第3話 *3* 6月11日火曜日、昼休み

 宝杖ほうじょう学院の広い食堂には中等部の生徒と高等部の生徒が入り混じる。談笑しながら昼食を楽しんでいるグループの一つ、池が見える窓のそばに置かれたテーブルに火群紅はいた。二人の友人は紅の話を聞いて苦笑を浮かべる。

「あぁ、それでスカーフをつけていらっしゃらなかったのですね」

 おっとりとした喋り方をするおかっぱの少女――長月ながつきひかりは同情するように告げた。

「そういうこと」

 頷いて答える紅の胸元には真新しいスカーフがあった。食堂にくる前に購買で買ったのだ。思わぬ出費の影響で、今日の昼食は食堂最安値の素うどんだ。

「そんな目に遭うとわかっていたら、帰宅時間を合わせましたのに」

「気にしないで、光。それに前みたいに交通事故未遂に巻き込まれたりしたら嫌だし」

 先週の金曜日、紅は光と一緒に下校したのだが、その途中で信号無視の車にひかれそうになったのだ。一瞬早く気付いたおかげで大事には至らなかったものの、生きた心地はしなかった。

「気にし過ぎですわ」

「あたしなら大丈夫。光の優しい気持ちだけありがたく受け取っておくわ」

「気にし過ぎゆうても、重なり過ぎているように思えなくもないんよ?」

 二人の会話に指摘する癖毛の丸眼鏡少女――海宝かいほう真珠まじゅはミートソースで赤く塗られたフォークをクルクルと回す。

「痴漢を捕まえたのは先週の月曜日の話やん? 事故を目撃して話を聞かれたのは火曜日。ダイヤ乱れに巻き込まれて遅刻しとったんは水曜日だったやろ? 夕立に降られてずぶ濡れになった話は木曜日。で、金曜日は交通事故未遂。今月はやたらと続いとるんとちゃう? 毎日?」

 紅は指摘されて笑顔をひきつらせた。

「そう並べられるとトラブルのオンパレードね……」

「昨日の朝は道路工事で迂回しなくてはならなくなって、遅刻したのでしたっけ」

「そうそう。その遅刻のペナルティーで華代子かよこっちに雑用押し付けられたんや」

 華代子っちというのは三人の所属する一年A組の担任教師のことだ。

「何か祟られるようなことでもしたん?」

 探るような真珠のツッコミに、紅は大真面目に手を振る。

「やめてよ。身に覚えがないんだから」

「自覚があったら、それはそれで大変なことですわね」

 のほほんとした口調で光に言われて、紅はがっくりと肩を落とす。

「なんであたしばっかり……」

 今までこんなことはなかった。光と真珠が挙げたように、今月に入ってからはずっとこんな調子で、先週の後半から紅は登下校に使うルートを毎日変えることに決めたのだ。それでも行き帰りにトラブルが集中する。今のところ校内や自宅では面倒ごとを押し付けられることはあっても穏やかな一日を過ごしているので気はラクだったが。

 紅は首から提げている祖母から貰った赤い石にそっと手を置き、自分を守ってと願った。

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