13.掃討作戦
扉を開けて酒場に入ったザックは、店内の喧騒に顔をしかめた。いつも騒がしい店ではあるが、今日は特に酷い。よく見ると、店の一角に冒険者らしき数人の男が集まり、立ったまま睨みあっていた。
冒険者集団の奥にある席に座っていた別の男が、ジョッキを持った手を大きく振りかぶった。睨みあう集団に向けて、投げつける。だが狙いを外したジョッキは彼らの頭上を通り過ぎて、ザックの方へと飛んできた。
ザックがひょいと避けると、ジョッキは店の壁にぶつかって、ガンッ、と大きな音を立てた。それを合図にしたかのように、男たちが掴み合いの喧嘩を始める。
落ちたジョッキを拾って、ザックは近くのテーブルに置いた。テーブルの側に座っていた戦士風の二人は、喧嘩する男たちに向かって、「やっちまえー!」などと
肩をすくめて、店の奥へと向かう。一番端のテーブル席に、目的の人物を見つけた。近くを歩く店員に飲み物を頼んでから、その男の向かいの席に座る。
「仲裁しなくていいのかよ、グレン。お前の仕事だろ」
「俺を何だと思ってるんだ」
喧嘩している集団を、ザックは目線で示した。グレンと呼ばれた男は、困ったような顔をザックに向ける。
「今殴られたのは誰だ?」
ザックが質問すると、グレンは即座に答えた。
「ケインだな。肩の傷が直ったばかりって言ってたけど、大丈夫なのか」
「殴った方は?」
「バートのやつ、また酒飲んでるのか。毎回嫁さんに怒られてるのに、懲りないな」
「横の二人、顔近づけて凄い顔で睨み合ってるぜ」
「クリフとアンソニーはじゃれてるだけだよ。いつもの事だ」
すらすらと淀みなく説明するグレンに、ザックは感心した。こいつなら、今この店に居るほとんどの冒険者を知ってるんじゃないだろうか。それぐらい、この男の交友関係は広い。
「よくそこまで把握してるな。やっぱりお前が仲裁に行くべきじゃねえか?」
「いちいち首を突っ込んでちゃ、身が持たないよ」
店員が持ってきたエール入りのジョッキを、ザックは受け取る。グレンの方へと差し出すように掲げると、相手もジョッキを軽く合わせてきた。
ザックがジョッキに口を付けた時、ガシャン、と大きな音が店内に響いた。音のした方に目を向けると、誰かに投げ飛ばされたのか、ケインがテーブルの上に叩きつけられていた。食器やら何やらが、床にばら撒かれている。
バートがケインの肩を押さえつけ、拳を振り上げた。さすがにまずいと思ったらしく、店員が止めに入る。その店員や他の客たちに両腕を掴まれて、バートは店の外に引っ張り出されていった。
頭を振りながら、ケインがテーブルから降りた。友人らしき男性が近づいて、何事か声をかけていた。
「あいつよく起きねーな」
「…何やってるんだよ、ディー」
グレンは立ち上がって、女性客の方へと歩いていった。肩を叩いて、何事か声をかけている。しかし、相手の反応は無い。
直後、小柄な別の女性が、グレンに駆け寄っていった。グレンは彼女と二言、三言話すと、ザックの居る席へと戻ってくる。
「調子悪そうなのか」
「いや、酔って寝てるだけだ」
ザックの質問に、グレンは首を振った。向こうのテーブルの方では、小柄な女性の方がもう一人の肩を揺すって、なんとか起こそうとしているようだった。
「弱いんだから酒は止めとけって言ってるんだけどな。一、二杯でああなるんだ、あいつ」
「そりゃ金がかからなくて羨ましい」
笑いながらエールをあおると、ザックは意味ありげな表情でグレンを見た。
「お前の女か?」
「…違う」
「そうだったらよかったのにって顔してるぜ」
「どういう顔だよそれ……」
グレンは苦笑いした。まだ中身がほとんど残っているジョッキを手に取って、エールを飲み干す。店員に、追加を二つ注文した。
「で、どんな儲け話なんだ?」
ザックがグレンに尋ねる。儲け話があるから乗らないかと言われて、この店まで話を聞きにきたのだった。
「ああ、ザックに頼みたいのは、魔物退治なんだ」
「ふむ」
誰かから依頼があったのか、それとも死体のパーツが高く売れる強力な魔物でも倒しに行くのか。わざわざ儲け話だなんて言ってきたぐらいだから、後者だろうか。
「どの魔物だ?」
「スライムだな」
「スライム?」
ザックは眉を寄せる。スライムと言えば、基礎能力が高い上に不意打ちされることも多く、ベテランの冒険者でもやられることがある厄介な魔物だ。
スライムは粘液上の体を持ち、通常の武器ではほとんど傷を与えられない。倒すには炎系の罠か魔法を使う必要があるため、コストの面でも関わりたくない。さらに、死ぬとその体は液状になってしまい、有用な物は何も残さないのだ。
「スライムなんざ倒してどうするんだよ。ダンジョンの掃除でもしたいのか?」
「まあそうだな。正確に言えば、掃除して、その先にあるお宝を手に入れたいんだ」
グレンはそこまで言った後、ジョッキに口を付けた。中身が空であることに気づいて、眉を寄せる。
「スライムが異常に繁殖している地帯があってね。まず殲滅してからじゃないと、探索もできないんだよ」
「なるほどな。俺らが掃除した後に、他のやつらがお宝を回収するってわけか」
「そういうこと」
グレンが頷く。
店員がやってきて、ジョッキを二つテーブルに置いていった。ザックはそれを手に取りながら、先ほど喧嘩があった辺りを横目で見やる。
ちょうど、机に突っ伏していた女性客が起きて、席を立つところだった。足元がふら付いているようで、連れらしき背の低い女性が肩を貸している。
「送って行ってやらなくていいのかよ」
ザックが面白がるように言った。グレンは呆れたような顔で首を振る。
「連れもいるのに、わざわざ俺が行ったら変だろ」
「そうか? せっかく部屋まで付いていけるチャンスなのによ」
「…部屋まで送っていった事なら何度もある」
「それなのに何も無いのか?」
「悪かったな」
グレンは、エールをぐいっと一気に飲んだ。大きな音を立てて、ジョッキをテーブルに置く。
「で、やってくれるのかくれないのか、どっちなんだ」
「お前話飛ばしすぎだろ」
「…どこまで話したっけ?」
「まず期間と報酬はどーなってんだよ」
「ああ」
エールをもう一口飲むと、グレンは若干据わった目でザックを見た。ザックが来る前にどれだけ飲んでいたのかは分からないが、結構酔っているのかもしれない。
「魔物退治は、一日で終わらせるつもりだ。報酬だが、回収役のパーティが取ってきたお宝を、全員で分けようと思ってる」
「ふむ」
ザックは肩を鳴らしながら、少し考える。
「それなら俺らが回収までやった方がよくねーか?」
魔物退治や探索、
「最初は俺もそうするつもりだったんだが、ちょっと問題があってね」
グレンは嘆息した。
「まず魔物退治は十人以上でやる。それぐらいの人数が必要なんだ。ただそのダンジョンは
「なら回収組が俺らを雇って、報酬を決まった額払うってのはどうだ? その代わり、お宝は回収組だけで分けりゃいい」
「それだともしお宝が何も見つからずに空振りしたら、回収組は大損することになるだろ。収入無しってだけでも痛いのに、そこまでのリスクは取れないよ」
「まーそうか」
ザックは納得して頷いた。全員でリスクを分散するようにした方が、参加者は集めやすいだろう。
「それにザック、金には困ってないんだろ。最近大儲けしたらしいじゃないか」
「なんで知ってんだよ」
グレンの台詞を聞いて、ザックは訝しげな表情になる。確かに、少し前のダンジョン探索ではかなりの収入を得た。だがそんなこと、大っぴらに他人に話したりはしていない。グレンはどこからその話を聞いたんだろうか。
「お前の情報網はどうなってんだ。情報屋としてやってけるんじゃないか?」
「ああ、実は、冒険者を引退したらやってみようと思ってるよ」
「引退ねえ」
年をとるなり結婚して子供を作るなりして、引退する冒険者は確かに居る。だがその数は、決して多いわけではない。その前に命を落とすことが多々あるからだ。だから冒険者の間では、『引退』と言えば死ぬことの隠語として使われるほどだった。
「ザックは引退したらどうするかとか考えてるのか?」
「そんな先のこと、考えてねーよ」
エールをあおりながら、ザックは答えた。まあ、自分は死ぬほうが早いだろうな、とはなんとなく思っている。
(それはともかく、どうすっかね)
この儲け話に乗るかどうか。もちろん詳細を聞かないとなんとも言えないが、まずは報酬の条件に納得できるかどうかだ。
「話を戻すが、お宝の回収にはお前も参加するのか?」
「ああ、俺は魔物退治も回収もどっちもやるつもりだよ。そのぶん分け前は多めにもらうけど」
「そうか」
なら、お宝を誰かがちょろまかすということは無いだろう。それに、こいつなら不満の出ないように上手く分配してくれるはずだ。
(あとは、金になるものが本当に手に入るかどうかだな)
こればかりはどうしようもない。ダンジョン探索なんてそういうものだし、普段のザックなら儲け無しのリスクぐらい許容しただろう。ただし今は、少し事情がある。
(次は手堅い仕事をやろうと思ってたんだがな)
前回も収入ゼロだったので、二連続は避けたいのだ。とは言え手持ちに余裕があるのも事実だし、グレンの話は面白そうだ。
ザックは少しだけ考えた後、結論を出した。
「条件次第だが、その儲け話乗ろう。もう少し詳しく聞かせてくれ」
「そう言ってくれると思ってたよ、助かる」
ほっとした様子で頷くと、グレンは魔物退治の詳細を話しだした。
複雑に交差するダンジョンの通路を、ザックは慎重に進んでいた。壁だか天井だかの、どこにスライムが貼り付いているか分からない。万が一見逃したら大変なことになる。
彼の隣には、手元の資料をちらちらと見ながら歩くローレンツがいた。時折、何事かぶつぶつと呟いている。
真っ直ぐに伸びる道の少し先に、左に入る横道があった。その三叉路の直前で、ローレンツはザックに声をかける。
「ザック、その道を左に入れ。少し歩いたところにスライムの群れが居るはずだ」
「どっちのやつだ?」
ザックは、ローレンツに一瞥をくれた。このダンジョンには、赤いスライムと、透明に近い青いスライムの二種類がいる。
「両方だ。まずは赤い方をこの場所まで引っ張ってきて、その後全力で離れる」
「ここに集めたいって事だな、了解」
左の横道に入ると、その先は長い直線になっていた。かなり先の方に、スライムがひしめき合っている。それを見て、ザックは思わず立ち止まった。
「…多いな、おい」
そこに居るスライムの大きさは、人の頭ぐらいから、馬一頭を飲み込めそうなぐらいまで様々だ。それらが多数集まって、人が四人は並んで歩けるほどの通路を、上から下まで完全に塞いでしまっていた。
「慎重に行こう。あの集団に襲われたらひとたまりもない」
「ああ」
相槌を打って、ザックは群れに近づいていった。途中の通路にスライムが居ないかも、忘れずに確認する。
残り十歩ほどの距離まで行くと、スライムの群れがぶるぶると震えだした。ザックは足を止めて、じっと観察する。
しばらくすると、赤いスライムたちが群れから離れて、冒険者二人にゆっくりと近づいてきた。どろどろのスープのようなその体は、形を変えながら這うように移動してくる。青い方は体を震わせるだけで、今いる場所を動こうとはしていない。
ザックは立ち止まったまま、スライムを引き付けた。全ての赤い個体が付いてきているのを確認してから、もと来た道を戻る。
先ほど通った三叉路に着くと、右に曲がってさらに道を戻っていく。赤いスライムの集団が三叉路まで到達したところで、走って一気に距離を取った。スライムたちはそれ以上付いてこずに、その場でぶるぶると震えていた。
ザックは立ち止まって、ローレンツに尋ねかける。
「これでいいのか? 道塞いじまってるが」
「問題ない。次は向こう側から引っ張るはずだ……む、ちょうど来たな」
三叉路の少し先にある別の横道から、冒険者パーティが顔を出していた。彼らも別のスライムに追いかけられているらしく、ちらちらと後ろを見ている。
先頭を歩いていた戦士風の男が、ザックたちに向かって手を振ってきた。
「こっちは大丈夫だ。他の場所を頼む!」
「分かった」
ローレンツが短く答えた。
ザックたちが連れてきたスライム集団が、戦士風の男に近づきはじめた。タイミングを見計らって、彼らは通路の先へと進んでいく。奥の横道から現れた別のスライム集団が合流して、大集団が彼らに付いていった。
(ほんとに大丈夫なんかね)
あの状態でさらに別のスライムの群れに出くわしたら、逃げ場が無い。もちろんそうならないように、どこに群れがいるのか念入りに調査はしたが……。
「ザック、次はさっきの場所に居た青いスライムを誘導する」
「じゃあまたその道入るのか?」
「いや、今度は反対側から誘導しなくてはならない。他の道を使って回り込む」
「了解」
面倒なことだなと思って、ザックは嘆息する。ローレンツの指示に従い、別の道を進んだ。
グレンから聞いたスライム退治の作戦は、こうだった。まず全員で手分けして、ダンジョンにいる全てのスライムを大部屋に誘導する。その後、複数の魔術師による炎の魔法を集中させて、一気に倒す。
この作戦が上手くはまれば、コストを抑えつつスライムを殲滅することができるはずだった。何しろ、魔法一回ごとに触媒代がかかるのだ。使う回数はなるべく少ない方がいい。
それに、コストだけの問題というわけではない。魔術師が持つ魔力は有限であり、一日に撃てる魔法の数には限りがある。各個撃破していては、何日もかかってしまうだろう。罠を使うにしたって、そんなに大量には持ち込めない。
ただし、誘導には当然危険が伴う。自分から挟み撃ちにあいに行くなんてことになったら、目も当てられない。事前調査と、綿密な計画が必須だ。
「よし、そこを右だ」
ローレンツの言うとおりに道を曲がると、遠くの方に青いスライムの群れが見えてきた。確信は持てないが、恐らくさっきと同じ場所なのだろう。
大きさがまちまちだった赤いスライムと違って、青い方はだいたい人の頭ぐらいで統一されていた。液状に近かった赤と違い、少し潰れた球状に纏まっていて、弾力がありそうだった。
ザックたちが近づいても、青いスライムたちはなかなか寄ってこない。敵に反応する距離も、赤とは異なるようだ。
「気をつけてくれ」
「ああ」
ローレンツの忠告に、ザックは頷く。両手剣を構えて、慎重に距離を詰めた。
「おっと」
突如、集団の中の一匹がザックの方へと跳ねる。ザックは冷静に剣を振って、叩き落した。スライムは真っ二つになって、地面にべたりと貼り付く。そいつはもぞもぞと動いて引っ付くと、再び一つの塊に戻ってしまった。
最初の一匹に続いて、他のスライムも一斉に跳ねてきた。ザックとローレンツは、身を翻して駆け出す。スライムの動きは意外に速く、ぴょんぴょん跳びながら付いてくる。
ローレンツの先導で、二人は通路を進んだ。青いスライムたちは曲がりくねった通路の向こうに見えなくなっているが、跳ねる音はずっと付いてきている。赤いやつらとは違って、一度追いかけだすとなかなか諦めないのだ。
「む」
角を曲がったところで、ローレンツが声をあげる。通路の先に、人間一人分ほどの大きさの赤いスライムが、一匹残っていた。攻撃用魔道具を取り出そうとしたローレンツを、ザックが制止する。
「走り抜けようぜ。俺が対応する」
スライムは、通路の右下角にくっついていた。冒険者二人は、その左側を通り抜けようとする。
真横まで来たところで、スライムが体の一部を触手のように伸ばしてきた。移動する時とは比べ物にならない高速で、通路の真ん中側を走っていたザックに迫る。だがザックは、剣を使って上手くそれを防いだ。
さらに進むと、通路から繋がった非常に大きな部屋に出た。長方形の部屋で、長辺は数十歩分ほどもありそうだ。ザックたちが通った入り口は長辺の片方の端にあり、逆側の端の方には、大量のスライムが集められていた。
「ザック、こっちだ!」
部屋の別の出入り口から、グレンが顔を出していた。ザックとローレンツがそこから出ると、グレンは出入り口に付いた扉を閉めた。
二人を追ってきた青いスライムたちが、扉の向こう側にぶつかる音が聞こえる。だが、扉を破ることはできないようだった。
ザックは小さく息を吐くと、辺りを見回した。そこは広めの通路になっていて、冒険者たちが集まっている。忘れないようにと、ザックはグレンに報告した。
「途中の通路に、赤いやつが一匹残ってたぜ。ここまで引っ張ってくるか?」
「いや、こっちで対処するよ。ディー」
グレンが、壁に背を預けて立っている女性冒険者に声をかけた。この前酒場に行った時に、グレンが起こそうとしていた女性だ。腕を組んで暇そうにしていたその人物は、顔をあげてグレンの方を見た。
「なに?」
「赤いスライムが一匹通路に残ってるらしい。部屋まで誘導してくれないか?」
「いいわよ。どこ?」
ザックが場所を説明すると、ディーと呼ばれた女性は小さく頷いて去っていった。
「よし、ザックたちは最後の見回りに行ってくれ。範囲はここに書いている通りだ」
グレンは、ザックに資料を差し出した。
「スライムが残っていたら連れてきて欲しい。それが終わったら、部屋のスライムを全滅させる予定だ」
「了解」
グレンから受け取った資料を、そのままローレンツに渡す。ふと思いついて、グレンに一つ質問を投げかけた。
「さっきのディーってやつは、お前と固定のパーティ組んでんのか?」
「…いや、あいつはずっと
「へえ、そうかい」
にやにやと笑うザックに、グレンは手で追い払うような仕草をした。
「早く行ってこいよ」
「わかったよ」
ザックは素直に応じると、ローレンツと共に見回りに向かった。
何パーティかで見回りをした結果、残っていたスライムは結局ザックたちが見つけた一匹だけだった。事前調査と、グレンが立てた誘導計画が、優秀だったのだろう。
ザックが大部屋に戻ると、グレンや他の冒険者が、部屋の真ん中でスライムの方をじっと見ていた。部屋の端に集められたスライムはその場に留まっていて、冒険者の方に寄ってくる気配はない。
全員が帰ってきたのを確認して、グレンは魔術師たちに声をかけた。
「始めてくれ」
魔術師たちが、呪文の詠唱を始めた。倒し損ねたスライムに対応するため、ザックも剣を構える。
「紅蓮の炎よっ!」
しばらく経ってから、一番前に出ていた魔術師が、高らかに声をあげた。魔術師の手元から、人間数人をまとめて飲み込めるほどの幅と高さを持つ炎が、勢いよく放射される。ザックがよく見る、火の玉を飛ばす魔法ではない。もっと強力なやつだ。
その魔術師が腕をゆっくりと左右に動かすと、ほとんどのスライムが炎に飲み込まれた。スライムの体が焼ける、異臭がただよってくる。
赤い個体はなすすべも無く焼かれていったが、一部の青いスライムが炎の中から跳び出してきた。他の魔術師も炎の魔法を発動させ、生き残った個体を倒していく。
やがて、動くスライムは一匹もいなくなった。部屋の端では、スライムの死体を燃料にして、弱々しい炎がまだ残っていた。グレンが、炎に近づいていく。
「よし、もう大丈夫だろう。お疲れさま」
グレンの言葉を聞いて、ザックは剣を下ろした。結局、一度も剣を振ることなく終わった。最初の強力な炎の魔法で、ほとんどのスライムは倒してしまったようだ。
その強力な魔法を使っていた魔術師が、ザックの隣にいるローレンツを手招きしていた。ザックは相方に目をやる。
「知り合いか?」
「ああ、そうだ。何か用だろうか」
ローレンツはその魔術師の方へと歩いていった。魔術師はフードを目深に被っていて、どんな人物なのかは分からない。
ザックは、炎のそばに居るグレンの方へと視線を移した。彼の隣にはディーが立っていて、二人で何事か話をしていた。内容までは分からなかったが、ディーは不機嫌そうに顔をしかめている。ザックは肩をすくめた。
しばらくして、知り合いの魔術師と話していたローレンツが、ザックのところに戻ってきた。
「ザック、いい知らせだ。地下都市の進入方法だが、有力な手段が見つかったらしい。街に戻ったらすぐに聞きに行こう」
「ほう」
ザックは片眉をあげた。ローレンツが言っている地下都市とは、以前ダンジョン探索中に見つけたが、入り方が分からなかった場所だ。彼の知り合いのツテを使って、進入方法を調べてもらっていた。
「んじゃ次は再挑戦しに行くかね」
「ああ」
ローレンツは口角を上げて、頷く。
(次もまた収入無しかもしれんな)
ザックは渋面になる。ここのところ、そういうことが続いていた。大きな収入があったからって、油断しているせいかもしれない。今回だって、お宝が見つかるかどうかはまだ未知数なのだ。
(依頼でも受けるかねえ)
たまには冒険者ギルドにでも行ってみるか。依頼を受けるのはあまり好みではないが、失敗しない限りは報酬をもらえるのだ、運任せのダンジョン探索とは違う。
「何か問題があるのか?」
「いいや」
ザックの様子を見て、ローレンツは訝しげな表情をしていた。そんな彼に、首を振ってみせる。部屋の奥に視線を移して、揺らめく炎を眺めた。
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