第3話桜ヶ丘玲李という人間
桜ヶ丘玲李。
彼女の身長は平均を下回る。唯一の身体的欠点は胸が小さいということ。それは彼女が考える、という前提での話だ。
学校の成績は上の上、運動神経抜群、容姿も最高域。
父は日本最大の貿易会社を営んでおり、母は元モデルで現在は芸能事務所を経営している。共に容姿は端麗、生まれながらに才気に長け、成功を収めている。
何をやらせてもそつなくこなし、調理、洗濯、掃除、裁縫などの家事さえも完璧。特に、日本舞踊は美しさの臨界を突破し、見るものを魅了して離さない。
しかし反面、様々な点で完璧な彼女はそれだけで人を惹きつけ、嫉妬を買い、敬遠される。利用しようと近づくものも後を絶たない。
あまりの美麗さと人工物を思わせる無感情さにより、一部では賞賛と羨望と侮蔑と嫉妬を込めて人形と揶揄されている。クール系と言えば聞こえはいいが、実際に存在すれば周囲から浮くのは必至だ。
幼い頃から、彼女は感情の起伏が緩やかだった。決して無感情なわけではなく、表情には出ないだけで、内心では普通の女の子だった。しかし、常に怒っているの? 楽しくない? 笑わないね、などと言われ続けた。
会話もどのようにすればいいのかわからず、考えている内に相手が結論を出してしまっている。思考速度が遅いわけではない。むしろ早い上に人一倍多くの部分に気づく。そのため余計に時間がかかってしまうだけだ。直感で話す人間とは違い、考え過ぎてしまう。的確な言葉は何かと思案してしまう。
やがて人が離れて行ってしまう。友人が欲しいと思っていたが、幼いながら聡かった玲李は、自分には難しいことだと理解してしまった。そして自分の殻にこもり、自分だけに視線を向けた。そのせいであらゆる分野で素質のあった玲李は、余計に脚光を浴びてしまい、浮いてしまう。
そして厄介なことに、コミュニケーション能力に関しても克服してしまう。ただし、それは人間関係を構築するという部分に重きを置かず、単純に意思の疎通を円滑にするという部分を強化してしまった。おかげで、淡泊で端的な会話が基本になったのだ。
『彼女は自分達とは住む世界が違う』
『お高くとまって偉そうに。何様のつもり?』
『表情が変わらないから人形みたい』
陰口には慣れている。次第に何も感じなくなっていた。
『桜ヶ丘さんは綺麗だね』
『桜ヶ丘さんの家はお金持ちなんだよね』
『また試験結果が一位だ。すごいね』
外面だけを褒める人間にも嫌気がさしている。それはつまり外側だけしか興味がないということだ。なぜなら誰も玲李とまともに話したこともなかったからだ。
年月を重ねるごとに玲李は気づいてしまう。
ああ、人生とはこんなものなのか、と。
それでも心の底では、いつか幸せだと思える出来事があるのでは、と期待している。
燻っている思いがあった。
――恋がしてみたい。
年相応に恋愛に憧れる思いはあった。けれどそれは同世代の女性とは微妙に違う思いだった。ネットで調べた結果、自分の恋愛観を一言で表す言葉があった。
ヤンデレである。
調べるとどうやら精神的に問題がある人間を指すらしいことがわかった。恋に狂い相手を殺したりする場合もあるらしい。嫉妬深い人間も同分類に入るとか。
そんな馬鹿な、と玲李は一笑に付したが、気になったのでネット上の簡単な診断をしてみた。質問は簡単だった。
『恋人とのデートは週に何回?』
→毎日。四六時中。
『メールや連絡はどれくらいの頻度で欲しい?』
→数分おき。
『恋人に関する事はすべて知りたい?』
→イエス。
『あなたは束縛する方?』
→ノー。
『恋人が自分以外の異性と話していると許せない?』
→イエス。
『恋人が浮気をしていました。さて、どの程度でそう思う?』
→仲良く話したら。
『恋人が浮気をしていました。さて、あなたはどうする?』
→相手の女を消して、恋人を監禁する。
『状況によっては人を傷つけることを良しとしますか?』
→イエス。
『状況によっては恋人を傷つけることを良しとしますか?』
→ノー。ただし罰は必要。
結果は、あなたはヤンデレ度100%の完全ヤンデレです、だった。
本人に自覚はない。むしろこんな占いは当てにならないと忘れてしまっていた。
そんな桜ヶ丘玲李だったが、現在、学校の廊下に佇んでいた。掲示板には期末テストの順位が張られており、生徒達でごった返している。
「また、桜ヶ丘さんが一位だ」
「ここまで来ると嫌味だよね」
「ほぼ満点だし、何か不正してるんじゃないの?」
心無い言葉が飛び交うが、玲李は歯牙にもかけない。関係ないのだ。無責任で嫉妬深く、努力もせずに他人を羨む連中の言葉など微塵も心に響かない。
どんな分野でトップを取ろうと感慨はない。当たり前という精神があるわけではない。驕りでもない。単純に嬉しくないだけだ。
褒められたくてやってるわけではないのだ。自分のためにしている。将来を明確に見据えているわけではないが、最大限の努力ですべきことをしているだけだ。
玲李にとっては当たり前のことだが、簡単にできることでもない。それを彼女はわからず、他人を見下してしまっている。彼女は正しい。正しすぎる。だからこそ妬まれるのだ。
玲李はふと二位の生徒の名前を視界に入れた。
時任秤。確か同じクラスの男子だったはずだ。毎回二位なので、最近は覚えてしまったが、それ以上に興味はなかった。
玲李は衆目を無視し、その場を立ち去った。淀みなく舞のような所作に見惚れる男子と嫉妬する女子の視線を背中で受け、玲李は我が道を進む。
今までもこれからも変わりはしない。退屈でやりがいのない毎日だ。
諦めている。もう期待はしない。玲李は自分のことだけを見つめ、自分だけを向上させることに終始している。それが彼女を孤独にし、彼女を高みへと昇らせる。それが幸福なのか不幸なのかは彼女自身にもわからないことだった。
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