SLIVER BLITZ

笹塚諒華

001:クズと罵倒する少女

 あの子は僕を「」と罵倒する。


 「戦いなさい」と彼女は無理強いをする。なぜなのか。なんの理由があってのことなのか。一切が謎に包まれたまま僕はそこに佇んだ。


 暗闇のなかで襲い掛かる非現実的な閃光の数々。僕は命という選択肢のカードを抱えて闇を走った。




 こうなった理由。それは言葉では決して表しきれないような、例え言葉で表せてもそこまで簡潔に説明できるものではない。


平常な生活を送って来た僕にとって、この事態は理解し難いものとなっていた。


何度も「なぜ人々は僕を襲うのだろう」と自問するも、自答する術がない。


「はぁ、はぁ……くっ!」


 全速力で疾走する途中で振り返る。追手は……ない。


 薄暗い密林を走るのは辛い。時間的にも夕方を過ぎてしまったため、日光が山で隠れてしまって光源を失ってしまった。


 唯一の光源である月の光も、あの薄暗い分厚い雲に覆われてしまっては7割も役に立たない。仕方なく闇に紛れ、姿を眩ませようとしたが、相手の術の前では天候による闇も意味を持たない。


 状況をはっきりと述べるならば最悪だった。仲間による救援はあまり望めない。「この事態を自分で解決せよ」と戦場に無理矢理送りこんだのだから。


 すると背後に気配がした。即座ににその場で横に飛ぶ。次の瞬間、今まで僕がいた場所をなにかが物凄い速度で通り過ぎる。


 熱い塊だった。火の玉だ。本当に燃えている。それが襲い掛かって来る。大きさはサッカーボールくらいだが、威力は計り知れないものだった。


 その火球が掠った木の葉に火が移り、その場をボォと照らす。


「くそっ」


 素早く脚を振るう。濡れた土を少しだけ巻き上げる。――クリーンヒット。他の葉に燃え移る前に火を消した。


「最悪だよまったく。――月波さんめ。話が違うよ」


 文句を呟くが、すぐに黙る。


 すぐそばでガサガサと草の揺れる音がしたからだ。相手が接近している証拠だ。


 先程の火球もこの相手が撃って来たのだ。なので警戒しなければならない。横に跳んだついでに太い木の裏に跳び込んで隠れた。少し顔を出して探ると、相手の姿が見えた。


 灰色のパーカーの、フードを目深に被った長身の少年だった。


 そう。この少年は魔法使いなんだ……!




 現実世界を生きる僕にとって、魔法という非現実的な存在は、まったくもっての幻想でしかない。


 語れば馬鹿にされ、信じられない顔をされる。


 そんなものだと割り切っていた。


 だが今、僕の目の前にある現実では、まるで金銭の交換のように魔法の応酬がされている。いきなりそんな場所にポイと放りだされた。


 最初はかなり混乱した。――いや、違う。今もだった。なぜこんな場所に放りだされなくてはならないのだろうかと。そして隣に立つ少女は言った。


「生き残りたければ、戦いなさい」


 彼女は小柄で、華奢で、綺麗だった。見知った少女だった。


 同じ高校、同じクラスの月波つきなみ綾乃あやの。あまりクラスの同級生と交流をしたがらない不思議な少女だったが、不思議と孤立はしなかった。


 黒い髪はセミロングに。緑色のカチューシャをしている。前髪は左側だけ長めに固定していて、目を薄く隠していた。


 勿論僕ともあまり交流はない。話した事無い。なのになぜかその少女、綾乃にこの世界に連れて来られ「戦いなさい」と命令された。


 唖然して彼女を見ていると、綾乃は左腕の腕輪を確認し、次に上着のポケットから何かを取り出した。5枚のカードだった。


 腕輪は西洋の装飾を思わせる模様が刻まれていた。銀色の腕輪を迷いなく左手に填めると、綾乃は5枚のカードを1枚ずつ手に取り吟味し、これも迷いなく1枚ずつ引き裂いた。


 驚いてその作業を観察していると、手早くすべてのカードを破き終わってやっと思い出したかのように目の前にいる僕に気付いてくれた。


 まるで汚いものを見つけたかのような表情で睨み、嘆息するとポケットから彼女が装着しているのと同じ銀色の腕輪を取り出して、投げて寄越した。


「それを左腕に装着しなさい。………あとこれ。今見た通り、1枚を縦と横に1回ずつ破いて、細かくなったカードを重ねて腕輪の穴に翳して。それがあんたの武器になるから」


「は? 武器ってなんのことなの」


「一々説明しないとわからないの? 面倒くさいわね。なんで小泉こいずみは今日に限って休みなのかしら。不愉快極まりないわね。――ああ、カードね。………あんたに最悪な通告があるわ。持ち合わせのカードがこれしかないの。でも初めからイメージできない魔法は辛いでしょうし。初心者向けだからある意味最適か」


「魔法だって?」


 再び唖然としている僕に、彼女は1枚のカードを投げようと手を上げ――しかし渡せないと判断したのか、歩いて頭上からカードを落とした。


 座っているので、彼女の顔が頭上にある。膝辺りに落ちたカードを拾い上げた。それはまるでカードゲームにあるような絵の、カードだった。文字を読み取る。


「アーツ?」


「そう。あたしたちは普段使わないから、残っちゃうのよね。接近戦だなんて、そんなことしないもの。魔法使いにはね」


「魔法使い?」


「シルバーブリッツ。あたしたちの総称よ。魔法使いなんて古いしかび臭いからあたしたちはそう呼んでる。で、そのアーツも魔法だけど接近戦用の魔法よ。使ってみれば解るから。――とりあえず1時間だけ生き残って。そうすればあたしたちがどうにかするから」


「え、ちょ………」


 慌てて引きとめようと手を伸ばした時。その表情が激しく豹変した。


 そして一言、こう言ったのだ。


「生き残りたければ戦いなさいって言ってんのよ。――この!」


 そう言い残すと、綾乃はその場を去ってしまった。


 最後まで不思議な少女だった。いや、不思議というよりも暴言を吐いた方が気になるが。


 そして事は起こる。


 唖然としてから2分が経過した頃だろう。まだアーツと呼ばれたカードを見つめていると、人間の気配がした。それが殺気だとすぐ気付いた。強い殺気だったので、誰でもわかる。


「あの人に事情を話せば、解ってもらえるかな?」


 殺気立っている人間にどこまで話が通じるかと思った。多分無理だろうな、と思う。あれだけ殺気をむき出しにしている人はまともに話をする感情を忘れている可能性が高い。


「あのぉ……僕の話を聞いてもらえますか?」


「フー、フー!」


「日本語、通じますか?」


「フー、ゴー」


「駄目だこりゃ――は?」


 声を上げた。当然だった。殺気立っている相手の左手が光ったと思ったら、次の瞬間に背後で爆発が起きたのだ。


 訳がわからなかった。それだけの動作で大規模な爆発がおこるのだろうか。


 もしかしらドッキリ企画で、これも仕組まれた爆薬の爆発にるもので、相手の腕が服のどこかに取り付けてあったライトを光らせただけなのではないか。


 さらに混乱する頭をかかえる。ドッキリにしてはまだ背後で燃え盛る炎は消えない。『ドッキリ大成功』と誰かがプラカードを持って来てネタばらしをしないのか。


 もしかしたら、これがさっき彼女が言っていた魔法なのか。


 だとしたら自分の身が危ない。戦えと命じたのだ。つまり戦場に放り込まれたのだ。理由もなく。


 こうして僕――緋之ひのひじりの戦いが幕を開けたのだ。




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