第186話 ★2★

 いつでも遊輝は手際がいい。


 事務所のローテーブルを端に寄せてスペースを作り、ゴミ袋を開いて敷き詰めるとそこに事務椅子を置く。抜折羅を招いて椅子に座らせ、ゴミ袋でこさえたポンチョを着せた。


「んじゃ、始めるね」

「そのハサミでやるのか」


 どこにでも売っている工作用のハサミだ。先が細いものらしいが、専用のものでないのは不安が残る。


「抜折羅くんの髪は硬いから、これでもいいと思うんだよね。うまくいかなかったら調達してくるから、心配しないで!」

「めちゃくちゃ不穏な台詞だな……」

「短くしすぎないようにだけは注意するよ」


 とても楽しそうに言ってくる。こっちの心配などお構いなしのようだ。


 まあ、いつだって彼はこんな調子だが。


 黙っていると、遊輝は抜折羅の髪にハサミを入れ始めた。





 刃物が合わさる音が静かな室内に響く。

 ちょきちょき。

 伸びた髪は老廃物扱いだろうか、身体の一部なのだろうか。もっさりしていた黒髪が身体から離れて床に落ちていく。

 ぱらぱらり。

 美容院ではないので鏡がない。仕上がるまで自分の髪がどうなっているのか確認できないのはもどかしい。


「……なあ」

「ん? なんだい、抜折羅くん」

「先輩はなんで髪を伸ばしているんだ?」


 出会ったときは互いに高校生だった。その当時から遊輝は髪が長かったが、今と比べたらまだ短かった。ということは、彼の髪はずっと伸ばしっぱなしになっている。


「願掛け……だったんだけど、今はちょっと違うかな」

「ファッション、とか? トレードマークだから、切るに切れなくなった、とか」


 遊輝はとてもおしゃれだ。容姿が人間離れした美形ということもあって、周りの人間では着こなせない格好も実にうまくなじませている。快適に過ごせればそれでいいと考える実用重視の服を好む抜折羅とは、根本が違うのだろう。


「うーん。それは違うかな」


 返事をして手を止める。遊輝は自分のしなやかな銀髪を手に取った。


「僕はこの髪をジュエリーにしようって思ってるの」

「ヴィクトリア時代に流行ったっていうアレか?」


 モーニングジュエリーとして、亡くなった人の髪の毛をジュエリーとして加工し身につけていたという。死者に限らず存命中でも、人毛を加工したジュエリーを愛の証として持ち歩いていたそうだ。


「さすがは鑑定士さま」

「鑑定士は関係ないと思うが」


 茶化されて真面目に返す。

 遊輝の態度に、彼自身の本音を察した。


「――自分が死んだときのことを考えているのか?」


 抜折羅の問いに、遊輝は大袈裟に肩を竦める。


「たくさんの人に愛されるけれど本命には好かれないという呪いにかかっているからね。僕が生きた証を、そういうジュエリーにして残せたらってさ」

「ふうん……」


 ほかに言葉が出なかった。気安く先に死ぬなと言えないし、遊輝が想いを寄せている相手は自分の恋人であるこうだ。こちらも譲れない。


「実はね、万が一にそのときがきたら、僕の髪を加工してって紅ちゃんには言ってあるんだ。もし、できあがったら抜折羅くん、受け取ってね」

「なんで俺? 紅に持たせろよ」


 紅を愛しているくせに――そう続く言葉を、抜折羅は口を噤む。


「ふふ。どうしてだろうね」


 遊輝は笑い、作業を再開する。

 ここで話しかけたら髪を短くされてしまいそうで、抜折羅は散髪が終わるのをおとなしく待った。

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