第88話 ★2★ 10月11日金曜日、昼休み

 十月十一日金曜日、昼休み。

 抜折羅ばさらは早足で久し振りの宝杖ほうじょう学院学生西棟の階段を上った。二階にたどり着くと、東側の端にある教室に向かう。

 ――さすがにこの時間帯は静かなんだな……。

 目的の部屋は生徒会室だ。放課後の生徒会室前は、生徒会役員たちのファンでごった返しているものだが、昼休みはそうでもないらしい。抜折羅はドアの前に立つと、息を整えた上でノックした。

 聞こえてくるはずの返事の前に、ドアがガラガラと勢いよくスライドする。

「お帰りっ抜折羅くん!」

 満面の笑みで待ち構えていたのは整った顔立ちの少年――遊輝ゆうきだった。

白浪しらなみ先輩は呼んでいなかったはずですが?」

「副会長がここにいちゃいけないのかい? ――ま、閣下がお待ちだから、無駄話はこの程度にしておくよ」

 どうぞ、とばかりに脇に寄ると奥を示す。部屋の奥の窓際の席に蒼衣あおいが腰を下ろしていた。

「すみません、星章せいしょう先輩。時間を作っていただいたのに遅刻して」

「どうしたのかと心配くらいはしましたよ。何の連絡もありませんでしたから」

「担任がなかなか離れてくれなくて……」

 蒼衣が適当に座るようにジェスチャーで示すので、抜折羅は部屋の右側にあったパイプ椅子に腰を下ろした。

「あぁ、華代子かよこっちに捕まっていたんだね。こうちゃんにもやたらと絡んでいる印象だけど、君にもまとわりついているのかい?」

 抜折羅の正面、蒼衣から見て右側の椅子に座りながら遊輝が言う。

「長く日本にいるようなら、是非とも生徒会にって勧誘されたんです。断りましたけど」

 数分前のことを思い出して辟易へきえきする。どうにかこうにか振り切って、逃げるように生徒会室に来たのだ。

「生徒会選挙のシーズンが近いですからね。修学旅行先が海外になることが多い都合上、語学力が高い生徒を推薦することが多いのです。それで勧誘されたのでしょう」

「そんな都合がね……」

 ――ってことは、白浪先輩も語学力に自信ありってことか。

 ちらっと遊輝を見ると、さっと視線を外された。

 ――何故、逃げる……?

「――雑談はさておき、さっさと本題に入りましょうか。金剛が聞きたいのは、かつて黒曜こくようと紅の間に何があったのかってことでしたね」

 アメリカに戻っている間に紅の身に起きたことについては、昨夜のうちに蒼衣からヒアリングしている。それよりも以前の話を聞き出そうとしたところで割り込みがあり、この昼休みに場をセッティングしたのだ。

「えぇ、知っている限りのことを教えてください」

 抜折羅は蒼衣に上体を向けると頭を下げる。

「その都合で僕もお呼ばれしたんだね。さすがは閣下、気が利く」

「何度も説明するのは手間ですし、黒曜こくよう将人まさとという人間がどんな人物なのかを知るには丁度良いかと思いまして」

 そう前置きをして、蒼衣は六年前に起きたある事件の話を始めたのだった。

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