第126話 ★4★

 階段を上ってきたこうを見て、抜折羅ばさらはドキリとした。少女趣味全開といった印象の衣装に身を包んだ彼女は、普段身体のシルエットがわかりにくい服や動きやすさを重視した服を着ているのと雰囲気が違っている。

 ――こういうのも似合うんだな……。

 赤いドレス姿で現れたときもみとれてしまったが、こういう格好も悪くない。

白浪しらなみ先輩、着てみましたよー?」

 紅が遊輝ゆうきを見て問い掛ける。彼は皿に野菜を盛り付けていた手を止めて振り向いた。

「これは予想以上だね!」

 頭の先からつま先まで眺めて目をキラキラさせると、遊輝はにっこり微笑んだ。

「赤い色ばかりもらうって聞いていたから、補色もどうかなって。すっごく似合ってる」

「ありがとうございます。――でも、その、ちょっと色々と強調されすぎやしませんか?」

 頬を赤く染めて、紅はもじもじしている。その仕草で、強調というのが身体のラインについてを言っているのだと理解できる。

「恥ずかしがっているところも含めて最高にグッドだよ!」

 親指を立てながらさわやかにそんなことを言えてしまう遊輝を、抜折羅はある意味尊敬する。

「って、あたしをからかうのが目的ですかっ!? もう着替えてきますっ!」

 顔を真っ赤にしてムスッとすると、紅はくるりと踵を返す。

 遊輝が慌てて紅の手を取った。

「待って待って! 似合うと思っているのは本当なんだから、もう少し目の保養をさせてよー。――ね、抜折羅くんも引き留めてくれない?」

 手を振り解こうとしている紅とそれを阻止しようとしている遊輝。こうなるのは当然の帰結だと思う。

「なんで俺が……」

 巻き込まないで欲しい。紅が嫌がっているのだから、無理に引き留めるようなことはしたくない。

「制服姿も良いけど、こういう可愛らしい格好も素敵でしょ? 一緒に愛でようよー」

「なんであんたの台詞はいちいちセクハラじみているんだ」

 冷たい視線を送りながら指摘する。

「えー、抜折羅くんはこの姿の紅ちゃんを見てもなんとも思わないのかい?」

 遊輝の問いに、紅の視線が自分に向いた。返事を待っているみたいな表情が胸を貫く。

 ――うっ……。

 見つめられると顔に血が上る。遊輝の台詞はセクハラじみているものが多いが、女の子に対する誉め言葉をいっぱい持っているとも感じられる。そんな彼の台詞のあとに自分が何か言ったところで、上手く気持ちを伝えられる気がしない。

 困ってしまって、咄嗟に顔を背けてしまった。

「もう着替え直しちゃうみたいだし、感想を言ってあげなよ。もっと見ていたいと思えるくらい、可愛いって思ってるんでしょ?」

 ほら、もっとよく見せてあげたら、などと言いながら、遊輝が紅を抜折羅の前に連れてくる。

「ちゃんと見てあげようよ、抜折羅くん」

 遊輝の口調が楽しげなのが癪にさわるのだが、抜折羅は背けた顔を紅に戻した。

「ど……どう?」

 彼女の顔がさっきよりも赤い。照れくさそうにされるとこっちまで照れくさくなる。

「……悪くないと思う。せ、せっかく着たんだから、もうしばらくはそのままでいたらどうだ?」

 遊輝の意見に乗るのはどうかと思うものの、すぐに着替えてしまうのは惜しいような気がする。

 たどたどしいながらも自分の言葉で伝えると、紅は目をまるくしたあとに視線を横に外して、小さく頷いた。

「じゃ、じゃあそうする……」

 紅の肩をぽんと叩いて、遊輝が彼女の背後から顔を出す。

「抜折羅くんにも気に入ってもらえたようで、僕は嬉しいよ。――さぁ、夕食にしよう。今夜はすき焼きだよ♪」

 作業の続きに戻るらしい遊輝を、紅は頭だけ追いかけた。

「あ、着たままだと汚しちゃうかもしれませんが、本当に良いんですか?」

「そのときはクリーニングに出してから君にあげるから気にしないで」

 しれっとなんでもないことのように遊輝が答える。

 その返事に、紅が驚いたように目を見開く。

「……いただけるんですか?」

「もちろん。君の体型に合わせて調整したし、プレゼントするよ」

「調整したって……オーダーメイドってこと?」

 紅の問いに、遊輝はくすくすと笑った。右手を振って否定する。

「ううん、まさか。星章先輩じゃあるまいし」

 遊輝が言うように、金持ちなお坊ちゃんである星章蒼衣ならオーダーメイドで彼女に服を用意するのだろう。実際に蒼衣がパーティー用の赤いドレスを発注し、紅に贈っていることを知っている。

「その服はハンドメイドだよ。衣装部屋にあったのを改良しただけだから、全部作った訳じゃないけど」

「白浪先輩のお手製……」

 ――どこまでも器用な男だな……。ってか、本業の画家の仕事はどうした?

 彼は売り出し中の画家だったはずなのだが、こんなことをしていて仕事は進んでいるのかと心配になる。

「着心地はどう? 苦しいところとかない?」

「いえ。こんなにしっくりくる服は仕立ててもらったドレス以外では初めてですよ。びっくりしました」

「それは良かった。是非これからも着てね。デートのときに着て、抜折羅くんをドキドキさせてあげると良いよ」

 そう告げて、遊輝は抜折羅に向かってウインクをしてきた。

 ――余計なお世話だ。

 紅が可愛らしい格好をしてくれるのは正直嬉しいのだが、目のやり場に困ってしまう。ただでさえ、意識してしまうと直視できなくなってしまうというのに。

「紅ちゃんの可愛い洋服の話はこの辺でおしまい。さぁこちらのテーブルにどうぞ。もう準備が終わるから」

 促されるままに、抜折羅と紅はソファーのあるリビングからテーブルが置かれたダイニングへと移動したのだった。


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