第1章 異世界の車窓から

異世界の車窓から (1)

 目を開いたら、そこは一面の荒野だった。


「……どういうことだよ」


 思わずボヤキが口をついて出るが。

 勿論、こんな訳の分からない光景に直面しているのには理由がある。

 ついでに、俺の腹部が、しくしくと痛んでいるのにも、明確な理由が存在する。



      ◆      ◆      ◆         



 ついさっき、魔王の城で、勇者に聖剣を配達した後のこと。

 いつものように軽トラックに乗り込み、次の配達先へと向かう、その途上にて。


「さーて、と……」


 俺、苅家ヒビキは、勇者から手に入れたブツが入った懐を確かめると、足をダッシュボードの上に投げ出し、両手を頭の後ろに回して昼寝の体勢に入る。

 無事に一仕事終えたのだ。次は休憩のお時間である。


「はぁ……」


 と、運転席でハンドルを握っている後輩、絹和コハネが盛大に溜め息を吐いた。

 あからさまに俺に向けられた溜め息。

 先輩を敬わないことこの上ない態度である。


「何だ、何か文句でもあるってのか?」

「むしろ、無いと思われていることに驚きですよ。まだ一軒目の配達が終わったばかりじゃないですか。もうサボりですか?」

「お前は若いから分からんだろうが、年寄りの俺は体力の限界が早いんだよ。だから寝る。次の配達先に着いたら起こしてくれ」

「いや、先輩って確か、私と一つか二つしか違わない筈ですよね? というか、そんな態度だと、お給料を減らされますよ?」

「誰も見てないから大丈夫だろ、別に」

「やー私がチクりますし」

「止めろ!? 止めて下さい!!」

「だったら、いい加減真面目に働いて下さい。私達、多元世界干渉通販会社『Otherwhere Zone』、通称『OZ』の配達員の業務、何処かの世界で困っている誰かの元へ、その人を救うチートアイテムを配達するという仕事を」

「何を言ってる。ちゃんと働いてるじゃないか」

「助手席で寝ていることを、働いていると言い張るんだったら、そうかも知れませんね」


 辛辣な言葉を浴びせ掛けられるが、正論なのが始末に負えない。

 ただでさえ、目の前の後輩のせいで給料が半分に減らされているのだ。

 これ以上減らされたら、いよいよ生活が苦しくなるという程度ではすまない。

 異世界やら次元の狭間やらを軽トラックで駆けるなんていう、ファンタジーだSFだか分からない仕事をしている癖に、三食パンの耳生活なんて、冗談じゃない。


「おい後輩」

「何ですか先輩」

「お前には血も涙もないのか。日々の激務で疲れている先輩をゆっくり休ませてやろうという、素晴らしい後輩心は、お前にはないのか」

「素晴らしい先輩が相手だったら、そんな後輩心も浮かぶかも知れませんけどね、あいにく、そんな先輩には会ったことないですから。私の知っている先輩は、それはもう、始業から就業までだらけているだけですし」

「ほう、そんなダメな社員がうちの会社にいるというのか」

「……会社というか、目の前にいますけどね」


 ジト目で見つめて来るコハネの瞳には、『お前がダメなんだよ先輩』という態度が滲んでいる。

 コハネは、はあ、と再び溜め息を吐いて見つめてくる。


「で、先輩。さっきは勇者さんから何を受け取っていたんですか?」

「ベツニ ナニモ ウケトッテナイゾ?」

「嘘ですね。見ていましたから」

「何だ、覗きか? 感心しないな」


 はあ、とコハネは三度目の溜め息を吐く。


「配達先の人の持ち物をくすねるの、絶対に止めた方が良いと思いますよ? いつか絶対酷い目に遭いますからね」

「くすねた訳じゃない。平和的に交渉をして、ちょっと借りてきただけだ」

「どうせ、売り払ってお金にするつもりなんですよね? お金なんか、そんなに貯めて、どうするつもりなんですか?」

「いや、何を言っているんだお前、金は大事だぞ、金は!」

「はぁ、そうなんですか?」

「金さえあれば何でも出来る! 世界を裏から牛耳ることだって出来るしかも知れないし、どんな難病でも治せる薬も手に入れることが出来るかも知れない!」

「そんな簡単には出来ないと思いますけど……」

「そう、金さえ有れば大抵のことはどうにかなる。権力も命も、金さえあれば自由自在なのだ!!!」


「まあ、そんな世迷い言は置いておくとしまして……」

「世迷い言じゃあない。この世界の真理だ!」

「私達の仕事は、あくまでチートアイテムを届けるだけです。それなのに、配達人が勝手に届け先から金品を巻き上げるだなんて、何を考えているんですか先輩。殴りますよ」

「殴らないで下さいお願いします」

「ほら、出して下さい。会社に提出しますから」

「そんなことしたらお前、俺は泣いて抵抗するぞ!? 良いのか? 大の大人がみっともなく喚き散らす様子を見せつけるぞ!?」

「見たくないなぁ……」


 コハネは、うんざりした、というような顔を浮かべる。


「はあ、配属される前は、真面目で優秀な先輩だと思っていたのに、どうしてこんなことになっちゃったんでしょうかねー」

「真面目で優秀? 何だよそれ、誰から聞いたんだ?」

「苅家ヒビキと言えば『OZ』の中でもトップクラスの配達員だっていう噂で、その仕事っぷりを間近で見られると思っていたのに……いざ会ってみたらコレですし」

「コレとは何だ、コレとは」

「はぁ……」


 溜め息を吐いたまま、そっぽを向いてしまうコハネ。

 最早、こちらを見ようともしない。


「…………」

「…………」


 何だか、車内の空気が重くなってしまった気がする。

 流石に、この空気の中で眠るのは気が引ける。どうにか空気を変えなければ。

 仕事のパートナーとして、毎日顔を突き合わせるコハネとは、出来る限り、友好な関係を築かなくてはならない。

 間違っても喧嘩は避けたい。

 以前、勝手にコハネのプリンを食べてしまった時のことは、思い出したくもない。頭の形が変わるかと思った。実際にちょっと変わった。

 喧嘩だけは、絶対にしたらいけない。


「おいコハネ、喉が渇かないか? 何か飲み物でも飲むか?」

「……何ですか急に。何か変なものでも食べたんですか?」

「別に、何も食べていないさ。ほら、折角こうして先輩が飲み物を用意したんだから、大人しく受け取れって。『豚汁ミルク』に『麦茶コーラ』、あと『飲むとろけるチーズ』、どれがいい?」

「どうしてそんなキワモノばっかり」

「オススメは豚汁ミルクだ。騙されたと思って飲んでみろ。新しい世界が開けるぞ?」

「……じゃあ、豚汁ミルクを貰います」


 そう言って、ハンドルから手を放し、俺の手から缶を開けるコハネ。

 ちなみに、俺達が乗っている軽トラックは、自動運転機能にABSも付いているのでちょっとぐらいならハンドルを離しても安心だ。

 コハネは、缶のプルトップを開けると、恐る恐るといった様子で口にする。


「……ッ!?」

「どうだ?」

「……結構イケますね。豚汁ミルク」

「な、騙されたと思って飲んでみて正解だったろ」

「確かに美味しいです。ドロリとした食感とミルクの爽やかさが、良い感じにマッチしていますね。今度、私も買ってみようかな」


 良かった、どうにか機嫌は持ち直したらしい。

 やはり、こういう事態においては、相手の胃袋を掴むのが一番である。

 単純なコハネのことだ、俺が勇者から巻き上げたブツに関しても、すっかり忘れてしまっているだろう。


「まあ、この豚汁ミルクに免じて、今回だけは見逃してあげますけど。本当に止めた方がいいと思いますよ。いつか絶対に酷い目に遭いますからね」

「分かったよ。もうしない」

「嘘ですよね?」

「良く分かったな」

「はぁ……」


 コハネは、あきれ果てたという様子で、ハンドルを握り直す。


「それで先輩、次の届け先まで結構時間が掛かりそうなんですけど。一気にワープしちゃいますか?」

「いや、それは駄目だ」

「何でですか?」

「ワープ機能の使用料金は高いからな」

「本当、先輩は何と言うか……何と言うか、ですね」

「文句は、ワープ使用料を配達員に負担させる会社に言え」

「じゃあ、通常運転で行きますけど……えっと、今日の残りの配達予定は、『火山の火口に真っ逆さま』『氷河期の海の底へ』『ドラゴンの口の中へ』の三本となっていますねー」

「何だその、あっさりと死にそうな三本立ては」


 日曜六時半にお届け出来るレベルじゃない。

 どう考えても深夜向け。しかも地上波では放送出来ない奴だ。


「あー、面倒くさいな。どうにかインチキ出来ないかな?」

「またそれですか。昔の、真面目で優秀な配達員の先輩はどこにいってしまったんですか?」

「それはお前、俺にも色々とあったからな……何だったら、俺の苦労話を聞かせてやろうか? 勿論、有料で」

「いえ、結構です。どうせ嘘でしょうし」


 コハネは前に向き直り、カーステレオを操作し始める。

 俺に興味を失くしたのか、こちらを見ようともしない。

 先輩の貴重な体験談、という名の説教が始まるって言っているのに。


「聞けよ! 今なら格安にしておくからさ。俺のありがたい話を聞かずに、何を聞くつもりだ。この時間だと、せいぜい24時間連続・波の音三昧か、72時間連続・雑踏の音三昧しかやっていないだろうが」

「や、先輩の話を聞くぐらいなら、波の音を聞いていた方がマシですから」

「いや、流石にそれよりは価値のある話を出来ると思うぞ?」

「でも、有料なんですよね?」

「勿論だ」

「じゃあいいです」


 カーステレオを操作していたコハネの手が止まる。

 車内に流れてきたのは、朗々と紡がれる、壮年男性の名調子


「あ、やった! 落語がやってますね」

「落語ってお前……またえらい渋い趣味だな」

「あれ、先輩は落語は聴かないんですか?」

「聴かないな。聴こうと思ったこともない」

「えー、23代目深海亭ルルイエの『ショゴス長屋』とか最高じゃないですか。運転のお供に最高ですよ」

「聞いているだけで正気がガリガリ削られるような暗黒落語じゃねぇか。良くそんなもん聞きながら運転出来るな」

「先輩のいびきよりは快適ですよ。そっちはゴリゴリ削られるんですから。たまに何かドロッとした物が垂れてますし」

「マジかよ」

「はい、たまに寝言も。この前は……えーと、なんて言ってたっけな……」

「こいつめ、言わせておけば!」


 助手席から身を乗り出して、運転席のコハネに挑み掛かる。

 何とも生意気なことを言い出したので、頭をグリグリとしてやることにする。

 

「ちょっ、先輩! いきなり立ったら危ないですよ!? 運転中ですって!!」

「うるさい! 大人しく、ぐりぐらせろ!!」

「どういう意味の言葉なんですかそれ!? あー、もう、着いたら起こしますから、少し眠っていてもらえますか」

「フハハハハ食らえ、先輩からの愛の鞭を!」

「てい」

「ぐふ」


 振り払うように飛んできたコハネの拳が、俺の腹部を貫く。

 完全に狙い澄まされた、鋭い一撃が、一番入ってはいけない場所に入った。


 一瞬で頽れる俺の身体。

 声も出せないままで意識が遠くなっていく。


 まあ、予定通り、ゆっくり休めそうな気がして来たから、良しとしようか。

 ひょっとしたら二度と目覚めない感じの休みかも知れないけれども。



      ◆      ◆      ◆         



 そして、目を醒ましたら荒野である。


「どういうことだよ」


 もう一度呟いてみても、何も変化はない。

 荒野の一角、丘のような高台に、軽トラックは停車している。

 辺りには、人間の気配はおろか、建物一つさえ存在していない。


 助けを必要としている誰かに、決められたチートアイテムを届けること。

 それが俺達、『OZ』の配達員の仕事なのだ。

 だから、届け先となる人物が、どこかにいる筈、なのだけど。


「おいコハネ、場所はここで合ってるんだよな?」

「はい、カーナビでもそう出ていますから間違いありません」

 言いながら、コハネは、軽トラックのカーナビを操作している。

 ただのカーナビに見えるそれは、あらゆる次元、世界のマップが内蔵されており、配達先の座標と、移動経路をたちどころに表示するという優れものだ。

 ついでに近くのラーメン屋も検索出来るし、ホームセンターだって探せる。


「……つっても、人間がいるのか、ここ?」

「別に、届け先が人とは限らないじゃないですか。以前ペンギンに、どんな灼熱地獄でも作れるかき氷機を持って行ったことがありましたよね?」

「人間相手じゃないと、言葉が通じなくて困るんだよなぁ……交渉も出来ないし」

「またそういうことを言う。まあとにかく、これが今日最後の配達ですね」

「なんだと? 火山と氷湖は、どうしたんだ?」

「終わりましたよ。誰かさんが気絶している間に」

「お前、起こせって言っただろうが」

「届け先にちょっかいを出されないおかげで、実にスムーズに配達することが出来ました。いっそのこと、今後はずっと気絶していて貰いましょうか?」

「止めろ」


 本当に止めて下さい。

 死んでしまいます。


「とにかく最後の配達ってことは、ドラゴンがどうとかってやつか。でも、何処にドラゴンがいるんだ? ドラゴンどころか、虫一匹いないぞ?」

「うーん、カーナビは確かにここって言ってるんですけどねぇ?」

「壊れたんじゃないのか? お前が適当に扱うから」

「私はいつだって丁寧に扱っていますよ! この間もほら、先輩が、くすねてきた美少女フィギュアをこっそり見せて貰った時も、丁寧に扱いましたし……まあ、ちょっともげちゃいましたけど……」

「あれ壊したのお前だったのか!?」


 もげたどころじゃないよ!?

 もう完全にバラバラ殺人事件みたいになっていたよ!?

 

「お前、後で絶対に弁償してもらうからな。慰謝料込みで」

「まあまあ、その話は後で」

「絶対に弁償して貰うからなッ!!」


「とにかく先輩、荷台からチートアイテムを降ろしておいて下さいよ。最後の配達先なんですから、少しくらいは働いて下さいよ」

「お前、俺がここまで何も働いていないみたいなことを……」

「働いていないですよね?」

「はい」


 確かにあんまり働いていないので、大人しく従うことにした。

 もう一度鉄拳を食らうような事態だけはどうにかして避けたい。


 ざらざらした地面の感触を靴の裏に感じながら、軽トラックの荷台へと向かい。

 そこに乗せられていた、手の平サイズの包みを手に取る。


「何だ、随分と小さいな……?」


 チートアイテムは、大体どれもが無駄に大きかったり、無駄にゴテゴテしていたりするものだ。

 手の平サイズの物は実は珍しい。

 気になったので、封を解いてみることにする。


「あー、勝手に開けたらダメですよ!」

「気にするな、検品作業だ」


 ぞんざいに小包の封を破り、中身を取り出してみる。

 すると、その中身は。


「……包丁?」


 ただの、包丁だった。

 そこらのホームセンターでワンコインで売っていそうな、普通の包丁。

 今まで、幾度となくチートアイテムの類を配達してきた俺だけど、この包丁はどう見てもただの包丁にしか見えない。

 ただの包丁が、どうしてここに?


「だからダメですって。その包丁、私のなんですから!」

「ってお前のかよ!?」


 まさかの私物である。


「って、荷台を私用に使うんじゃねぇよ。公私混同だぞ。仕事とプライベートは分けろよな!」

「それ、先輩にだけは言われたくないですけど……」

「ゲフンゲフン、今日のところは見逃しておいてやるとしよう。つーか、何でこんな物を荷台に積んでおいたんだよ」

「はい。実はその包丁、先輩に差し上げようと思いまして」

「え、ありがとう」


 反射的にお礼を言って。


「いや、だから何で包丁!?」

「美少女フィギュアを壊してしまったお詫びのプレゼントです」

「お詫びだったの!? チョイスがおかしいよね!?」


 どういう類のプレゼントなんだよ。

 まさか、これをいきなり突き刺して来て、『はい、プレゼント♪』などとやるつもりだろうか。

 それ、プレゼントじゃなくて、普通に傷害事件だよな。


「ほら、その包丁、オシャレじゃないですか」

「オシャレ……これはオシャレなのか……?」

 

 いかん、とてつもないジェネレーションギャップを感じてしまう。

 だって俺、今まで包丁にオシャレ性とか感じたことないんだけど。


「……まあ、ありがたく貰うけどさ。貰える物は、病気以外ならば何でも貰う、それが俺の主義だからな」

「あ、でもそのままだと危ないから、ちゃんとしまっておいて下さいね。例えば、刃をお腹側にしてベルトに挟んでおくとか」

「それって暗に俺に『割腹して死ね』って言ってる?」

「赤が映えてオシャレですよね」

「オシャレ、オシャレってなんだよ。おっと……?」


 オシャレ道のあまりの奥深さに手が震え、思わず包丁を取り落としてしまう。

 そのまま包丁は、刃を下にして垂直に地面に突き刺さった。

 

 こんな状態でも刺さるなんてとんでもない切れ味だな。

 そんな風に感心した、次の瞬間。

 凄まじい鳴動が、辺りを包んだ。


「――――ッ!!!!???」


 響き渡る轟音と振動。

 足下から、凄まじい揺れが伝わって来る。

 まるで世界そのものが揺れているかのような揺れ。

 軽トラックも、中にいるコハネの身体ごと激しく揺れている。


「なななな、何をしたんですか先輩!?」

「なななな何でだよ、俺のせいかよ!?」

「こういう時は大体、先輩がやらかしたに決まっているんですよ!!」


 失礼なことを言うコハネの声さえ、鳴り響く轟音に掻き消されてしまう。

 軽トラックの荷台に必死にしがみつきながら、周囲を見渡して。


「……あ」


 気が付いた。

 そして、気付いた瞬間に言葉を失った。


 遥か彼方の、空の向こうにあるそれを、見たから。

 天を衝く塔の如くに屹立した、一対の翼。

 遥か彼方に竜巻のようにのたくっている、長大な尾。

 そして、こちらを見つめる、怒りに満ちた瞳。

 それは、巨大なドラゴンの顔だった。

 燃えるような赤い瞳が、森のように生え揃った牙が、こちらに向けられている。

 

 つまり、ここは。

 ただの荒野だと思っていた、この場所は。


「ま、まさか、先輩、ここって……」

「あ、ああ、そのまさか、みたいだ……」

「じゃあ、やっぱり……」

「あのドラゴンの、背中の上だ……」


 そう、地面だと思っていたのは、ドラゴンの背中の皮膚。

 そこに、俺は包丁を落としてしまった。

 それはつまり、思いっきりドラゴンの背中を刺してしまったということで。

 

 その結果訪れたこの揺れ。

 そしてこちらを一心に睨みつけるようなドラゴンの視線。

 それらから判断出来ることは。


「ああ、要するに、滅茶苦茶怒っていらっしゃるんですよね?」

「何を冷静に言っているんですか先輩!? 出しますよ!」


 コハネが慌てて、軽トラックを発進させようとする。

 俺も慌てて、ドラゴンの背中に突き刺さっていた包丁を引き抜き、軽トラックの荷台に捕まろうと、手を伸ばして。

 しかし、俺に出来たのは、そこまでだった。


 次の瞬間。

 ドラゴンが怒りのままに身体を震わせたその衝撃が、辺り一面に伝播する。

 俺達が立っている地面そのものが、踊り狂ったように揺れ出す。

 その揺れに巻き込まれた俺達に、成す術はなく。


「ぬおおおおお!!!!」

「ひいいいいい!!!!」


 俺達は、そのまま空中に投げ出されてしまったのだった。



       ◆      ◆      ◆         



「おおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」


 無様に悲鳴を上げながら、落下していく俺の身体。

 視界の中には、軽トラックも、一緒に落下しているだろうコハネの姿も無い。

 このまま行けば、きっと地面に叩き付けられて終わりだろう。


 いや、こんなところで、死ねる筈がない。

 俺には、絶対に、やり遂げなければならないことがあるのだから。


 だから、生きる。

 生きる為に、行動する。


「お、おおおおお!!!」


 必死の思いで、自分の傍にあるものを確認する。

 制服に取り付けられたバッジという形で存在するそれは、『OZ』の配達員に支給されている、『ガジェット』と呼ばれるアイテム。


 世界を渡り歩き、理を超えたチートアイテムを配達するという、過酷な業務を行う俺達は、いつどんな危険な目に遭うか分からない。

 

 そんな危機に際し、

 自らの身を守る為、

 配達を邪魔する障害を取り除く為、

 限定的ではあるが、人知を越えた力を発揮する、配達員専用の特殊兵装。

 

 それが『ガジェット』と呼ばれるアイテムなのである。


 しかし、そう世の中は美味い話ばかりではない。

 確かに、ガジェットの力を使えば、ちょっとした奇跡を起こすことも可能だ。

 使い方によっては、チートアイテムに匹敵する効果を発揮出来るかも知れない。


 そんな強大な力、何の代償を支払わずに行使出来る筈がない。

 奇跡のような力の代償、それは、この世の中で、何よりも大切なもの。

 

 それは、金。


 ガジェットは、使用する度に使用料を徴収されるのである。

 それはもう無慈悲なことに、金を取られるのだ。


「ああもう、恨むぞこのドラゴン!! 後で金払えよ!!」


 急ぎ、制服に貼り付いているバッヂに念を込め。

 そこに登録してあるガジェットを呼び出す。


 ――空中浮遊型ガジェット『フーライ動』 起動 


 バッヂに登録してある5つのガジェットの内の一つを起動させる。

 次の瞬間には、重力に任せて落下していた身体が不意に軽くなり、空中へと浮き上がる。

 

 「……あ、危なかった」


 そのまま、ゆっくりと地面に向けて降下していく俺の身体。

 何とか、九死に一生を得ることが出来たようだ。

 ガジェットを使用したことで、来月の給料から使用料が天引きされることは確定してしまったが、とにかく命は助かった。 


 命が助かったことで、周囲を見回す余裕が出来る。

 近くにコハネの姿はない。もっと遠くまで飛ばされてしまったのだろうか。

 あいつのことだ、どうせ無事だろうけど。

 それよりも軽トラックに傷などが付いていないかが気になるところだ。

 この上、軽トラックの修理費まで請求されたらたまったものではない。


 頭上では、ドラゴンが空に向けて羽ばたいている。

 辺りを窺っている様子から見るに、背中を刺した犯人を捜しているのだろうか。

 でかい図体の割に、気が小さい奴だ。

 とにかく、あいつに見つからないようにしなくてはならない。


「……ん、下に誰かいる?」

 

 そして、落ちる先、自分の足下の方を見て。

 眼下に人が、小柄な少女がいることに気が付いた。


 その小柄なシルエットは、どう見てもコハネのものではない。

 この荒野の中で、ただ一人いる少女。 

 

「じゃあ、あの子が、今回の届け先ってことか……」


 俺は、ガジェット『フーライ動』を操作し、

 ゆっくりとその小柄な少女の元へとその人影の近くへと降下していく。


「……ッ!?」


 地面にゆっくりと降り立つと、こちらを呆然と見つめている少女と目が合う。

 しかし、ここはドラゴンの真下、悠長に話をしている暇はない。

 すぐさま、別のガジェットを起動する。


 ――空間隔離型ガジェット『ビハイン洞』 起動 


「くそっ、本当に後で金払えよな……」


 瞬間、周囲の空間が歪む。

 空間ごと切り離して、その場に緊急回避用のシェルターを展開するガジェット。

 こちらから外の様子を見ることは出来るが、外からはこちらを見ることも、感じることすらも出来なくなる。

 時間制限はあるが、ちょっとした透明人間気分を味わえる代物だ。


「……ふう」


 身を隠すことで、ドラゴンに襲われる不安は一応消えた。

 とはいえ、すぐ頭上に巨大なドラゴンがいるという状況自体は変わらない。

 あの巨大な瞳が、今もなおこちらをじっと見つめているような気さえして、生きた心地がしない。ガジェットを解除した瞬間に、喰い付かれるのは確実だ。


 だから。

 一刻も早く、この少女にチートアイテムを届けて、さっさと仕事を終わらせたいところ、なのだけれど。

 チートアイテムが積まれている軽トラックがどこにも見当たらない。

 同じくコハネも、どこにいるのか分からない。

 ようやく、配達先の少女が見つかったというのに。


 あいつ、ちゃんと仕事をしろよな。


 まあ、ともかく問題なく……大問題なのがすぐ上にいるけれど……配達先の少女と出会うことは出来た。


 少女は、怯えた表情でこちらを見つめている。

 見たことのない、民族衣装のようなものを着込んだ少女。首には、赤い宝石の付いたペンダントが下げられている。

 まだ、ほんの子供だ。


 怯えさせた表情のままでは、話がしづらいし、絵面的にもよろしくない。

 とりあえずは、胸ポケットにしまっていた飴なんぞを渡して懐柔を試みる。

 

 餌付けに成功したのか、ようやく少女の表情が和らいできた。

 やはり、胃袋を狙い打つのが手っ取り早い。


 少女は、不安そうな表情のまま、しかし、意を決したかのように口を開き。


「……………!」

「声小さいな!」


 少女は大変声が小さく、ともすれば、何も言っていないかのように聞こえる。

 まして近くに、やたら存在感のある生物がいるのだ。ドラゴンが頭上で軽く身じろぎする音ですら、少女の声よりも響くのだ。

 

 とにかく、俺の耳を、少女の口に出来る限り寄せてコミュニケーションを取る。

 布団の中でこっそりラジオを聞いているんじゃないんだよ。

 

「おじさんは何者ですか?」

「お兄さんな? 安心して良いぞ、お兄さんは敵じゃない。むしろ味方だ。お前に必要としている物を届けに来たんだ。チートアイテムを、な」

「チートアイテム?」

「ああ、それさえあれば、あのドラゴンを倒すことが出来るんだ」

「……ッ!?」

「まあ、肝心のブツは、ちょっと今手元にはないけど……急いで準備をするから、ちょっとだけ待ってくれ」

「分かった。おじさん」

「お兄さんな? いや、それにしてもでかいドラゴンだな。あんなデカいの、生身じゃとても立ち向かえないだろ。お前、どうしてあんなところにいたんだ?」


「それが、私の、使命だから」

「……使命?」


 ここが安全な場所だと分かったのか。

 あるいは俺のことを一応信用してくれたのか。


 少女はぽつぽつと語り始める。

 その生涯に託された、一つの使命の物語を。

 巨大なドラゴンとの間に隠されていた、禁断の物語を。



      ◆      ◆      ◆         



 少女は、由緒正しきドラゴン使いの一族、その末裔だという。

 少女とその一族は、小さい頃から一匹のドラゴンをパートナーとして選び、如何なる時も共に過ごすのだそうだ。

 生まれてから死ぬまで、常に共に暮らす。

 それは、本当の家族よりも家族らしい、余人の入り込む隙間のない深い関係で。


 しかし、少女の場合、その関係が変わってしまった。

 パートナーであるドラゴンの、異常なまでの成長によって。


 ドラゴンは、凄まじい勢いで成長し、空に届くほどの巨躯になってしまった。

 元よりドラゴンとは巨大なものであるが、少女のパートナーの成長は、本来の姿からはかけ離れた異常なもの。

 それは、進化とすら呼べるもの。


 しかし、その成長は決して喜ばれ、受け入れられるものではなかった。

 災いをもたらす悪しきものであると、認識されてしまったのだ。


 そうなってしまった責任は、パートナーである少女に押し付けられる。

 いや、少女自身が、誰よりも深くそう思ってしまったのだ。

 パートナーが災厄を振りまく前に、自分の手で何とかしなければならないと。


 幼い頃から育てられたそのドラゴンは、決して少女を傷付けることはなかった。

 しかし、少女の決意は、既に確かなものとなっていた。

 

 自分の手で、共に育って来たドラゴンを、殺す。

 

 それが少女の背負った使命。

 その小さな身にはあまりにも重過ぎる、使命だった。



      ◆      ◆      ◆         



「全く……」


 話し疲れたのか、あるいは緊張が解けたのか。

 俺の目の前で、少女は寝息を立てている。

 その少女のことを、何とかしてやりたいと思う。

 自分の力ではどうしようもなく、運命というものに翻弄されて、それでも必死に足掻いている姿……そういう姿を、俺は無視出来ない。

 

 だからといって俺が、ドラゴンを殺すということは出来ない。

 俺達配達員は、強大な力を持つチートアイテムを自由に持ち運びする人間であるが為、その行動には多くの制限が掛けられている。

 

 その中で、最も重要なルールが、

 『それぞれの世界の行く末に直接手を貸してはならない』というもの。


 俺達の仕事は、あくまでも、チートアイテムを配達することだけ。

 その世界の行く末は、届けたチートアイテムをどう使うかは、その世界の人間こそが行うべきだという原則。


 だから正直、コハネが魔王を撥ね飛ばした時は心底焦ったものだ。

 魔王にダイレクトアタックをかましてしまった形になるし。

 そもそも、軽トラックの修理代とかも気になるし。


 とにかく。

 この少女にチートアイテムをお届けすれば、俺達の仕事は終了する。

 だから、それ以降のことは放っておけばいい。

 すぐにでも、この世界から去ってしまえば良いのだ。


 だからといって。

 こんな少女を置いて行けというのか。

 しかも、これから単身でドラゴンに立ち向かおうとしている少女を。

 俺のすぐ横で、僅かに震えながら寝息を立てている少女。

 そのあどけない横顔が、脳裏に浮かぶ誰かの横顔と重なる。


「くそッ……」

 

 賭けても良い、少女が戦ったところで敵う筈がない。

 今でこそドラゴンの方も、かつてのパートナーである少女を前にして強硬手段には出ていないようだが、自らに命の危機が訪れれば話は別だろう。

 容赦なく、この少女に襲い掛かってくるに違いない。


「…………」

「起きたのか」


 気が付けば、目を覚ました少女が、不安そうに俺を見上げていた。

 俺の考えはまだまとまっていない。どうすればいいのか、決まっていない。

 

 らしくないことをしているのは分かっている。

 しかし、しょうがない。


「良く聞け。一つ、問題がある」

「え?」


 本当に、らしくない。

 まさか、ガジェットの制限時間を忘れるなんて。


「このガジェットの効果、もう少しで切れるんだ」

「……え?」


 少女の、戸惑ったような声と共に。

 俺達を隠していたガジェットが、急にその機能を失った。


「……ッ!!!!!」


 その瞬間、目の前にあったのは、こちらを睨んでいるドラゴンの巨大な瞳。

 俺達は、再びドラゴンの前にその身を晒すことになってしまったのだった。



                                  つづく

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