第82話 *4* 10月2日水曜日、放課後

 十月二日水曜日。

 授業のある時間は休み時間も含めてずっとひかりが一緒にいてくれた。

 昨夜の電話で光が説明してくれたとおり、昨日の出来事については他言無用となっているようだ。当事者であるこう将人まさと、助けてくれた光と蒼衣あおいだけしか知らないというのは本当らしかった。

 放課後。チャイムが鳴ってそう経たない頃、まだ一年A組の教室に残っていたクラスメートたちがざわめいた。その喧騒けんそうは廊下の方も同様のようで、普段の賑やかさとは種類が異なる。

 周囲の様子の変化が気になって、光と真珠まじゅと共に他愛のない話をしていた紅は、驚きと好奇、羨望などの視線が集まる先に目を向けた。

 ――って、星章せいしょう先輩!?

 目が合うと、蒼衣は軽く片手を挙げて教室に入ってくる。

 なるほど、滅多に一年生クラスが集まる四階に現れない三年生の、しかも一番の有名人であろう生徒会長だ。彼がこんな場所にやってきたとなれば、周りが動揺するのも頷ける。ましてや、婚約の発表があったあとにこうして紅の元に現れれば、より注目の的となろう。

 紅は咄嗟とっさに立ち上がる。蒼衣は紅の前までやって来ると止まった。

「迎えに来てしまいました。これからデートでも如何いかがでしょう?」

 にこやかな微笑みは紅が知る自然体のものではなく、外に向けてのパフォーマンス用のもの。意図を察し、紅は彼に合わせることにした。

「はい、喜んで。迎えに来ていただかなくても、こちらから伺いましたのに」

 微笑んで答えると、蒼衣は机に載せられていたスクールバッグを手に取った。

「その点についてはお気になさらず。私が好きでしていることですから。――行きましょうか」

 差し出される右手。そういう仕草も彼は様になる。

 紅は一瞬いっしゅん躊躇ちゅうちょしたが、周りの視線よりも彼の意志を尊重することにした。彼の右手に自身の左手を重ねる。

「はい」

 しっかりと握られると、歩き出す。クラスメートたちの冷やかしや好奇の目が気にはなったが、変に反応しては煽るだけだ。紅は澄ました顔を意図的に作って、蒼衣のエスコートに従うことにしたのだった。

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