだろうなって思って……あ、でもそのごめんなさい。確かに初心者の私がいきなりこのようなイベントに参加するなんて、無謀過ぎますよね……」
少し悲しげな表情で上目遣い。そこまでして自分と遊んでみたかったのかと嬉しい気持ちが込み上げて照れくさくもあり恥ずかしくもある。いつもの彼ならばっさちと切り捨てるだろうが、彼女の場合だと妙な罪悪感が沸き上がる。
――ああどうするべきかな。こんなに言ってくれているのに否定するのは逆に失礼じゃないか? もっと突き詰めるなら、いち男としてレディの頼みを無碍にしていいものか……――
柄にも無いような考え、というよりも若干3rd態であるデュークを意識して、そんな事を思った掴は、リアルの大空小鳥の顔が頭に浮かぶ。彼女の喜ぶ表情を見て見たくなる。
「よし、わかりました! いろいろ難しいけど、せっかくだから挑戦しよう」
「え……いいんですか?」
「敵モンスターと戦って少しレベルを上げれば何とかなるでしょう、それにイベントの敵も倒していけばそれこそ経験値がっぽりでレベルも上がります。それに……」
「それに?」
「このナミヲ、一緒に遊びたいと申し出てくれた淑女の気持ち、無碍するほど落ちぶれてはおらん」
勢いに任せて妙に時代錯誤な口調をしてしまったが、コトリは気にする事無く嬉しそうな笑顔を浮かべて礼を述べる。
瞬間、何か電流が走るような痛みが頭を過る。頭痛だろうか? それともどこかぶつけたのかと辺りを見渡すが、特に異常は見当たらない。
――な、何だ今の痛みは……?――
頭を摩りながら確認してみるが、とくにどうということはない。日頃電子機器のやりすぎで身体が危険信号でも出したのかと思えたが……。
――オ…ノ……ジガ……――
「え!?」
微かに声が聞こえた。現実か仮想世界か。否、今の声はまるで頭の中から聞こえたような気がした。
「ナミヲさん、どうかしました?」
「ん? いや……」
気のせいだろうか。通信の影響で周りのアバターの声がノイズで聞こえたのかもしれない。
「では、ショップを巡って装備を整え、戦闘に挑戦するとしようかコトリ」
「はい。よろしくお願いします、ナミヲさん……っ!?」
一瞬、コトリが頭を抱える。何か痛みを感じたかのような仕草を見せた。
「どうしました? 頭でも痛いのか?」
「い、いえ……?」
しかし、何やら彼女は要領を得ないような、自分に何が起きたのか理解しかねるような表情と素振りを見せる。部屋の中で知らぬ間に頭でもぶつけたのだろうか。
「今一瞬、頭に電流が走ったかのような痛みが、それに変な声も聞こえた気がしたんだけど……」
「君も? 実は俺も今同じ事が……」
「そうなんですか?」
二人は不思議そうに見つめ合いながらしばし考え込むが……
「「ゲームのやり過ぎかな?」」
同時に同じ事を言った。そして互いにおかしくて思わず笑い合う。そして少し休憩してから再開する事にした。
その痛みと声がどういう意味だったのか知らぬまま。
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