第2話:ミランとファミ
「それよりいよいよ襲撃だな。今のところ砦の前に陣取ってる連中を襲って火をかければあっという間に撃退できるぜ。そしたら俺も晴れて8か月ぶりに休暇が取れるってもんさ。久しぶりにファミに会える」
浮き浮きしたしゃべり方だ。口調ばかりでなく、目を輝かせ、実際に息高く話しているうちに体全体が揺れ、身に着けている甲冑具がカチャカチャと音を立てた。盛り上がった肉体の上に着ている分厚い甲冑が――立てた武勲に相応しく人一倍大きな体躯のミランの着ている甲冑は、並の将兵のとは違って、板の厚さが2割は余分にある――、到底私には着こなせない事から来る威圧の圧迫感の代わりに、豚か何かの脂肪を伴った豊かな肉のようにぼよんぼよんと揺れ動くことで、ユーモラスな印象を与える。
ファミは私たちと同じ、幼少時からの遊び仲間で、カールした金髪に、長いまつ毛のぱっちりした目をした、透き通ったように白い肌の小柄な女だ。私たちより少し下で19歳になる。もう数年来、二人は幼馴染の気安さを恋の情熱に昇華させ、付き合っている。世の常に従って、ここでも頑健体躯のミラン――背の方は私より少し高い程度だったが――と小さなフワフワしたぬいぐるみ人形のようなファミとはよく‘釣り合い’、私に限らず、私たちの友人仲間、知人、そればかりか仲良く並んで歩いているのをたまたま見かけた街の人でさえ、愛らしくしている二人をよく似合ったカップルと感じ、その様を微笑ましく眺めていた。
――本当の事をいうと、私も幼少時に出会ってから数年間、まだ十とおかそこらの頃まで、ファミの兎のような小さい愛くるしさに魅了されたものだが、しょせん出身の家柄の違い。同じ街の人間としてお互い生まれ育ったミランとファミ二人の間に私は立ち入る隙は無く、ファミがミランに対してよくなつく様を見るにつれ、私は少しずつ彼女に対する気持ちを意識的に縮めていき、最後の、針の先の一点の黒点ほどの小ささまでそれをしぼめた時から、ほとんど恋愛の思慕の情は感じられなくなり、次第に自覚から消えた。今も無いとは言い切れないが、もはや問題にならないのは確かだ。私は今は素直に二人の仲を祝福することが出来る。ともあれ、国家の名門家流に生まれた私と、街の場末の彼らとの間で、生活様式も思考の様もまるで違うにもかかわらず、私が疎外感を覚えたのはこの事についてだけだ。
私がこの砦に送られてきたのはほんの4日前だが、それまではコーリャの街に滞在していた、我々のぺザ王国内でも活発な商業で特に発展した街の一つで、ミランとファミの二人の恋人は、彼の赴任先であるその街に以前より我々の生まれ育った首府ゲーノンを離れて住んでいた。9か月前にミランが最前線であるこの砦に出征して以来、ファミは一人コーリャの街で彼の帰りを待って暮らしている。私は人捜しの占いのためにしばらくコーリャに滞在したが、その折ファミとたびたび会っては近況報告の他、戦争の行方といった重大事から、食べ物や家具小物といった些細な事――そしてもちろん共通の大事な人たるミランの事などについて語り合った。
それまでも時々コーリャを訪れ、(ミランがまだこの砦に配属される前は彼とも)会ったりしてたのだが、やはり滞在し、共に同じ街の生活の空気を吸うと話題の弾みようが違った。小綺麗な街で、家並みや道行く人のファッションも爽やかなアクセントが効いていてセンスがいい。私は、捜し人を見つけ出してからもしばらく首府から命が無かったので、ついでに観光気分で街の風情を楽しみ、ファミと親しく会って話し合ったのだ。
そこに、突如としての前線の砦に移動せよとの(祖父の)命令。正直、驚きと不安はあったが、ここの所大きな衝突はなく、小康状態。そして、何よりミランとも彼がここに配属されて以来久方ぶりに会えるので、命令に従う際、それなりの機会と思うことにしたのだ。逆にファミの方は、もともと軍人の恋人のミランが前線に赴くのはともかく――それでも当然彼の身を深く案じはしたのだが。彼女の彼を引き留める気持ちを薄れさせたのはひとえに、ミラン自身の持ち前の楽天性と、自分の職業軍人としての誇りを示す態度からだった――、私のような従軍経験のない一占い師がいきなり危険な最前線に投入されることに激しく不安を感じ、反対した。私は、自身もそうした一抹の不安を覚えたにもかかわらず、逆に、ひたすら心配そうにこちらの身を案じる――宮廷や祖父に対する非難の言葉まで彼女の口から出かけ、私は慌てて止めた――ファミの気を安らげるため、昔からわが一族は戦争にも数多く従軍し、むしろそこでの働きがその本分であること。現在前線地といっても、小競り合いが時々起る程度の小康状態で、大きな戦いは勃発しそうになく、直接戦うわけでなく、砦にこもるだけの私に危険はまず及ばないだろうこと――長時間の滞在に陣を張った(長期戦を予測して建てたものの、こちらよりかなりおざなりな急造の砦だ)敵軍の方が士気が下がっているらしいという、ぺマ王国内でもっともらしくささやかれ、論じられている、人の世によくある希望と現実をごっちゃにした巷間話まで彼女に対して持ち出した――。そして、何よりミランが砦にはいて、久しぶりに彼に会えることに私は喜びを感じていること。時々届けることの出来る手紙だけでなく、この口で直接ファミのことを彼に伝え、もし私がミランより先に戻ることになれば彼の様子を詳しく彼女に話して聞かせる事ができる、という事も一生懸命論じ、それでようやく彼女の気が休まった。
そうして私は彼女や、コーリャの街の役所仲間、街で出来た友人たちに見送られて出立し、4日前にここに着いたわけなのだ。
彼は私に会うと大歓迎で私を抱きしめ(私が砦に着いたのが、彼が当番時でなく、鎧を着ていなかったのが幸いだった。もし鎧を着ていたならその硬く分厚い金属板で私は圧迫死していただろう)、私がファミの様子を直接彼に伝えると、案の定相好を崩して喜んだ。彼ほどの豪勇の者が軍地で、愛する――それもあんなに小さくフワフワした女性なのだから――人の事で顔をだらしなくさせるのは本当に奇妙な感じだった。愛する人と親友が自分の離れたところで二人親しくしていたことについての疑念や嫉妬は一切ない。私たちの間にそういった感情が起こることは決してないのだ。ついでに、ファミからの手紙とちょっとした小物――普段は外からこの砦に送れるのは手紙だけで、小物の類は無理なのだ――を渡すと、彼は座ったまま椅子から飛び跳ねて――本当に飛び跳ねてみせた――喜んだ。受け取った手紙や小物を手に持ち目の前にして、それらを見つめながらぽんぽん体を浮かせる様は、まるっきり憧れの好きな子のプレゼントを手にした10代前半の子供のようだった。
――それから4日。今彼は浮き浮きと上機嫌で私の前で夜襲のことについて滔々と語っている。この場合、国を守る大儀と正義のために軍人としての使命を全うすることが出来る事と、それを終えたら半年以上振りに愛する人の下に帰ることが出来る――つまり実行する物事に対する使命感の喜びと、その目的を達成した後の期待という、まれな高揚のうちに彼はいた。我を忘れてはしゃぐのも無理がないといえるだろう。
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