8 ほな×みず×りお!(アニメ『女神ラブ!』第二話より)

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【勝利の女神】になりたい。

——それが、なみの純粋な願いだった。そこに打算とか、自分がどう思われたいという視点はない。……たとえば内申書に書く為だとか、人にチヤホヤされたいからだとか、そういった軽蔑すべき理由を穂波は一切持っていない。

ただ校内の部活動の助けになりたいという思いのみに突き動かされて、穂波はチアリーディング部を立ち上げた。

本来、部活動の設立には三人以上の部員が必要だが、クラスメイトの名義だけを借りて強引に設立にこぎつけた。

そのクラスメイトは穂波に一目置いていたため名義の提供には快諾したが、実際に活動に加わることはないと曖昧に笑った。

ピュアな心と、凄まじい行動力——穂波の魅力であり、一目置かれる所以であり……また、「活動に加わるのはちょっと……」と敬遠される理由でもあった。長所と短所は表裏一体なのだろう。

みずほは穂波の【表】の部分に深い尊敬の念を抱いていた。だからこそ、彼女に付いていこうと思えたのだ。これも純粋な思いだった。友情を維持する為に打算的に動いたわけじゃない。

穂波が響けば、みずほが共鳴する。二人の間に起こったことは、たったそれだけ。

最初に穂波の考えを聞いた時にはみずほは『仕方なく』頷いたし、みずほに戸惑いがなかったと言えば嘘になるが、どれだけ迷った素振りを見せてもみずほの心は初めから決まっていたのだ。

多少の『振り回されている感』を演じてしまうのは許して欲しい。そんな態度を取ることがみずほにとっての【ごく小さな第一の障壁】なのだ。……逆に言えば、穂波の突拍子もない提案に対しての【第一の障壁】がたったこれだけで済む人は他にいない。

たいていの人は、穂波の野望を「理想主義的だ」と感じるのだ。


「それ、矛盾してるッスよ」

これが、おんの第一声だった。彼女は穂波をまったく信頼していないようだった。

穂波たっての希望で、テニス部のはなぞの莉音という女の子をチアリーディング部に勧誘しようとしたまでは良かったものの、莉音の対応を見て、みずほはすぐに頭を抱えた。

このプランの欠陥に気がついたのだ。

花園莉音は、だいだいざか高校の運動部で唯一の県大会出場者だ。しかも一年生ときたものだから、かなりの有望株だ。

現在は、ももの肉離れのため部活動には参加せずにひとときの帰宅部生活に身を置いているという彼女を、穂波は帰宅中の路上で直撃したのだ。

「……矛盾? 私は、あなたの力が必要だと思っただけなんだ!」

穂波のまっすぐすぎる言葉に、「はぁ〜……」と大仰に溜め息をつく莉音。

莉音は『敵/味方』の区別がはっきりしているのかも知れない。友達以外は全員敵、という具合に……少なくとも彼女は穂波とみずほを『敵』として扱っているのは明らかだった。

「え〜っと、ありあけ先輩でしたっけ……?」

「うん! 有明穂波だよっ♪」

「そう? えへへ、ありがとう!」

それは言葉通りの意味じゃないから、とみずほは忠告しようとしたが、おそらく無意味なのでやめた。

「で、念の為にもう一回確認するッスけど、学校の部活動をより盛り上げるためにチアリーディング部をつくった。だからボクに入部していほしいっていうことッスよね?」

「うん! その通り!」

すると莉音は穂波を睨みつけた。

「だとしたら、ボクのことは一番誘っちゃいけないんじゃないんッスか?」

「へ? どうして?」

穂波は本当に分からないようだったが、みずほには莉音の言わんとすることはわかった。

「だってボクは、この学校の全部活動の中で一番結果を出しているんスよ? どうしてボクがテニスをやめて応援側に回る必要があるんスか」

「…………」

ごもっともだ。正論にもほどがある。そうみずほは感じた。

橙坂高校において、運動部で唯一県大会まで駒を進めたのがこの小柄でボーイッシュな少女——花園莉音に他ならない。常識的に考えて彼女を引き抜くべきじゃない。

「あまり自分でこういうこと言うモンじゃないのは分かるッスけど、これって学校にとっても損失だと思うんスよね」

たしかに自分で言うことではない。しかし事実だろう。万が一引き抜きに成功したとしても、テニス部には恨まれそうだ。『一年生にして県大会出場者』という明らかな有望な芽をひとつ摘むのだから。

「う〜ん、そうかなあ。名案だと思ったんだけど……」

穂波は納得していないようだった。莉音を引き抜くことが様々な軋轢を生むことは彼女も理解しているはずだが、それ以上の感情が存在するのだろう。

「……そもそも、どうしてボクなんスか」

莉音は訊ねた。みずほとっては、その質問が意外に感じられた。突っぱねるような態度の中に、部分的に軟化した箇所を発見したような気がした。

「理由を知りたいの?」

みずほが訊ねると、莉音はキッとみずほをを睨んだ。

そして一瞬、唇を噛んだ。

——感情をひとつ殺したように見えた。

「……いえ、別に。ただ、ボクが必要とされるなんて珍しいと思っただけッス」

「変ね。まるでテニス部で必要とされてないみたいな言い方」

「ずいぶん、はっきり言うんスね。大人しそうに見えて……がわ先輩、でしたっけ?」

「小見川みずほよ。そうね、私は穂波ほど純真な人間じゃないの」

みずほが笑うと、その通りっスねと莉音は笑う。みずほの性格のことかと思ったが、部活のことだった。

「ボクはテニスが大好きッス」

「うん。だからテニス部なんだもんね!」

穂波の意見はやっぱり一途に過ぎる。部活なんて、テキトーに選んで嫌々やってる人間もいっぱいいいる。

「入部して、夏の大会までガムシャラに練習して、どんどんうまくなっていくこととか、試合で勝てることが楽しくて楽しくて、最高だったんス」

勝利の美酒にあてられたような顔でうっとりと語る莉音。しかし、表情はすぐに曇った。

「でも……。こうして足をケガして。まあ今は足のケガはほぼ完治してるんスけど、こうやってのんびりと通院をしたり、時々テニス部の練習を見学したりっていう生活を送っていて——ボク、気づいちゃったんスよね」

「気づいた?」

「ボクがいない方が、みんな楽しそうにテニスやってるんス。ボクだけが勝つ為にテニスをしていて、みんなは楽しむ為にやっていたんス。……ボクは、邪魔だった」

自虐的なトーンで、莉音はそう言った。それは彼女にはあまりにも似合わなかった。

そんなことない、と言えたらどれだけいいだろうか。でもまやかしの気休めを彼女は求めているはずもない。

「ボクが練習のしすぎで肉離れをした時、部のみんなはなんて言ったと思いますか?」

クククッと莉音は嘲笑した。それもまた、利発そうな彼女には哀しくなるほど似合わない。

「部の先輩には『そんなに頑張らないで』と指図されたッス。同級生からは『ねえ、ケガするほど練習したら楽しくないじゃん』と同情されたッス」

「そんなことを……」

みずほは絶句した。

「それでボク、冷めちゃったんスよね。ボクは勝つことが楽しくて、だからケガするリスクがあってもハードに練習をするのに、みんなはそんなことしても楽しくないって言うんスからね」

「…………」

「だから、もしかしたらボクはもうすぐテニス部をやめるのかも知れないッス」

「じゃあ——」と穂波は目を輝かせたが、みずほはそれを手で制した。

「違う、たぶん——そうじゃない」

「……違う?」

「そうッス」

莉音は頷く。

「小見川先輩の言う通りッス。有明先輩、あなたはボクがテニス部で挫折することを喜ぶんですか? そうすればボクがチアリーディング部に入るかも知れないから?」

「そ、それは……違う……!」

穂波は首を振った。自分の過ちに気づいたようだ。

「でも、ボクがテニス部を続ける限りはそちらに入ることはないッスよ。なのにボクが退部するのを願ってはいないなんて、矛盾してるッス」

その通りだった。穂波は下級生に完膚なきまでに論破されていた。

莉音を強く欲することは、すなわち彼女がテニス部から離れるように願うことを意味する。だが一方で、莉音がテニスの道を諦めることや、テニス部と莉音の間に遺恨を残すようなことは、まったく穂波の本意ではない。

穂波は完全にジレンマに陥ってしまった。それに気づけなかった私も同罪だとみずほは自責の念を抱いた。

しかし、それ以上に興味が芽吹き始めていた。

——こんな状況を穂波はどのように打破するのだろう、と。

奇妙な好奇心だった。まるで穂波を試しているようで褒められた考えではないのは自覚している。でも、つい願ってしまうのだ。

——私では解決できない問題を、穂波はどのように解決してくれるのだろうか。

「なぜボクを選んだんスか?」

これだけ訊いたら帰ろうというオーラをそれとなく発しながら、莉音が問う。

「それはね、この写真を見たから」

そう言って、穂波はスクールバッグから一冊の薄い冊子を取り出した。

「それは……」

莉音はそれを知っていた。少し前に校内で配布された広報誌で、内容は各部活動の活動記録だ。

穂波はページをめくり、その中の一枚の写真を指差した。……それは、莉音が県大会出場を決めた際に撮られた写真だった。

「そう。莉音ちゃんの写真だよ」

白いテニスウェアに身を包み、充実感に満ち満ちた笑顔でラケットを持って立っている。少し日に焼けた肌が健康的な印象で、自信が全身から溢れているかのようだ。

「これを見た瞬間に、決めたんだ」

「何をッスか」

「もちろん、莉音ちゃんをチアリーディング部に引き込もうってね!」

「……この写真で?」

「そう。だって、見てて元気が出たんだもん。あ、この笑顔で応援されたら私も頑張っちゃうなーって!」

ウキウキが止まらない! とばかりに穂波は熱く語った。

「弾む笑顔ってこういうことなんだねっ。ホント、素敵な笑顔! 私ね、こういう笑顔がもっといっぱい増えたらいいなって思うの。だから、莉音ちゃんの声援が必要だって思ったんだぁ」

「そ、そう……ッスか……」

見るからに恥ずかしそうに莉音は顔を伏せた。その気持ちはみずほにも痛いほどわかった。

穂波は自覚していないが、これは完全に褒め殺しだ。自覚していない、というところが重要なのだろう。おだてようと思って褒めても、莉音は賢そうだから気づくはずだ。

「私も同じ気持ちよ。たしかに矛盾はしてる。でも絶対にあなたの力が必要だと思ってる」

みずほはそう付け加えた。嘘だけはつけないので、こういう言い方になった。ただこれがみずほの紛れもない本心だった。

「……言いたいことはよく分かりました」

莉音は腕を組んで、難しい顔で言う。

「正直に言えば、ボクはとても揺れてるッス。あなたたちと青春を過ごすのも面白そうだなって。これは本音ッス」

「じゃあ——」と、穂波が言いかけるのを、今度は莉音が手で制した。

「……でも、ボクにも筋ってものがあるッス。有明先輩に説得されて、ほだされて転部しました——じゃあ、示しがつかないんスよ。色々と」

「それもそうよね。でも、じゃあどうするの?」

「…………」

しばらくの沈黙。莉音が筋を通す方法……? みずほにはまったく思い浮かばなかった。

すると、莉音がポンと手を叩いた。妙案を思いついた時にする仕草。

その案は——

「ボクとテニスで勝負してください。ボクが3セット取るまでに1セットでも取れれば、ボクはすっぱり転部すると約束するッス」

「あなたとテニスで? そんなこと……」

無茶だ。県大会に出場するような実力者に、穂波が太刀打ちできるはずがない。

「わかった。やろう」

穂波は頷いた。即決だった。

「ちょっと穂波、無茶よ!」

いくらなんでも先走り過ぎよ。みずほは穂波の肩に手をかける。

「大丈夫」

そう短く言って、穂波は肩に置かれた手を握った。

大丈夫って何が……、と文句を言う前に、穂波は莉音に向けて声高らかに宣言した。

「テニス対決、受けて立つわ。……ただし、莉音ちゃんの相手は——みずほちゃんよ!」

「はああっっっっっっっっっっ!?」

こんな声、出るんだ……みずほは自分で驚いた。

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