お師匠様に、甘えたい! その2

今日も仕事を終えて帰宅したジーク。

師弟との会話をしながらの夕食を終えて、就寝の時を迎えた。


「師匠、久しぶりに一緒に寝たいです」

「……え、あ、だ、ダメですよ」


師匠と呼ばれた女性の名前はグリーナ。

この国で知らぬ者はいない大魔導師である。そんな彼女には悩みがあった、

一番弟子のジークに関してである。


彼女は可愛い一番弟子を溺愛して育ててきたが、時が経つにつれて、

非常に優秀で眉目秀麗に育った弟子に情念を抱き始めていた。


彼女には男がいなかった。ミディランダ公国の分家の養子であり、少女の頃より天才と呼ばれて来た神童。そんな高嶺の花に迫る男はいなかった。分不相応な相手に、手を出しにくいのは世の常である。


「何故ですか? 昔は一緒に寝てたじゃないですか」

「あ、あれは、貴方が子供だったからです」


そのため、男に対しての免疫がない彼女は成長したジークの対応に悩んでいた。

最近では、とても大人しかったはずの弟子が心を揺さぶる言葉を吐くようになったからだ。


彼女の心は葛藤する。10歳差の愛弟子と結ばれる背徳感、同時に問題となる世間体。彼女が築き上げてきた信頼や絆が崩壊する予感。それを恐れて悩んでいた。


「でも、昔みたいに一緒に寝たいです。師匠に撫でられたいです」

「おっふ」


可愛い。そう思ってしまった。幼いジークを昔から可愛がってきた事実。

一緒の布団で抱きしめながら眠った思い出。それを思い出すと顔が真っ赤になり弟子ジークから逃げたくなる。


「俺のこと嫌いになりましたか? 俺は大好きですよ」

「ぁ……あぅぅぅ」


彼女は追い詰められている。彼女の本心は一緒に寝たいのだ。しかし、恐らくは我慢できなくなるだろう。今のジークと一緒に寝れば、二度と師弟には戻れないと本能で理解していた。


「だ、だめです。もう大人なのですから、一人で寝ないと……ね?」


彼女は精一杯の理性を働かせて断った。背が高くなった弟子の顔を見上げながら、その瞳を見つめて。


「ずっと子供扱いでいいですよ。だから一緒に寝ませんか?」

「……」


もういいんじゃないかな。一緒に寝たいな。彼女の心は負け始めていた。

その時、ジークは口元を隠してニヤリと笑った。彼は楽しんでいた。

彼女が断るのは理解しているが、彼女の可愛い困った顔が見たくて、わざと言っていたのだ。勿論、一緒に寝て甘えたいのは本心だったが、師匠の表情をみたい想いが強かった。


「師匠のこと、拾われた時から好きでした」

「……ぁ……ぁ」


彼の本心だった。拾われて、育てられて、魔法使いとなった彼の本心。

ジークにとってグリーナは師匠以上の存在だった。姉であり母であり恩人であり、その上で師匠だった。


「……ジーク、だ、だめです」


精一杯の言葉を発する。すでに体中は真っ赤になり、動悸が激しくなっていたが、それでも理性で持ち堪えた。


「そうですか、わかりました。では、一人で寝ますね」

「……は、はい」


引き下がったジークの言葉を聞き、グリーナの心は複雑だった。

残念だけど安心した、でも本当は……。ジークの後ろ姿を名残惜しそうに見送ったグリーナは、一人寂しく布団にもぐった。


「……はぁ」


彼女は、意味深なため息をして眠りについた。

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