17.箱庭

 岩で囲まれた通路の中を、冒険者三人は進んでいた。通路の大きさは一定で、三人が並んで歩ける程度だ。何らかの人の手が入っているようではあったが、壁や天井には凹凸が多く、人工のダンジョンと洞窟の合間といった雰囲気だった。

 通路を進むと、やがて前方に明かりが見えてきた。そこで通路は終わっていて、その先には岩に囲まれた広大な空洞が広がっていた。空洞の天井には巨大な光球が浮かんでいて、周囲を明るく照らしている。

 空洞の中央部には高い壁に囲まれた地域があり、その中には石造りの建物が並んでいる。街のように見えるそれに、三人は近づいた。

 壁は真っ白な石でできており、継ぎ目は一切見えない。もしこれが街ならどこかに門でもありそうなものだが、そんなものが無いことは前回来たときに確認済みだ。

「頼むぞ、ローレンツ」

 ザックに言われ、彼は神妙な表情で前に出た。前回はここから先に進むことができなかった。彼が中に入る方法を調べてきたが、当たりかどうかは試してみないとわからない。

 壁に近づいて、ローレンツは短く呪文を唱えた。壁面のうち、彼の顔の真正面にあたる部分が淡く輝く。

 輝きは、徐々に広がっていった。人間より少し大きい程度の長方形になった後、ふっと光が消えた。光っていた部分の壁も、それと同時に消滅する。

「成功したようだ」

 ローレンツは、壁に開いた大穴を覗き込んだ。入り口のようになったその穴の向こうには、通路が続いているようだった。

「全員指輪はつけてるな?」

 ザックの言葉に、ローレンツとオリビアの二人は頷いた。以前にここに来たときに手に入れたものだ。指輪と一緒に残されていたメモによると、『指輪を必ず身に着けておくこと』『絶対に指示に従うこと』の二つさえ守れば安全だということだった。

(『指示』って何のことかまだ分かんねーな)

 ザックは苦々しげに唇を歪めた。例のメモの一番最初に書いていたぐらいだから、重要なのだろう。だが通路を見ても、『指示』らしきものは見当たらない。

(何かを見逃してるんじゃなきゃいいが)

 そう思いながら、ザックは通路の中に入った。

 通路は外の壁と同じ素材でできているようで、一直線に伸びていた。天井には、定期的に小さな光球が設置されている。

「さっきのは、どういう魔法だったんですか?」

 オリビアが、ローレンツに尋ねる。

「挨拶のようなものだ」

 その答えを聞いて、オリビアはきょとんとしていた。ローレンツは、少し考えてから言葉を足した。

「自分の存在を相手に伝えるためだけの、ごく簡単な魔法だ。遥か昔、誰でも魔法が使えた時代には、実際に儀礼的な挨拶としても使われていたそうだ」

「そんな時代があったんですね」

「何百年も前の話だ。現存する魔道具やダンジョンの多くも、同じ時期に造られたと聞く」

「なるほど」

 何度か道を曲がった先で、通路は行き止まりになっていた。突き当たりの壁には取っ手のない扉のようなものが付いている。思い切り押してみたが、開く気配は無い。

「もっかい『挨拶』してみるか?」

「ああ」

 ローレンツは先ほどと同じ呪文を再び唱える。だが今度は、何の反応も得られなかった。

「駄目だ、別の開け方があるのか。それともここでは無く、通路の途中に反応する場所があったのか」

 扉を凝視しながら、ローレンツはぶつぶつと呟いていた。ザックは嫌な予感がして、後ろを振り返る。

(閉じ込められたんじゃないだろうな)

 道が直線ではないのでもう見えないが、通路の入り口はまだ開いたままなのだろうか。もし閉じていたとしても『挨拶』で再び開けられるのかもしれないが、そうでなかった場合は厄介なことになる。

 不意に、曲がり角の向こうから小さな何かが歩いて来た。その姿を見て、ザックは唖然とした。

「……なんだありゃ」

 そこに居たのは、後ろ足で立ち上がって二足歩行する、白い兎だった。大きさや見た目は普通の兎とあまり変わらないが、体の形は少し人間に似ているように見える。服を着て、ステッキまで持っていた。

 ローレンツとオリビアの二人も、兎の姿を見てぽかんとしていた。兎は冒険者たちの数歩手前で立ち止まると、ちょこんとお辞儀をした。

「初めまして、冒険者の方々。わたくしはこの街の管理者です。白兎とお呼びください」

 兎は片手を胸元に沿え、恭しく頭を下げた。兎の声は、男性とも女性ともつかない中性的なものだった。

(管理人だと?)

 ザックは眉を寄せた。例のメモに書いてあった『指示』とは、こいつの言うことを指すのだろうか。

「早速ですが、入場許可証はお持ちですか?」

「これのことか?」

 ザックは左手の指輪を兎に見せる。冒険者三人とも指輪を嵌めているのを確認すると、兎は地面をステッキで二度叩いた。

「結構です。それではお入りください」

 通路の突き当たりにある扉が、ひとりでに奥に開いた。その先には、建物が立ち並ぶ街並みが見える。

「一部立ち入り禁止地区がありますので、お気をつけください。それから、内部での破壊活動も禁止されております」

 そう告げると、もう言うことは言ったとばかりに、兎はその場を去ろうとした。

「ちょっと待った、立ち入り禁止地区ってのはどこなんだ? 見りゃ分かるものなのか?」

「禁止地区にはそう書かれているはずです。そういう決まりになっていますので」

 ザックの質問に、兎は立ち止まって答えた。口調は穏やかではあったが、若干の苛立ちのようなものを滲ませている。

「そうか、分かった。…行こう」

 まだ聞きたいことはあったのだが、やめておいた。仲間たちを促して、ザックは中に入る。背後で、扉が閉じる音がする。

 周囲を見回すと、そこはまさに『街』だった。正面には大きな通りが走っており、大小様々な建物が両側に並んでいる。左右には、それよりは少し細い道があった。人影が全く見えないことを除けば、普通の街と変わらない。

「今のって、何なんでしょうか。魔物?」

 後ろをちらちらと気にしながら、オリビアが不安げな口調で言った。

「さあな。魔物だか魔道具だか知らんが、言うことは聞いておいた方が良さそうだ」

 ザックは肩をすくめた。隣に来たローレンツが、視線を向けてくる。

「どうする、ザック。一軒ずつ家捜しするのか?」

「そうしてみるか。管理人とやらに怒られなきゃいいんだがな」

 まず家の中が、立ち入り禁止地区とやらではないのかが問題だ。とりあえず、『立ち入り禁止』などと書いていたりはしないようだが。

「んじゃ手分けして捜索するかね。まずは大通りから行ってみるか。三つ終わったら、一度集合しよう」

 担当を割り振って、三人はそれぞれ別の家へ向かった。

 ザックが最初に向かった家は、扉に鍵もかかっておらず、すんなり中に入れた。内部は二階建てで、加えて地下室と屋根裏部屋が一つずつ付いていた。

 一通り部屋を周ったものの、めぼしい物は何も見つからなかった。家具や食器など、生活に必要なものが置いてあるだけだ、特に高価なものは無い。全て新品同然だったので、持って帰れば小遣い程度にはなるかもしれないが……。

 次に入った家は、中に物が何も無かった。家具すらなく、新築そのものだった。その次も同様で、皿一枚置いていない。

 三軒目が終わって、ザックは大通りで待機した。ローレンツとオリビアも、しばらくして家から出てくる。二人とも、目を向けると首を振っていた。

「収穫は無かったみたいだな」

「ああ。この調子で調べても、価値のある物を発見できる可能性は低いだろう」

「同感だ」

 ザックは長く息を吐いた。家捜しがだめなら、他の手を考えなければならない。

「街を見て周るしかねーな。家以外の建物を探そうぜ」

「ふむ、どこから探す?」

「そうだな……」

 外から見た街の様子を思い出しながら、ザックは思案した。全ての場所を周るには、この街は広すぎる。

「とりあえず適当に歩いてみるか。どう周るかはそれから考えよう」

 ザックの先導で、大通りに繋がっている小道の一つに入る。細い道は複雑に交差していて、油断すると迷ってしまいそうだった。大通りと同様、道の両側には延々と家が続いていた。

「本当にただの街みたいですね」

 後ろを歩くオリビアが、ぽつりと呟くように言った。

「だな。昔は誰か住んでたのかね?」

「もしくは、大きな災害や戦争に備えた避難場所であったのかもしれない。ここまで規模は大きくないが、そういった場所は他にもあるそうだ」

 ローレンツが、ザックの疑問に答える。直後に、彼はぴたりと立ち止まった。

「どうした?」

 同じく足を止めたザックが、眉を寄せて尋ねる。ローレンツは、前方を指差した。

「あれを見ろ」

 遠くの方から、浮遊する白い球体が近づいて来ていた。大きさは、人間の頭ほどだ。基本は石のような素材でできているようだったが、一部にガラス質の円状の部位があり、瞳を模しているようにも見える。

 十歩ほどの位置まで近づいたところで、相手は動きを止めた。ガラス質の部分は、ザックの方に向けられているようだった。

 不意に、ガラス部がチカッと一瞬光る。ザックが反射的に横に跳ぶと、ガラス部から放たれた光が、つい先ほどまで自分の居た位置を貫いた。

「ちっ」

 ザックは舌打ちした。こいつがこの街に関係する魔道具だとしたら、自分たちが『指示』に従わなかったから襲ってきたのだろうか。だとすると、こちらから攻撃するのはまずいかもしれない。

(俺らが何したって言うんだよ)

 立ち入り禁止の場所に入った記憶も、物を壊した記憶も無い。せめて何か言ってくれればいいのだが、球体は静かに浮かんでいるだけだった。

「おーい、君たち。少し下がりたまえよ」

 不意に、どこからか男の声が聞こえた。音源は目の前の球体では無いようだったが、正確な場所は分からない。

 ザックは球体から目を離さないようにしながら、じりじりと数歩下がった。仲間たちも同じようにしている。

「そうそう、あともう少し」

 その言葉の直後に、球体がくるりと向きを変えた。ガラス部をザックから見て左の方に向けると、別の道の方へとふわふわと飛んで行った。

「誰か知らんが助かった。礼を言う」

「どういたしまして」

 球体が完全に視界から消えたのを確認して、ザックは全身の力を抜いた。周囲を見回したが、謎の声の主がどこにいるのかはまだ分からない。

「あ」

 真上に顔を向けながら、オリビアは声をあげた。彼女の視線を目で追うと、軽薄そうな笑みを浮かべた男が、家の屋根の上から手を振っていた。

 男はそこから飛び降り、すとんと地面に着地する。ほんの腰の高さ程度から降りたかのような、身軽な動きだった。

「冒険者とは珍しいな。役割持ち? それとも入場許可証でも拾ったのかい」

「許可証だ。さっきの丸いやつは何なんだ?」

 指輪を見せながら、ザックは尋ねた。『役割持ち』という言葉が何を指すのか気になったが、後回しにする。

「この街の衛兵みたいなものだよ。君たちが入っちゃいけないとこに入ったから、襲ってきたんだ」

「なに?」

 ザックは後ろを振り返る。同じような街並みが、ずっと広がっているだけだ。さっき襲われた場所と今いる場所とで、何か違いがあるようには見えない。

「立ち入り禁止の場所は、ちゃんとそう書いていると聞いたぞ」

「白兎から? 『書いてる』じゃなくて『書くことになっている』とか言ってなかったかい?」

「ふむ」

 正確には覚えていないが、確かにそう言われたような気がする。

「やろうとはしてると思うよお。そういう役割のやつもいるから。でも入っちゃいけない場所はころころ変わるから、全然追いついてないんだよ。書いてても間違ってるところも多いし」

「なんだよそれ。意味無いじゃねーか」

「白兎のやることはだいたいそうさ。言ってることも適当だから、信用しない方がいいよ」

「そうかい」

 ザックは頬を歪めた。言うことが適当なくせに、『指示』に違反すると即攻撃を受けるわけか。理不尽極まりないが、文句を言ってもどうにもならないだろう。自衛するしかない。

「君はどうやって立ち入り禁止地区を見分けているんだ?」

 ローレンツが口を挟んだ。確かに不思議だな、とザックは思った。場所がころころ変わるなら、地図を作っておくわけにもいかないだろう。

「見分けてなんかいないよ。衛兵が出てきたら立ち入り禁止、それだけさ。やつらが帰るまで、静かに道を戻ればいい」

「危なっかしい対処法だな」

「慣れればどうってことないさ」

 自身ありげに男は言う。ザックは別の質問を投げかけた。

「さっき言ってた役割持ちってのは?」

「この街に入れるのは、君たちみたいな許可証持ちか、僕みたいに白兎に役割を与えられたやつのどちらかなんだよ。まあ住み込みの雇われ職人みたいなものかな。僕の役割は建築家さ」

「建築家って、家を建ててるってことか」

「そうそう。もう土地は空いてないから、既にある家をいじったり、壊して建て直す感じかな」

「そんなことしてどうするんだ。誰か住む予定でもあんのか?」

 職人たちが住んではいるのだろうが、ここまで誰にも会わなかったのだし、数は少ないだろう。ザックたちが見た限りでも新品同然の家はいくつもあったし、建て直す必要性は感じられない。

「知らないよお、そんなの。白兎に依頼されてやってるだけだ。僕が作った家だって、誰が住むわけでもないし、しばらく経ったら取り壊されてたりするよ。白兎の趣味なんじゃないの?」

「使いもしないものを作ってんのかよ」

「報酬さえ貰えれば仕事はするさ。それが職人ってものだろ?」

 男は自慢げに胸をそらせた。職人共通の態度なのかは分からないが、少なくともザックには理解できそうになかった。すぐに壊されることが分かっているものを延々作らされるなんて、絶対嫌だ。

 そうそう、と男は付け加えた。

「報酬は珍しい食べ物とかが多いけど、魔道具を貰うこともあるんだ。多分どこかに大量に溜め込んでるんじゃないかな」

「ほう」

 その言葉に、ザックは興味を引かれた。男はにやりと笑って、地面を指差す。

「ここの一階層下は、僕たちでも特別な時以外入れないんだよ。だから下のどこかにあると思ってる。当然全域立ち入り禁止だから、無理やり侵入するのはあまりお勧めしないけどねえ。あ、入り口は街の真ん中の大きな建物の中にあるよ」

 お勧めしないと言うわりに、詳しい場所まで教えてくれた。まるで、侵入して一騒動起こすのを期待しているかのようだ。

「おっと、あんまりサボってると怒られちゃう。街の入り口から左にずっと行ったところに、人がたくさん住んでる地域があるよ。情報を集めたいなら、行ってみるといいよお」

 男は身を屈めると、思い切りジャンプした。一気に上昇し、屋根の高さのさらに上まで到達する。そのまま家を飛び越して行って、見えなくなった。

 ザックはそれを目を丸くして見送ったあと、ローレンツの方に目をやった。

「魔道具か?」

「跳躍の魔法と似た効果を発揮する魔道具だろう。安く見積もっても、金貨数百枚はくだらないな」

「そりゃやる気が出るな」

 仕事の報酬として、白兎から貰ったものだろう。だとするとこの街には、そのレベルの魔道具がたくさんあるに違いない。

「下に行くんですか?」

「それは最後だな。白兎や衛兵に敵対するのはなるべく後にした方がいい」

 不安そうに言うオリビアに、ザックは首を振った。

「まずはあいつが言ってた、人が住んでる所とやらに行ってみようぜ」

 三人は街の入り口に戻って、男が言ったとおり左方向へと進んだ。その道は大通りよりは少し狭く、両側には同じく延々と家が並んでいる。だがしばらく行ったところで、急に様子が変わった。

「スラム?」

 オリビアが首を傾げた。ある一線を境に、家の状態が著しく悪くなっていた。どの家も扉や窓が壊れ外壁はぼろぼろで、廃屋寸前だった。完全に崩壊して、瓦礫になっているものもある。

(スラムというより、放棄された街ってところだな)

 ザックは歩きながら、周りを見回した。以前に同じような光景を見たことがある。昔は交通の要所だったその街は、今では街道から逸れてしまっていて、住民がほとんど居なくなってしまっていたのだった。

「お?」

 比較的劣化の少ない家の中から、一人の壮年の男が現れた。男は厳しい表情で、冒険者たちを見据えていた。

「この先にあるのは、我々が住む集落だけだ。我々は、外の人間との交流を望まない。申し訳ないが、引き返していただきたい」

 いきなりの宣言に、ザックは面食らった。男が話す言葉自体は丁寧だったが、口調は刺々しく、強い拒絶の意思が感じられた。

「話を聞きたいだけなんだが」

「何も話すつもりは無い」

 男はきっぱりと言った。こりゃだめだな、とザックは頬を歪め、仲間たちの方に視線を送った。

「だとさ。どうする?」

「向こうに話す気が無いなら仕方ないだろう。引き返すべきだ」

 ローレンツの意見に、オリビアもこくこくと頷いていた。

「分かったよ。邪魔したな」

 片手を軽く上げて、ザックはもと来た道を引き返す。男は冒険者たちが視界から消えるのを、じっと監視しているようだった。

(『建築家』のやつ、こうなるのを分かってて教えたのか?)

 情報を集めるなんてできそうにない。集落があって、外部の人間を拒絶しているということは分かったが……。

「ザック、さっきの男は指輪を嵌めていたか?」

「入場許可証のことか。嵌めてなかったと思うがな」

 ローレンツの質問に、ザックは男の姿を思い出しながら答えた。さっきは指輪の事を意識していなかったから曖昧だが、確か手には何も着けていなかった。

「なら、彼は役割持ちの一人ということか。集落というのは、職人が集まって住んでいる場所のことなのか?」

「んー、そうなるのかね。雇われ職人って雰囲気でも無かったがな」

 どちらかと言うと、辺境にある閉鎖的な村の住民というイメージだった。もしくはそれこそ、スラム街に住む貧民か。

「私がお教えしましょうか?」 

 不意にどこからか声をかけられて、ザックは周囲を見回す。建築家を名乗る男の事を思い出して屋根の上を見てしまったが、誰もいなかった。

「こっちです」

 視界の端に動くものを見つけて、視線を向ける。崩れかけた家の窓から、若い男が手を振っていた。

「あんたは?」

「集落の元住民で、イルと申します。訳あって今は離れた場所に住んでいますが、内情は知っているのでお話しできますよ。この街のことも、少しなら説明できます」

「分かった、助かる」

 イルに誘われて、ザックたちは家に入った。外観はぼろぼろだったが、中は意外とまともだった。家具や食器も綺麗なものが揃っている。

 仲間とともにテーブルの周りに座りながら、ザックは尋ねた。

「あんたら、どうしてこんなぼろい家に住んでるんだ? もっと綺麗なやつがいくらでもあるだろ」

「この辺りは白兎が干渉してこないのです。新しい家がたくさんある地域は、いつ家が取り壊されたり、立ち入り禁止地区に指定されるか分かりませんからね。安心して眠ることもできないんですよ」

「ふむ。あんたらは白兎に認められてここに住んでるわけじゃないのか」

「そうですね……。まず、集落に住んでいるのは、役割持ちでも許可証持ちでもありません。そして街に自由に出入りできるのは、そのどちらかだけです」

「なら、不法侵入してるってことか?」

 ザックは眉を寄せた。それならすぐに『衛兵』に襲われそうな気がするが……。

「いいえ。実はこのルールには抜け穴があって、街の中で生まれた者が追い出されたりはしないのです。一度でも街から出ると、二度と入れませんけどね。つまり私たちは、全員この街の生まれというわけです」

 イルは柔和な笑みを浮かべる。ザックは少し考えてから、別の質問をした。

「食料とかはどうしてるんだ。街の中だけで自給自足は無理だろ? 役割持ちのやつらは、白兎から貰ってるのかもしれんが」

「街の中に居る人間なら誰でも、申請すれば水や食料は支給されますよ。あなたがたも、貰う権利があります」

「初めて聞いたな」

 ザックは片眉を上げた。イルは苦笑しながら説明を続ける。

「白兎はいちいち全部説明したりしませんからね。ただし申請はかなり面倒ですし、時間もかかりますよ。集落でも、食料の申請を仕事にしている人がいるぐらいです」

「ふーむ」

 許可証を持っているだけで生活が保障されるなら相当価値があると思ったが、そう上手くはいかないようだ。

「逆に言えば、申請さえきちんとやれば集落の生活は安定しています。ですから集落の人間の多くは変化を嫌いますし、排他的です。何かのはずみで、白兎や衛兵にちょっかいを出されたくないですから」

「あんたは違うのか」

「私も基本的には同じですよ。ただ、自分たちが住む場所についてもっと知るべきだと思っています。この街が何のために存在するのかすら、誰も知りません」

「そんなの、あの兎に聞きゃ分かるんじゃないのか?」

「もちろん、彼……便宜的に男性だとして扱いますが、彼は知っているでしょう。ですが、聞いても教えてはくれませんでした」

「…確かに答えてくれそうにねーな」

 指示に従ってさえいれば危害を加えては来なさそうだったが、友好的な雰囲気でもない。仕事だから仕方なくやっているといった風に見える。

「今まで集めた情報から考えると、白兎の暇つぶしというのが最も可能性が高そうですが……」

「暇つぶしねえ」

 建築家の男も、同じようなことを言っていた。暇つぶしにしては、とんでもない規模だ。

 家を建てるための資材は、外のどこかから仕入れているのだろう。集落の住民に支給する食料も買っているんだとすると、かなりの資金が必要なはずだ。やはり相当魔道具を溜め込んでいて、少しずつ売っているのだろうか。

「そうだ、あんたはこの街の『下』のことを知ってるか?」

 建築家が言っていたことを真に受けるなら、魔道具は下の階層にあるはずだ。なんとかして、いただいて帰りたい

「ええ、知っていますよ。こっそり行ってみたこともあります」

「ほう、どうやって? 『衛兵』には襲われなかったのか」

「教える代わりに、あなたたちに依頼したいことがあります」

「ふむ」

「ちょっと待っていてください」

 イルは家の奥に引っ込むと、がさごそと何かを漁っていた。しばらくして帰ってきた彼の手には、見覚えのある球体が抱えられていた。ザックは少し驚く。

「『衛兵』か」

「ええ、もう動いてはいませんが……これを外に持ち出して、どこかに解析を依頼して欲しいのです。特にこいつに与えられた役割の一覧や、街の地理と機能に関して。この街のことを知るために、ヒントになりそうなのがこれぐらいしかないもので」

「経費は出してくれるんだろうな」

「これをお渡しします。売ればそれなりの金額になるでしょう。余った分は報酬の一部として持っていってもらって構いません」

 イルがテーブルに置いたのは、拳大の透明な魔石だった。不純物が全く含まれていないようで、透明度が非常に高い。角度によっては、何も置いてないように見えるほどだ。

「これはすごいな。お釣りの方が多くなるぞ」

 魔石を見て、ローレンツが目を丸くしていた。

「前金だと思ってください。解析結果を持ってきていただけたら、下への侵入方法をお教えします」

「ふむ」

 ザックはしばし考え込む。お使いのような依頼だし、手間も危険も無いだろう。ローレンツの方を見ると、彼は小さく頷いた。

「分かった。その依頼受けよう」

「ありがとうございます」

 イルから球体を受け取る。魔石の方は、ローレンツが手にとって眺めていた。

(収入無しは回避できたな)

 魔石を丁寧に布でくるんでいるローレンツを見ながら、ザックはほっと息をついた。できれば報酬という形ではなく、自分たちでお宝を見つけたかったが、まあいいだろう。

 次来たときには、魔道具を山ほど持ち帰ってやる。そう心に決めて、まだ見ぬお宝に思いを馳せた。

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