第2話 淫蛇胎


 ぬるりと、身の裡を何かが蠢いた。


 臍の奥底――自分の身体の中の一番深いところに、何かが渦を巻いて居座っている。

 それが、ぴくりと身震いをすると、身体の芯が熱く火照る。

 白い蛇のようなそれが、自分の腹の奥底でとぐろを巻いているのだ。

 それがほんの僅かに鎌首をもたげ、ちろりと朱い舌を出す。

 朱い線虫のような舌先が、秘肉の蜜蕾をそっと撫でた。


 振れるか触れないか――ほんの極わずか。


 それはまるで綿毛が掠めたような――。

 それはまるで甘い吐息のような――。


 いや。それはもしかしたら、実際には触れてなどいないのかもしれない。

 自分が勝手に思い込んでいるだけなのかもしれない。

 だがなんであれ、それだけで腰骨の奥の方から、じんわりと熱が広がり、蕩けそうになる。


 分かっている。


 これは夢なのだ。

 自分の身体の奥底に、蛇など居るわけがない。

 ましてや、それを見ることなど叶わないことは、誰よりも自分が良く分かっている。

 だが自分の身の裡には白く淫靡な蛇が巣食い、己の身体を苛んでいる――それは確信できる。

 だから多分、これは夢なのだ。

 そう思えばいっそ、この感覚に身を委ねてしまえばよい。

 ちろりと、朱い舌が蕾を嬲る。

 その瞬間、何とも言えない感覚が電流のように走った。

 再び、朱い舌先が蜜蕾を嬲る。

 先程よりもほんの微か――僅かに強い感触だった。

 と言っても、それは風に飛ばされた綿毛が掠め去った程度のもの。綿毛がふわりと落ちた程度の違いだった。

 だがそれでも、身体は貪欲に反応した。

 乾いた砂に水が一滴――その感触を反芻するように身体は震える。

 その姿を見た蛇が、にやりとほくそ笑んだ。

 いや、蛇がほくそ笑む筈など無い。

 そもそも蛇などいないのだ。

 だが蛇は、そんな自分の反応を楽しむように、舌先を揺らした。

 今度は触れてなどいない。

 だが悔しいかな。

 なまじ一滴の水を知ってしまったがゆえに、身体は過剰に反応する。

 びくりと、蜜蕾を突き上げて、自ら朱い舌先を求めた。

 それを見た蛇が、嘲笑うかのように舌を引く。


 もどかしい。


 落胆に思わずため息が漏れる。

 それを見た蛇が、再び舌先を伸ばす。

 先ほどよりもはっきりと、蜜蕾を嬲る。

 ざらりとした感触に、蜜蕾がどろどろに蕩けるようだった。

 腰を突き上げて、さらに求める。

 だが、それを見越したかのように、舌が引かれる。

 落胆に腰を落とす。


 舌先が嬲る。

 求める。

 引く。

 嬲る。

 求める。

 引く。

 嬲る。求める。

 引く。嬲る。

 求める。引く。

 嬲る。求める。引く。

 なぶるもとめるひくなぶるもとめるひくなぶるもとめるなぶるなぶるなぶるなぶるなぶる……。


 屈辱と嫌悪が渦を巻き、異形の快楽に蕩けていく。

 愉悦の熱に身体がどろどろに溶け、自分を嬲る蛇と混ざり合っていく。

 それが身の裡の快感を更に昂ぶらせていく。

 最早、己の裡に蛇が巣食うのか、自分自身が蛇と化しているのか区別がつかない。

 それでも良いのだ。

 これは夢なのだ。

 蛇に犯されようが、蛇となろうが全ては一夜の夢……。 

 朝になり眼を覚ませば、全てはうたかたの如く……。

 なれば全て身をゆだね――。

 堕ちてしまえば――。



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