第135話 *2* 12月6日金曜日、17時過ぎ
期末テストが来週に迫っているため、部活動は基本的にお休みだ。一七時過ぎに帰宅した
――この着信音は。
急いでセーターを着て、電話に出る。
「もしもし?」
「紅、今、大丈夫か?」
事務的な口調で聞こえる声は、今日は一度も顔を合わせていない
「うん、大丈夫。ちょうど帰ってきたところだし」
紅はベッドに腰を下ろして反応を待つ。何の用事があるのか、さっぱりわからない。
「そっか。なら良かった」
「用件は何?」
彼に限って、声が聞きたかっただけなんてことはない。甘い期待などせずに、抜折羅を促す。
「お前さえ良かったら、明日、一緒に出掛けないか?」
「……試験前なんだけど」
誘いは嬉しいが、今の状況からすると暢気なことを言っている場合ではない。
「わかってる。ただ、俺としては、今日の授業のノートを借りたいという目的もある。無理だというなら、別に構わないんだ」
「うーん。ま、良いわよ。ノートも貸してあげる」
「恩に着るよ」
「ところで、今日はなんで欠席したの?
担任教師は抜折羅の欠席の理由をそのように説明していた。アメリカから単身で日本に来ているはずの抜折羅の家庭の事情とは何なのだろうか。
――まぁ、可能性としては、魔性石絡みの仕事って確率が高いけど。
「紅は東京ミネラルショーって知っているか?」
〝東京ミネラルショー〟という単語に聞き覚えはあった。地学部で、先輩の
「うん。いわゆる鉱物市ってやつよね。毎年の今頃に池袋で開かれているって聞いたことがあるわ」
「今年は十二月六日から九日までなんだ」
「それが?」
開催が今日からだということは理解できたが、どう繋がるのかよくわからない。鉱物市というものに参加したことがないから、イメージが湧かないのだ。
「出展業者に知り合いがいるんで情報交換したり、うっかり魔性石が流れてないか初日にチェックしておく必要があったんで、今日は休むことになったわけだ。タリスマンオーダー社の社員としての仕事だな」
タリスマンオーダー社とは、宝石の鑑定や鑑別を行っている会社だ。本社はワシントンにある。その姿は表向きのもので、実際は『魔性石』と便宜的に呼んでいる、人を惑わし不可思議な力を与える石を調査し管理する組織だ。
抜折羅の養母はタリスマンオーダー社の社長であり、抜折羅自身は宝石学資格を持つ社員である。
「それはお疲れ様。何か収穫はあったの?」
この時間に連絡してきたのは、紅が帰宅するタイミングを見計らっていたからだけでなく、仕事の都合も含むのだろう。
「残念ながら、芳しい情報はなかった。魔性石にしても、人に害をなすほど強力なものはない。効き目のいいパワーストーンってぐらいのもんだ。結構、世界のいたるところから業者が集まるから、気にはしていたんだけどな」
抜折羅の話し方は淡々とした感じで、あまりがっかりしているようには聞こえなかった。
「そう……」
――あたしの前では、無理しなくて良いのに。
紅は気落ちした声を出す。
抜折羅は青いダイヤモンドの魔性石〝ホープ〟に呪われている。本人、及び親しい人間に不幸を招き、最悪の場合は死に至らしめる――そういう類の呪いに。抜折羅の両親も呪いの被害者であり、既に他界している。
そんな事情で、抜折羅はホープの呪いを解くために必要な〝ホープの欠片〟を探さねばならない。宝石学資格を取得していたり、タリスマンオーダー社の社員だったりするのも、情報収集を円滑に進めるための努力の一部分なのだ。
「……お前が凹んだ声を出すなよ」
「だって……」
「こういうのは巡り合わせもあるからな。慌てても仕方がないことだ。気長にいくさ。――で、明日なんだが、九時くらいに火群の家の近くに車で迎えに行くってことで構わないか?」
いつもよりもちょっぴり強引な気がする。珍しいことだ。
「いいけど……どこに行くの?」
「ん……ショッピングみたいな感じか? とりあえず、そう思っていてくれればいい」
「うん、よくわからないけど、わかったことにするわ」
はっきり答えないのも彼らしくなくて不思議だ。何か企んでいるのだろうか。
「じゃあ、また明日に」
「うん。また明日」
通話が切れる。
紅はスマートフォンの画面を見ながら、つい笑んでしまう。充電器に繋ぐと、明日着ていく服の物色を始めたのだった。
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