第122話 ★7★ 10月18日金曜日、20時過ぎ
共有廊下に出てエレベーターのボタンを押す前に、
――誰もいないよな。
人がいないとわかると大きく深呼吸をし、口を開いた。
「ホープ、お前の仕業だろ?」
ぎこちなさがあるフランス語は責める口調で。抜折羅は苛立ちながら応答を待つ。
『……何のことかな?』
ひょうひょうとした態度で、流暢なフランス語が聞こえてくる。
「しらばくれるなっ。
二、三時間の添い寝程度で、行動不能になるほどエナジーを奪うことは通常ならないはずなのだ。なのに彼女の様子は想定外の状態である。考えられる理由はそこしかない。
『ふむ。せっかく気をきかせてやったのに、そう責めるな』
「冗談じゃないっ!! 俺はそんなこと望んじゃいなかった!」
『楽しんでいる奴が何を言う。それに、一人で心細かったのも事実であろうに』
「うるさい! お前はいつも余計なことを――」
紅が関わることになると、ホープは何故か張り切って行動を起こす。彼女の呼び掛けにはすぐに応じるし、力を貸すことにも積極的だ。抜折羅の呼び掛けにはフランス語でないとほとんど応答しないのだから、ひどい格差だと思う。
『何も、私の一存ではないのだぞ?』
「なんだと?」
『バサラが重篤な状態だから、力を分けてやって欲しいと依頼したら、好きなだけ持っていけと許可が下りたのだ。向こうも了承済みであるのに、私だけ責められるのは納得できん』
――〝フレイムブラッド〟……お前もか……。
抜折羅は脱力した。風邪が原因ではない頭痛を覚える。
ホープが言う「向こう」とは、紅が契約しているスタールビーの魔性石〝フレイムブラッド〟のことだろう。主人たちが眠っている間に、魔性石同士で企てたという話のようだ。
「お前……限度があるだろうが」
『命は奪わない程度に加減はしたぞ? 中途半端な時間に帰られることのないように調整するのには骨が折れた』
「阿呆っ! 誇らしく言うなっ!!」
つい日本語で怒鳴ってしまう。ホープが楽しげに笑っているような気がした。
――くっ……こんなところに伏兵がいるとは……。
『買い物に行くのだろう? あまり遅くなっては、彼女が心配するのではないか?』
「はいはい。もう行く。もうお前は余計なことをしてくれるなっ!」
『全く、我が儘な奴だ。――では、健闘を祈る』
――何の健闘を祈られたのだ、俺は……。
気を取り直して、抜折羅はエレベーターのボタンを押す。
――この時間なら出前を頼んでも大丈夫かもな。彼女への詫びも込めて。
これからの予定を考えるとなんとなくワクワクとしてしまう。ホープに指摘された通りに楽しんでしまっている自分に呆れつつ、せっかくだから素直に楽しんでしまうかと潔く諦める抜折羅だった。
(ルビーという名の特効薬で ~タリスマン*トーカー 短編~ 終わり)
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