第4話 王者の庭
「いやあ、本当にきてくれたんだなあ!」
MM1の地下にある出走者控え室で、入ってきた
「連絡をもらってから今日まで、心配で気が休まらなかったよ。しかし、よく決心してくれた。安心してくれ、けっして悪いようにはしな――」
とうとうと話しながら近づいてくる仙崎の顔面へ、
仙崎の身体が大きく後ろへふっとんだ。壁に背を打ちつけ、だらしなく床にころがる。
「……なっ、なっ、なっ……」
なおも義孝が近づくと、仙崎は真っ青になった。ひぃっ、とだらしなく悲鳴をあげ、必死になって後ずさる。
つき従っていた
「ま、待て! そいつは大事な商売道具だ、壊すんじゃない!」
仙崎があわてて叫んだ。唇から血がしたたり、高級なスーツの衿を汚していく。
「やっと本音をだしたじゃないか」
義孝は酷薄な笑みを浮かべた。
「不用意に近づくからだ。出走前のキャノンボーラーはナーバスになるものでな。悪く思うな」
彼はふたりに背をむけ、控え室を出ようとして……ふと、脚をとめた。
「仙崎、マスコミに先打ちさせたとき、わざと『アーニャ敗北』の予想を書かせたろう。ああいう鼻っ柱のつよい娘を動かすには、プライドを踏みにじってやるのがいちばんだからな」
仙崎は、ほうけたように半口をあけた。
「な……何をいってるんだ。そんなこと、俺がするわけないだろう」
顔に取りつくろうような笑みを浮かべる。
義孝は冷たい目をした。
「ついでにいえば、おまえは観客がマスコミの予想に吊られて、俺に賭けてくれることを望んだ。なぜなら、おまえはどう転んだところで、ボロボロだった俺がアーニャに勝てるはずがないと踏んでいるからだ。観客の懐がさびしくなるぶん、胴元のおまえは配分マージンが増えて笑いがとまらんというわけさ……それにどうせ、他人名義の裏口座でアーニャに賭けてるんだろうが?」
「…………」
義孝はしばらく仙崎の顔を見つめてから、ぽつりといった。
「おまえにもうひと泡吹かせてやるよ」
それきり、もうなんの関心をなくしたように、控え室をでていった。
地下通路をぬけ、階段をあがると、競技場のトラックのなかだ。
その中央には、“キャノンボール”の巨大な筐体がそびえたっている。
義孝は筐体の傍らに立つと、ゆっくりと周囲を見渡した。
レーザー光とホログラムに満ちたドーム型多目的競技場、MM1。
レースへの期待をかきたてる壮麗な音楽。すり鉢状の観客席を埋めつくした観衆。
群れはばたく半透明の鳥たちが、蝶になり、妖精に変じた。客席の上を乱舞し、さかんに愛想をふりまいている。
義孝はうめいた。
かつて彼の周囲にあったもの。彼のすべてだったもの。背をむけ、捨てさってしまったもの。
そこに、ふたたび帰ってきたのだ。
ぎゅっと目をつむる。興奮と闘争心が背すじを駆けのぼり、皮膚のすぐ下で熱く燃えあがる。彼は歯を食いしばり、どうにもならない感情のうねりに耐えた。
あの夜――アーニャが去っていったあとで。
義孝は薬を下水へたたき込み、酒を残らず路上にぶちまけた。
やってやるぞ、と夜闇に叫んだ。こんなところで老いぼれていってたまるものか。俺はもう一度走るんだ。ふたたび力をつくして闘うのだ。超高速の、何もかもが光と電波に還元される誰も追いつけない空間で。己の能力の限界に、もう一度挑戦するのだ。
この手に、ふたたび誇りを取り戻すために。彼を苦しめて止まないすべてに決着をつけるために。
そして、彼は――おそらくアーニャの反応を見越したうえで、事実の反面だけを伝えたにちがいない――仙崎に連絡をつけたのだ。にぎりしめた拳の硬さをたしかめながら。
対戦日程が正式に発表されたのは、その翌日だった。
スポーツネットはいっせいに配信した。先打ちした三流ネットはオーバーに、それより上のネットはもう少していねいに。だが、予想コメントは大半がアーニャの勝利に否定的だった。
MM1競技運営事務所が主催するサイトの、出走者投票案内をのぞけば、ふたりのプロファイルと現在の賭け率が表示される。海外からもアクセスしてくるアカウントの数は膨大で、ネットバンクやクレジット会社を通じて賭け金が雪崩のように振り込まれるにつれ、率の数字も刻々と変化していった。
義孝を知っているものは彼に賭け、知らないものは迷った。呼びだしたデータは、いずれもアーニャの勝利はむずかしいといっている。義孝の戦績照会は日に数万ヒットを数え、大半のものは頭を抱えた。
アーニャの完璧なレースぶりは、あまりに印象的である。しかしネットの分析情報は、専門家のコメントであればあるほど、義孝有利と言い張るのだ。
金は、しだいに義孝へと流れはじめていった。
そしていま、MM1の全パネルは、一二対七で義孝に
義孝は対戦相手であるアーニャのいる、筐体の反対側を見やった。
胸もとで腕を組み、まっすぐに立っているアーニャは、現役一位として堂々としているように見える。だがパネルを見つめる顔は憮然としていた。賭け率が気に入らないのだろう。
視線を感じたのか、彼女はふりむいた。
つよくて美しい瞳が、とたんに敵意と侮蔑の色に染まった。
(そうだろうな……)
と、義孝は自嘲した。あの夜のことを考えれば、こんな反応もしようがあるまい。
だが、その件を片づけるのはあとだ。
タキシードを着た司会が、筐体の上へかけあがった。
「紳士淑女の皆様! “キャノンボール”のすばらしい夜へようこそ!」
声はアンプから放たれ、ドーム内を反響した。観客の応える声が、うおぉぉん、とMM1全体をゆるがす。
「さあ、今宵もキャノンボールが開催されることとなりました。お集まりいただき、誠にありがとうございます」
歓声がおさまってから、司会はあらためて挨拶した。
「皆様もよくご存じのとおり、このシステムの基本概念は、いまは無きRAMテクニカル社が開発した、電磁波による思念伝送技術に依っています。それが具体的にどういう理論に基づくものなのか、ここで方程式を解説することは、わたしにはできません。わたしは、高校の物理も赤点でしたので」
観客のあいだに失笑がひろがる。
「この現代においても、人の意識が、結局のところ何なのか、それはまだ解明されてはおりません。ただ、われわれはコンピュータと脳を直結する技術を手に入れ、人の認識とは純粋に感覚端末の問題であり、肉体はフレームにすぎないということを発見しました。
そして、当時RAMテクニカル社にいた技術者たちは考えました。
――人間の意識が、肉体ではなく電磁場によってフレーム化され、電磁波を使った外部からの誘導により、自由に空間を移動できたなら。
そして、意識が知覚した情報によって脳波に特有の波形が現れるように、その誘導電磁波に発生した乱れをスクリーンにフィードバックできたなら、われわれはそこに何を見いだすだろうか、と。
もし、成層圏に上げられた通信気球や、高々度無人飛行機から照射される高指向のマイクロ波とレーザーをうまく焦点させ、その干渉点に発生した電磁界を肉体に代わる第二のフレームとできたなら、そこに移し替えられた人の意識は、何を見、どれほどのスピードで移動できるのか、と!」
司会は、懐から小さな本を取りだし、高くさしあげた。
「これは“キャノンボール”システムが初めてRAMテクニカル社から発表されたとき、頭の固い先生がたが緊急にまとめたレポートです」
ぺらぺらとページをめくる。
「このシステムの能力に驚嘆した彼らは、こんな言葉を残しています。
人の意識の電磁的変容、電磁波により構成された場のエネルギーの、思念による制御! 精神活動の、外的空間における機動的作用! 高度電波技術に支援された、人の認識の自在移動!」
そこまでいって、ぽいと放り捨てた。
「やはり小難しい理屈は無しにしましょう」
しばらく、観客席が笑いにつつまれる。
「“キャノンボール”を楽しむのに、理屈は必要ありません。興奮とスリル! スピードと熱狂! それがすべてです! もちろん、ここにつどった皆様はよくご承知のことでしょう。
皆様、ここで我々の祖先、何千年も昔に生きた祖先たちに思いを馳せてください。そう、百代先、二百代も未来に、他ならぬあなたをこの世に生みだした、偉大な祖先たちの時代を。
……はるかな過去、人間は、移動手段に動物を使っていました。当時求められていたのは、頑健で、けれども鈍重な動物でした。車輪は速さのためではなく、ただ力の効率化のために使われていました。
古代ローマでは、馬に引かせた戦車による競技はありました。しかし、それは戦闘を目的としたもので、我々の知っているレースとはほど遠いものでした。
時は流れ、人の世は移ろい、やがて産業革命が起こりました。
想像してみてください、蒸気機関車が初めて町を走り、その速さに人々が度胆をぬかれた日を! 自動車が発明され、ついにフランスで人類史上初めてのスピードレースがはじまりました! やがて航空機が生まれ、ロケットが打ち上がり……」
司会は夢見るような口調になった。
「スピードを追い求めるのは、人間の本能なのかも知れません。より卓越した速さを求め、人間はつねに可能性に挑んできました。誰も知らぬ、誰もまだ見ぬ領域に踏み込んでこのマシンを完成させた技術者たちは、その正しい系譜を受け継いできた我々の同志でした! 彼らは誰よりも真実を知っていたのです!
そして皆様ももちろん知っている。理屈にすがる輩に教えてもらう必要はない!」
観衆が、賛同してどよめく。
「そしていまここに、スピードの限界に挑む選ばれたプレイヤーたちがいます!
皆様ももうご存じでしょう。キャノンボールの覇者、二一連勝の若き天才、光速を走る戦乙女、
MM1が歓声にわきかえった。アーニャの名が連呼される。
アーニャは右手をあげ、それに応えてみせた。
「そして、彼女が挑戦状を叩きつけたのは、かつて最強の名をほしいままにしながら突如キャノンボール界から姿を消した男! 何者も寄せつけぬ彼のプレイは、のちの世の伝説ともなりました。しかし、長き沈黙もついに破られるときが来たのです!
不死鳥のように甦った男、
紹介と同時に、義孝に幾条ものスポットライトがむけられる。
当然ながら、歓声を送るのはキャノンボールの古いファンばかりだ。それ以外のものは、むしろ不審げな眼差しで彼を見つめていた。
キャノンボールはまだ新しいレースであり、それに熱狂するファンは二〇歳前後が大半だ。彼らにとっては、五年もたてばもう昔話のたぐいである。
義孝のこととて、せいぜい名前くらいしか聞いたことがないのだろう。引退したやつが今さらなんでここに、といった風情だ。
(伝説だって?)
義孝は苦笑いした。
司会の表現がおおげさなのは、五年たっても相変わらずのようだ。不死鳥? そんなたいした男じゃないことは、自分がいちばんよく知っている。
だが、勝ってみせる。かならずだ。
(見てろよ、興業屋)
義孝は、二階観客席のアリーナに吊り下がっているVIPエリアを見やった。
仙崎がどの部屋にいるかは知らないが、一時間後にはその得意げな顔つきを死人のそれに変えてやる。
『出走二〇分前。プレイヤーは、システム設定をはじめてください』
ドーム内にアナウンスが響いた。
ふたりは筐体に上り、それぞれの
座席につくと、感圧センサーが反応してハッチを閉じていく。
密閉された闇のなかで、コンソールが明滅している。電子電波技術の粋を集めた、人類最高速レースの支援システム。義孝は指を走らせ、システムの正常動作を確認してから、ヘッドセットを装着した。
シートに深々と身を沈める。ついで意識を沈潜して、ナビコンとインターフェースを同調させていく。
地球一周は、“キャノンボール”でも最もハード、かつ緻密な計算を求められるプレイだ。三六〇度の円移動になるので、プレイヤーは距離を節減するため、できるだけ低空を舐めるように疾走する。そして任意の空域で弾道仰角を修正し、つぎの空域までの全力加速をくりかえす。
とはいえ、つねに地表すれすれを走っていいわけではない。
電磁波の干渉を避けるため、キャノンボールレースの禁止区域が設定されている国もある。その場合はよけるか、はるか上空まで飛び越えなければならない。電磁波照射源の中継が得られない地域では、遠距離からの照射に頼らざるをえないため、物理的に高度を落とせない。当然そのぶん大回りになり、コース距離が長くなる。
そうした弾道上のさまざまな障害物を、いかに速く切り抜けていくかで実力が問われることになる。
義孝は基本コースを六〇等分した。
このMM1と同緯度を一周すれば、最短距離は三二九六五キロ。障害物によるコースのぶれも含めた区間平均距離は、ナビコンによれば約五七七キロ。もちろん、競技中にはコースの微調整が山ほど必要になろうが。
コースを設定すると、情報が意識へ流れこんでくる。ナビコンが商用ネットを介して集めた、レース環境のデータである。
太陽風の電磁バーストの有無、通過を予定している都市部の電波使用状況。コース上の気象と、大気中の電位変化。
司会は何やらいっていたようだが、要するに機械と電磁波の助けを借りて幽体離脱をやらかすのだ、と義孝は思っている。それだけに、電磁気系の情報は重要だ。事故を未然に防ぎ、場合によってはコースを変更するために。
でないと、最悪、抜けでた魂は二度と肉体に還ってこられない。
電波密度、コース上クリア。太陽活動、クリア。気象環境、クリア。
義孝は満足した。
『出走一五分前。キャノンボーラーは私との同調を維持せよ』
意識に、ナビコンのメッセージが伝わってくる。
そのとき、小さな電子音が
内線の呼びだし音だった。対戦相手、無数の集積回路を通してむかいあったアーニャからの。
(なんだ?)
義孝は驚いた。すでに半ば瞑想状態に入っているこのタイミングで、対戦相手からの呼びだしがかかるのは初めてのことだ。
(こんな間際でも、自分なら意識の調整がまにあうってわけか?)
義孝は皮肉げにうすく笑った。ずいぶん余裕を見せつけられたものだ。
すこし迷ってから、ナビコンに接続を許可した。
『ひとつだけ聞かせて』
ヘッドセットからアーニャの声が響いてきた。
『あんた、なんでこの世界から足洗たん?』
「……仙崎に聞いたんじゃなかったのか?」
『ああ、聞いた。いちおうな』
感情のうすい声音だ。やはりアーニャもセッティングに意識をふりむけているのだろう。
『でも、あんたはうちに、ひどいことしようとしたんや……。あんたの口から、直接理由を聞かな、気がすまへん。あんたがどれだけ軽蔑に値するくずか、たしかめてからぶっちぎったるわ』
「…………」
『話したないんやったら、それでもええわ。負け犬の話聞いとってもしょうがないもんな』
「……妹がいたんだ」
乾いた声だった。
『……なんの話?』
「ちひろっていう」
彼はつづけた。
「可愛い妹だった。俺たち兄妹は仲もよかった。親がいないぶん、俺たちはいつも助けあって、支えあって生きてきた。やさしい妹だった……」
『だった?』
「……もういないからな」
言葉は、ひどく虚ろに響いた。
「ガンでな……あまり、健康的な暮らしじゃなかったからな。体調が悪いのにも、気づいてやれなかった……。その間、あいつはずっと無理して働いていた。俺が気づいたときには、もう手遅れになっていた。
……GF2って薬、知ってるか?」
『GF?……ううん、知らん。何なんそれ?』
「まもなく承認されるらしいが……いわゆる、特効薬さ。開発自体は何年も前からつづいててな。末期患者にも、ずいぶんと効果を見込めるらしい」
『ふうん?』
「ちひろが入院した当時、あれはまだ京都の大学と企業で開発中だった。俺はそいつを手に入れるために、仙崎のコネを頼った。開発はまだフェーズ1で、動物実験で臨床データを集めていた頃だ。
……ちひろに投与すれば、事実上の人体実験になる。ばれたら国や世間が黙っちゃいない。仙崎は企業から薬を都合するかわりに、金を要求してきた。莫大な金をな。
俺はいそいでいた。レースに勝ちつづけても、それで貯まる報酬じゃまにあわん。俺は金をつくるために、仙崎の提案をのんだ」
『提案?』
「……八百長だ」
義孝は、汚らわしい単語を口にした気がした。われ知らず、声に苦渋があふれていた。
「俺は……勝ちすぎていたからな。ふつうにやったんじゃ、胴元の仙崎にたいして金が入らなくなっていたんだよ。
俺は条件をのんで金を手に入れ、その金で薬を手に入れた。
……だが、やはり薬は不完全だった……」
義孝は悼むように目をとじた。
もう二度とは戻らない幸せ。
「……ちひろは、最期までそのことは知らなかったよ。だが俺は、どうしても自分を許せなかった。あいつの病気に気づいてやれなかったことも、仙崎にのせられて八百長したことも……」
『………………それで……あんな汚いバーで酒飲んでひどいカッコして、独りで人生ボロボロにしてたんか』
アーニャは驚くほど苛烈な言葉を吐いた。
『ふざけんといて。あんたがそんなふうになったら、いちばん悲しむのは誰なん。
そのちひろさんとちがうん? あんたの大事な妹さんとちがうん? あんたは酒飲んで自分責めてればそれでええんかも知れへんけど、妹さんがそれで喜んでるて思てるん!?』
激昂しかかった声を、ナビコンが低減する。
『うちはあんたには負けへんわ。あんたみたいな、不幸に浸ってすすり泣いてるだけのひ弱い男になんか、ぜぇったいに負けへん。うちはあんたに勝って、どっちが上かを世間に認めさせるんや。手加減なんか、せえへんからね!』
回線の切れる音がした。
「……そうだな」
義孝は自嘲のうすい笑みを浮かべた。
「たしかに、俺はこの五年間、ただ膝を抱えてすすり泣いていただけだったのかもしれん。
……だから、俺も手加減はしない。
本物のキャノンボールを教えてやるよ、天才……」
新たな闘志が腹の底からわきあがってくるのを、義孝は感じた。
ナビコンに命じて回線をとじたアーニャは、ふたたび意識を沈潜させる前のついでとばかりに、内線のマスタースイッチを切った。義孝のことを完全に意識から締めだすためだ。
「……なんやのん、これ……」
アーニャは舌打ちした。まったく、なんてことだ。八百長なんて、どうせあの下衆な男にふさわしい下衆な理由からだろうと思い、よりいっそう怒りと闘志をかきたてようと内線呼びだしをかけたのだが。
「…………つまらんこと聞くんやなかったわ。なんやうち、えらいひどい女みたいやんか」
アーニャは、
あのとき、自分が義孝へ投げつけた言葉を思いだす。
もしかしたら、自分はあの義孝を、よほど深く傷つけていたのではないか。じわりと浮かんできそうな後ろめたさに、けれどアーニャは必死でふたをした。
「……悪いんはあいつのほうや。あいつが、うちにひどいことしようとしてきたんやんか。……うちは謝らへんからな……」
『三〇秒前。プレイヤーはシステムを最終確認せよ』
ナビコンからの伝達。
『十秒前……五秒前……三、二、一、
MM1のすべてのパネルにGO表示が出る。瞬間、ふたりの意識が肉体感覚から切り離された。視野が天蓋をつきぬけ、湾岸の夜空へ躍りでる。
ふたりはナビコンにアクセスして方位を見定めると、一気に爆発的な加速を開始した。
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