第18話いなせなマスコット、その名もリッキー


「――なんやぁ、儂と写真撮りたいんか、ねえちゃん、しゃーないのぉ」


 妙にドスが利いた口調で、完全にヤの人にしか思えない。あっち系の人達が主役の映画に出るような俳優、それを連想させた秤は頬をひくつかせて目の前の物体を見下ろしていた。マスコットのリッキーである。もこもこの身体なのに顔は劇画チックで恐ろしい。これが女子供に人気があるという現実がイヤになる。恐ろしい。何が恐ろしいって、普通こういうマスコットは声を出さないのに、普通に出しているところだ。しかも録音じゃなく、中の人……もとい、リッキーが声を出しているのだ。つまりリッキー自体が声を出して、リッキーを演じているのである。もうよくわからないがそういうことなのだ。

 若いキャッキャとはしゃぐ女性陣がリッキーに黄色い声援を送っている。秤は思った。どこがいいのだろうと。偏見的な考えかもしれないが、テレビや流行りの物を見て何がいいのかわからないということはよくある。実際、そういうものは一過性のもので、飽きたら忘れられたりするのだ。物の本質を見ず、周りに流されているだけなのではないか。そういうのって自意識がないということではないか。つまり、リッキーは可愛くない。不気味だ。むしろ近づきたくない。そういうことなのだ。


「……可愛い」


 おっと、隣の御嬢さんもどうやら一過性の流行り病に罹ってしまったようだ。そう思い、秤は玲李の顔を見た。そして自分の考えが間違っていることを知る。あ、これ、本気で思ってる。考えてみれば玲李が周りに流されるような人間とは思えない。自分の意思が強く、物事の良し悪しを見極めることができる聡明さがあるのだ。ならば、え? うそでしょ? 本気でコレが可愛いって思ってるの?

 秤は背中に汗を掻いた。もう一度リッキーを見る。可愛い? 可愛いの、あれ? 身体は着ぐるみそのもので顔が劇画。うん、可愛くない。そう思うが、口にはしない。それが優しさなのである。

 玲李はほぇーと呆けて見ている。なんと珍しい。こんな表情を見せるのは天変地異の前触れとしか思えない。スマホを手にして何かをしようかしまいか迷っている。秤にはすぐにわかった。なぜなら他の人達が写真を撮らせて貰っているからだ。ただし人だらけで中々写真を撮れそうにない。割り込んで行くのは周りに迷惑だ。だが、もたもたしているとリッキーはいなくなってしまう。順番を定めその上で自分の写真権を主張し子供達の夢を壊さず「うわ、あの人必死過ぎ」と思われないバランス力が必要だ。

 だったら命を懸けるしかない。全力を見せるしかない。それが男の子なのさ!


「ちょっと待ってて」

「え? あの」


 玲李をその場に待たせて、秤は戦場へ向かった。リッキーは今、自分をローキックをした子供の胸ぐらを掴み「タマァとったろうか、おぉぅっ!!?」と本気で脅しているが、子供はキャッキャと笑い、親はよかったわねぇと笑っている。隣では羨ましそうにしている女子高生らしき女の子たちが数人がリッキーに近づき、抱きしめた。その瞬間、リッキーは女子高生達から離れて「嬢ちゃん達、俺に惚れると怪我ぁするぜ?」と恥ずかしげもなく臭い上に古い台詞を吐く。「しゅごい可愛いぃ、きゃああっ!」とか言う興奮している女子高生。く、狂ってやがる! この世界はもうダメだ、おしまいだ。破滅寸前だぁ。心が折れそうだった。これならランジェリーショップに一人で入り、サイズ合わせお願いしますって言った方がマシだ。いや、そっちの方が難易度が高いわ! 警察と学校と親に連絡され人生が終わってしまう。そう考えればリッキーに写真を頼むなんて大したことではないじゃない。心が軽くなった。さあ、行こうぜ!

 秤は決意を胸にリッキーに近づく。


「おらおら、近づくんじゃねェよ!」

「ぶっとばっぞ!」


 リッキーの魅力にメロメロの女性陣が目を血走らせて、さながらバーゲンセールの中、商品を取り合う主婦たちのように争っている。まるで戦場。そんな中に入るのか。秤は戦々恐々とした。だが、玲李が待っている。決めたんだ。彼女のためにすべてを投げ打って、努力し、そして必ず目的を達成させるって。

 逃げるな。臆すな。一度心を折れば、二度と真っ直ぐ心は伸びない。ならば一度も逃亡するな。退路はない。道は一つしかないのだから。

 秤はキッとリッキーを睨む。絶妙な距離だ。順番を守りつつ、少しずつ距離を詰める。行列は徐々に短くなっていく。正攻法で行けるか!? そう思った時、


「あー、シャバの空気は身に染みるわぁ。おれぁ、一旦、オジキのとこに戻らんといけん。おまえらぁ、さっさと戦争に戻れやぁ」


 つまり「僕は休憩に入るから、みんなは引き続きアトラクションを楽しんでね♪」ということである。くっ、タイムリミットか。どうする、どうすれば?

 秤は玲李を見た。彼女は一人で戸惑いつつ、秤を見守っている。その瞳が言っている。がんばれ、男の子、と。だったら、行くしかないだろう!


「アニキ!」


 秤は叫んだ。女性と子供しかいない中で、秤の言葉は目立った。そしてリッキーが最も気に入るだろう言葉を選んだのだ。その結果、立ち去る寸前だったリッキーは足を止めて、ゆっくりと振り返った。


「ああん?」


 中々の迫力だ。着ぐるみなのに、街中であったらお金を出して許して貰いそうなくらいの威圧感がある。だけど負けられない。秤は腰を落とし、頭を垂れ、両手を膝の上に乗せた。


「アニキ! すいやせん、頼みがあるんでさぁ!」

「……なんやサブ。言ってみぃ」


 秤はサブになった。


「写真を……自分の女と写真を撮ってはくれませんか……?」

「おまえの女やと?」


 秤とリッキーの様子に何事かと客達がざわざわし始める。そして自然に秤達から距離をとった。そして偶然にも、佇んでいた玲李だけがその場に残る。リッキーと秤、その後方に玲李という図ができた。どないなっとんねん。


「あれか?」

「へ、へい」

「……連れてこいや」

「あ、ありあとやす!」


 秤は駆け足で玲李の下に戻った。もうヤケクソだった。目立つような行為をしてしまって恥ずかしくてしょうがないが、もう退くに退けない。なら突き進もうぜ!

 玲李は戸惑っていたが、必死な形相の秤を見て、覚悟を決めたらしい。玲李はリッキーの下に戻り、ぎこちないながらも並んだ。秤は玲李から受け取ったスマホを構える。


「それじゃ、とりやす! はい!」


 パシャと何枚か撮った。さすがリッキーは慣れているのか、腕を組んだり、格好つけたり、いなせで粋な構えをしていたが玲李は直立不動だった。どうやら緊張しているらしい。玲李には珍しい姿だった。


「ありあとやした!」


 秤はリッキーに勢いよく頭を下げた。恥も外聞もへったくれもない。もうこのまま行くしかないのだ。家に帰って後悔するくらいなら別にいいのだ。もうすでに黒歴史化まっしぐらだが。


「あ、ありがとうございました」


 玲李もなぜか秤の隣に並んで頭を下げた。この二人。もう何がしたいのかわからない。

 だが、二人の心意気を買ったのはリッキーだった。


「ええんや、サブ。ええ彼女持ったなぁ。それにお嬢ちゃん、サブはいい男や。これからも支えたってや」

「は、はい」


 彼女じゃないけどとは言わなかった。玲李も否定はしなかった。けど秤は何となく恥ずかしくなって顔を熱くしてしまう。それは玲李も同じようだった。


「お似合いな二人や。幸せにな」


 今までのリッキーとは違い、どこか本心が垣間見えた気がした。秤達が頭を上げるとすでにリッキーはいなくなっていた。その立ち去り方に秤は心を打たれる。


「アニキ……」


 状況に酔っていたことはわかっている。だが、そう言うしかなかった。リッキーはその瞬間、秤にとってのアニキになったのだ。小さいのに大きな背中を忘れはしない。アニキ・イズ・フォーエバーなのだ。

 秤は満足気に笑った。そして玲李が周りを気にしつつ囁いた。


「あの……リッキーって時任君のお兄さんなの?」


 違うに決まってんでしょうよ。

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