第1話 平野伊万里は今宮兄妹と出会った (5)

 伊万里と別れた萌果は、律樹と並んで自宅までの道のりを歩いていた。


「部活、入らないのか?」


「うーん、これって言うのがないんだもん」


「何かやりたい事、見つけた方がいいぞ」


「その内ね」


 律樹は呆れたように溜め息をついて、妹を見る。これでも、小学生までは一緒に空手を習っていたのだ。筋も良かったし、試合でもいいところまで行っていた。しかし中学に上がった途端に、萌果はきっぱりと空手をやめてしまった。


「空手はもう見るだけか?」


 ピクンと萌果の眉が動いたが、次の瞬間にはうふふと意味ありげに微笑んでいた。


「そうだよ、見るだけ。帰宅部ならいつでもお兄ちゃんの勇姿を見に行けるしね」


「いや、あのさ。萌果はいいけど、友達を毎日付き合わすのはどうなのって」


「あぁ、伊万里? 伊万里は萌果がいなきゃダメだから」


「なんで?」


 萌果は兄の顔をじっと見てから、再び前を向いた。


「あの子は一人にしちゃいけないんだよ。男子とも話せないし、他の女の子ともうまくコミュニケーション取れないし」


「本当に?」


 前を向いたまま、萌果は頷く。


「だから、萌果が守ってあげなきゃ」


「そうか」


「そう! 伊万里に何かあったら、空手でやっつけられるしね」


「萌果、空手はそういう事に使うものじゃない」


「わかってるよ! お兄ちゃん」


 無邪気に笑う妹に、律樹は目を細める。いつも自分にくっついていた小さな妹が、友達を守るなんて言うようになったかと。


「あー腹減ったぁ」


「えっ、いちごのミルフィーユ食べたのに?」


「あれが呼び水になったみたいだな」


「もう、お兄ちゃんてば」


 傍から見れば仲の良い兄と妹。律樹にとってはそうでも、萌果は違った。『お兄ちゃん』としか呼べない自分の立場がもどかしく、苦しかった。

 萌果は思春期を迎えた頃、自分の気持ちに気付いてしまったのだ。兄を、兄としてではなく、一人の男性として好きだという事に――。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る