第142話 ★9★ 12月7日土曜日、午後

 エキセシオルビルの前に着いてもこうは目を覚まさなかった。うなされていたわけではないようだが、朝から刺激的な夢を見た所為で疲れが取れていないのだろう。

 ――ったく、どんな夢を見ているんだか……。

 あまりにも気持ちよさそうに眠っているために起こすのが躊躇ためらわれ、抜折羅ばさらは彼女を抱きかかえるとビルの七階にある私室に運び入れた。ソファーベッドに眠ったままの紅をそっと横たえる。

 ――無防備すぎだぞ、紅。

 紅が持ってきていた荷物はトパーズに頼んで運んでもらい、彼はすでにここを去っている。誰の目もない二人きりの状況だ。

 ――待て。意識するな、俺。

 彼女が見たという夢の話を妄想していた所為か、普段以上の動悸を感じる。

 夢の中での自分は、彼女にどんなことをしたのだろう。何を仕出かすと、彼女は照れて視線を合わせられなくなるのだろう。キスなら現実でも何度もしているのだから、おそらくキス以上のことを……。

 ――あぁっ! フレイムブラッドが変な言い回しで説明してきた所為で気になるじゃないかっ!!

 じっとしていられなくて、抜折羅は頭をかきむしる。少し癖のある黒髪がボサボサになるだろうが、構っている余裕が今はない。

 ――手っ取り早く起こして聞き出すか? すっきりするし。

 紅に近付いて、彼女を見下ろす。そのタイミングで紅は寝返りをうち、横向きから仰向けになった拍子にスカートの裾が捲れた。黒いタイツで覆われた太ももが露わになる。

 ――バカっ!?

 咄嗟とっさに彼女に毛布を被せる。これでひと安心だ。

 ――俺に襲われたいのかっ!? そうなのかっ!?

 毛布にくるまってもぞもぞと動いている彼女を見ながら、大きく深呼吸をしてみる。落ち着け、落ち着けと念じながら。

 ――彼女は眠りたいから寝ているだけ。他意はない。うん、それ以外の何物でもないぞ。

 自分に言い聞かせ、改めて紅に対峙する。

 ――だから、コートくらいは脱がそう。眠りの妨げになるはずだし。

 ロングブーツを脱がすのは色々な理由で諦めたが、彼女が羽織っているピーコートを脱がす程度ならそう難しくはなさそうだ。

 紅の眠りを邪魔しないように陣取り、抜折羅はそうっと手を伸ばす。

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