第39話 ★4★ 8月3日土曜日、午前

「――で、抜折羅ばさらくんはこうちゃんにはタリスマントーカーになって欲しくないわけね」

 遊輝ゆうきの声が隣の部屋から聞こえる。抜折羅は扉越しに聞きながら、黙っている。

「私はてっきり、彼女を育成するつもりなのだと理解していましたよ?」

 蒼衣あおいにも盗み聞きしているのがばれてしまっているらしい。抜折羅は苦笑する。

「先輩方は……」

 言いかけて、口を噤む。

「聞こえないよ、抜折羅くん」

 扉が不意に開いて、抜折羅は背中から事務所側の部屋に倒れ込んだ。

「言いたいことはちゃんと言ったら? 僕がリスキーだと言ったことを怒っているなら謝るよ」

 見上げれば、遊輝が困った表情のまま微笑んでいる。

「先輩方は……このまま紅を巻き込んで、彼女を助けていける自信、ありますか?」

 抜折羅の問いに、遊輝と蒼衣は顔を見合わせる。

 先に答えたのは遊輝だった。

「自信はあるにはあるよ? でも、彼女の強さにも期待している。結構怖い思いをさせたんじゃないかなーなんて心配していたのに、案外と普通に接してくれるし。甘い部分は否めないから、つけ込まれやしないか気にはしてるけどね」

金剛こんごうが考えているほど、紅は誰かを頼る生き方は選ばない人間ですよ。自力でどうにかしようと足掻あがく女性です。その分、扱いにくい面はありますが」

 二人に言われて、抜折羅はようやく起き上がる。

「つまり、俺が彼女を信用していないってことですか?」

 問いに、遊輝も蒼衣も頷いた。

「紅ちゃんだけでなく、僕たちも信用してよ。協力ってそういうことじゃないの?」

「単独行動に慣れすぎているのも困りものですね。なんのために我々が集まったと思っているんですか?」

 二人の言葉がくすぐったい。抜折羅は努めて笑顔を作った。

「……ですね。ありがとうございます」

 短い期間だけのチームになるだろうことは覚悟している。そういう気持ちが遠慮に繋がるのだろう。抜折羅は彼らに心の中で詫びたのだった。

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