第144話 *11* 12月8日日曜日、0時過ぎ
零時過ぎ、就寝前。
――どうか良い夢を見られますように。
パジャマ姿の紅は
――しかし、何がきっかけであんな夢を見るようになったのかの原因はわかってないのよね……。
スターサファイアをもらったのは七月の誕生日で、オパールをもらったのは十月の上旬だ。そう時を置かずにオブシディアンも紅のもとにやってきている。揃ってから二ヶ月近くなるのだから、石が原因ならばもっと早い段階でそういう夢を見るはずだ。
――だとすると、木曜日に原因が?
紅は暖かい羽毛掛け布団の中に身体を滑り込ませながら、一昨日の出来事を思い出す。
十二月五日木曜日は特にこれといった事件はなかったはずだ。期末テスト前とあって部活動停止期間に入っており、授業が終わるなり真っ直ぐ自転車で帰宅したと思う。
――うん。そうよね。学校は普段通り。抜折羅もちゃんと出席していたわけだけど、いつも教室ではあまり話さないし。
帰宅後は三十分ほどデッサンの勉強のためにクロッキー帳に絵を描いて気分転換をし、それから金曜日の授業の予習をする。宿題がなかったかの確認をして、期末テストの勉強を始めた。そのうちに夕食に呼ばれて、家族揃って食事になったはずだ。
――そういえば、このときの話題はクリスマスの話だったわね。
――蒼衣兄様のところでクリスマスを過ごすのは決まりだからって再確認と……、そうそう。クリスマスプレゼントの話をしたんだったわね。
サンタクロースを信じていたのは幼稚園に通っていた時代まで。今は両親に申告し、欲しいものを買ってもらう。上限金額が決まっているものの、紅は高価な物を欲しがるような少女ではなかったので、とりわけ困ることもなかった。
――あ、わかった。
紅はむくりと起き上がると、スマートフォンを手にした。時間帯が遅いという理由もあって、抜折羅にメールを送る。
まだ彼は起きていたらしかった。返事は思いがけず電話できた。
「も……もしもし?」
「紅? 電話したらまずかったか?」
小声で電話に出たからか、申し訳なさそうな声がスピーカーから聞こえてくる。
「ううん。大丈夫。こんな時間に珍しかったから、びっくりしただけ」
「あぁ、そうだな。日付変わっちまってるし、悪かったな。なんとなく、直接言いたかったから」
「いいの。嬉しい」
恋人っぽくて、胸が温かくなる。幸せな気分だ。
「それで、何が良い? クリスマスプレゼント。あたしだけ先にもらっちゃったから、申し訳なくて」
そう。一昨日の夜は、抜折羅に渡すクリスマスプレゼントの中身を悩みながら眠ったのだ。サプライズで用意したかったのだが、彼が欲しがりそうなものが想像できない。
仕事バカの無趣味人間らしいことは、彼のシンプルな私室を通して伝わってくる。抜折羅の仕事をきちんと理解できていない紅には、仕事で使えそうなものもわからず、用意できない。
また、彼が探し求めている青いダイヤモンド〝ホープ〟の欠片を見つけることは困難である。それができていれば、今頃抜折羅は普通のありふれた生活の中にいるはずなのだから。
こうして悩み抜いた結果、得られたのがあの夢というわけだ。
――あれはない。絶対にない。有り得ないわよ、あたし。抜折羅が求めてくれるなら、なんて考えてもダメなんだからっ!
スマートフォンを耳に当てて返事を待つ。
「俺は……お前から大好きだと言ってもらえただけで充分だったんだが……」
困ったように、ぼそりと告げられる。
「って、それは寝言でしょっ!? そんな台詞で満足しないでよ」
恥ずかしい。寝言を聞かれてしまったのもそうだが、その台詞だけを声に出していたという事実が恥ずかしい。
「無意識での台詞だから、より嬉しかったんだが。それじゃいけないのか?」
不思議そうに問われる。彼がそういう感覚の持ち主であるとは理解していたつもりなのだが。
紅は返す。
「ダメ。思い出も大事だけど、何か形が残るものもないと」
「しかし、俺が形のあるもので欲しいと思っているものなんて、ホープの欠片くらいのものだし……」
「抜折羅には物欲ってものはないの?」
「紅だって、あれこれ欲しがるような女じゃないだろ? お金で解決できるようなものは欲しがらないタイプだ。違うか?」
「まぁ……そうなんだけど」
「だったらわかるだろう? 無理して何か用意しようとか思うな。今の俺は、紅がいてくれるだけで幸せだと思えるんだから。今日だって、俺の我が儘に付き合ってくれたしな。好きな相手と一緒に過ごせるというのも、俺にとってはあまりない体験なんだ。だから、本当に充分なんだぞ?」
胸の奥がじんとする。彼が一生懸命になって自分の気持ちをわかってもらおうとしているのが伝わってきたからだ。抜折羅は時々、紅が求める以上の言葉をくれる。少し拙い愛情表現だけど、それが彼らしくて安心する。
「……紅? あの……電話で黙られると、どうしたらいいのか余計にわからないのだが……。まさか眠ってはいないよな?」
「し……失礼ね。起きているわよ。ちゃんと聞いてたんだから――あなたからの愛の告白を」
「……茶化すなよ。俺は思ったままを言語化しただけなんだから」
「わかってる」
頷いて、小さく息を吸う。今なら言えそうな気がして、ゆっくりと唇を動かした。
「――抜折羅、大好き」
二つの単語を並べて告げただけなのに、鼓動が跳ねる。脈が早くなる。
「っ!? このタイミングで言うかっ!?」
彼が顔を真っ赤にしている様が浮かぶ。顔に動揺が表れているのか確認できないのが惜しい。
「だって、言って欲しかったんじゃないの?」
「否定はしないが……だけど」
「次は顔を見ながら言えるようにするね。だから、もうちょっと待ってて」
まだ胸がドキドキしている。台詞から伝わってしまっていないかが心配だ。
「ん……あぁ。わかった」
「もう遅いし、そろそろ寝なくちゃいけないわ」
「そうだな。長電話をするような時間帯じゃない。――寝る前にお前の声を聞けて良かった」
「あたしも嬉しかったよ。電話してくれてありがとう。おやすみなさい、抜折羅。素敵な夢を」
「おやすみ、紅。良い夢を」
通話が切れる。仕事や事件の絡んでいない電話をこんな時間にできたのが、ささやかなことなのに嬉しい。いつもは抜折羅の仕事の邪魔をしたくなくて紅からは電話をできない。彼だってそれなりの良識を持ち合わせているので、緊急でメールを寄越すことはあっても、こんな他愛のない用件で電話してくることなど今までなかった。
――抜折羅の気持ちがこんなに嬉しいなんて。
スマートフォンを充電器にセットすると、紅は改めて羽毛掛け布団の中に潜り込む。今夜は安眠できるような、そんな気がした。
(必要なのは夢魔を払う石 ~タリスマン*トーカー 短編~ 終わり)
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