第49話 *14* 9月5日木曜日、放課後

「――人の女に手を出さないで欲しいものだね」

 扉が開くなり、冷ややかな遊輝ゆうきの声が地学室に響く。

 扉の開く音と遊輝の声に、男子生徒たちの手が止まった。

「な、鍵を掛けていたはず……」

「鍵開けは僕の日常スキルだからね」

「貴様ら、紅に何をしていたのです?」

 閉じていた目をそっと開けて向ける。青い炎をまと蒼衣あおいとオーロラのような輝きを纏う遊輝ゆうきの姿が目に入る。石の力を発揮しているのが肌でもわかる。

「ちっ……ロイヤルブルーは仕事のし過ぎだろ。ご苦労なことだな」

 言って紅の髪を掴んで立たせ、盾にする。そしてズボンのポケットからバタフライナイフを取り出して紅の頬に当てた。ひんやりとした金属の感触が熱を奪う。

「おっと、そこを動くなよ。彼女に傷がつくぜ?」

「馬鹿な真似はよすんだ。停学じゃ済まされないぞ」

「馬鹿はそっちだ。俺たちはヤれれば、停学でも退学でも構わないんだよ。入学してみて、自分の肌に合わない金持ち学校だってことがわかったからな。だったら、やめるまえにいい女捕まえて楽しんだって構わないだろ?」

「ふざけたことを言うな! 人の尊厳を奪う行為が許されるものかっ!」

「お、喧嘩するつもりか、星章せいしょう会長。殴れば停学処分だよな?」

 動こうとする蒼衣を遊輝が制する。

「ここは閣下が出るところじゃないよ。君の手は血に染めてはならない。例え〝紺青こんじょうの王〟が求める女のピンチであってもね」

「だが、私だって紅を危険に晒すやからを許すことはできないっ!」

「冷静になって下さい、星章先輩。君が事件を起こしたら、学校に悪評が立つ。この宝杖ほうじょう学院は君のお祖父様が設立し、君のお父上が校長を務める学校。世間体は考えられますよね?」

「私は一人の男として――」

「紅ちゃんを任せるんで、これからすることを許してもらいますよ」

 次の瞬間、遊輝の姿が掻き消えた。

 狼狽うろたえる男子生徒。そしてカランと響く金属音。ナイフが床に転がる。

 気付いたときには、紅は蒼衣の腕の中にいた。

「な、なんだ? 手品かっ!?」

「さぁてどうだろう。――まぁ、とりあえず、これで存分に殴れるね」

 遊輝の整った顔に乾いた笑みが浮かぶ。

「紅ちゃんに与えた恐怖の二倍返しと星章先輩の憤怒ふんぬの代理人ってことで――君たち、お勉強の時間だよ」

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