第72話 ★5★ 9月13日金曜日、夜

「――ってわけで、抜折羅ばさらも巻き込まれているから、そこのところよろしく頼むわ」

 抜折羅は今日きょう星章せいしょう邸で話したことをこうから電話で伝えられていた。聞き終わると同時に、少し頭痛を覚える。

「お前は次から次に厄介ごとに巻き込まれるんだな……。俺まで巻き添えにしてくるとは大したもんだ」

 生死に関わるほどのことではないが、こんなふうにトラブルに巻き込まれ続けていけば地味に精神をやられるだろう。抜折羅は自身の魔性石による呪いより、紅の状況の方が厄介そうに感じられた。

「好きで巻き込まれているわけじゃないわよ。避けたくても避けられないだけ」

 彼女はお節介な性格ではない。望んで巻き込まれているわけではないことぐらい、抜折羅も理解している。

「――しかし、宝石知識勝負ね。白浪しらなみ先輩のレベルを知りたいと思っていたし、星章せいしょう先輩のいささ心許こころもとない宝石知識を増強するにはちょうど良さそうだ。どうせなら英文で作るか」

 妙に愉快な気分だ。普段ならホープの回収や鑑定鑑別の仕事以外に興味が湧かないので、珍しい事態である。だが、理由らしい理由ならばある。

「断るって思っていたけど、案外と乗り気なのね」

「一応、俺の仕事は決着がついたからな。次の〝ホープ〟の欠片が見つかるまでは、タリスマントーカーの勧誘という任務がある。白浪先輩をタリスマンオーダー社に引き込むには良い口実になるだろう。推薦文も書きやすいしな」

「抜折羅は白浪先輩のことをかっているわよね」

 焼いているように感じられるのは気のせいだろうか。抜折羅は説明する。

「即戦力として充分な素質があるからな。どこにも群れずに単独行動をしてきただけあるというか。――もちろん、紅も磨けば充分な戦力になるとは思うぞ? ただ、俺が紅をスカウトしないのは、お前を危険に巻き込みたくないからだ。やってることと思っていることがちぐはぐしていると思われても仕方がないが」

 うまく伝えられている自信はない。紅の返事を待つ。

「あぁ、うん。そういうことが言いたかったわけじゃないのよ。気にしないで」

 否定してきたが、紅の台詞は歯切れが悪い。その理由はわからないが、聞き出すのはやめることにした。

「ん……? それなら良いんだ。――そろそろ仕事に戻らないと」

「そうよね。邪魔したわ」

 姿勢をただしたのか、衣擦れの音が電話越しに聞こえる。

「息抜きには丁度良かったさ。紅は俺が送ったメールを頭に叩き込んでおけよ? その知識があるかないかで身を守れるかが変わる。決して損はしないはずだ」

 紅のためにまとめたルビーについてのレポート。伝説の類いや科学的性質に至るまで、抜折羅の持つ知識が詰め込まれていた。紅が石憑いしつきになったときを想定して用意していたとはいえ、実際に使う日が来てほしくはなかった。

「うん。あのメールは何度も読み返してる。忙しいのにありがとう」

「紅が自分の身を自力で守れるようになれば、俺はその分安心できる。気になることがあれば、メールをくれ」

「了解したわ。じゃあ、お休みなさい」

「おやすみ、紅」

 通話が切れる。待ち受けに表示された時刻は二十三時過ぎ。

『アメリカに戻ると決めているのに、試験問題の作成を請け負うのか? 来月は日本にいないだろうに』

 流暢なフランス語が頭に直接響いてくる。物心がついたときから付き合いがある魔性石、ホープの声だ。抜折羅はフランス語で返す。

「試験問題くらいならメールでやり取りすればいい。デメリットよりもメリットの方が多いという判断だ」

『ふむ。考えあってのことだとわかり、安心した。――あまり夜更かしはせず、ちゃんと休め』

 ホープの気配が薄くなる。意識の奥に引っ込んでしまったようだ。

 ――片付けもだいぶ進んだし、今夜はこの辺にしておくか。

 アメリカから単身で訪れるために持ち込んだ荷物は少ない。目立っていた自室の一面に並んでいた水晶のクラスターも、そのほとんどを箱詰めして発送待ちのステータスだ。

 ――日本に残す紅を思うと、もっとしてやれることがあるんじゃないかと思っちまうが、干渉し過ぎて呪いに巻き込むのは勘弁だからな……。

 左肩に埋まる青いダイヤモンド〝ホープ〟を撫でて、抜折羅は部屋の明かりを消したのだった。



(第一章 石の中に水の精霊を 完)




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