謎解
翌日、
「ええと、皆さん……今日、こうして集まって頂いたのには、訳があります。僕と馴染みの深い、川原警部ならお分かりかと思いますが、何と言いましょう――メイ探偵
よっ、メイ探偵! 川原警部が拍手しながら言ったが、他の者はみな、胡散臭いとでも言いたげな視線を、にこにこ顔の書生に投げかけた。
「名探偵? あんたがァ? やだァ、常連さんに探偵がいらしたなんてねえ」
女給の一人がくすくす笑ったが、潔子が力強く靴を鳴らすと、はっとして声を潜めた。他の者も、幼い少女の全身から滲む気迫に圧倒され、神妙な顔で潔子と空に視線を注いだ。
「空君、続けてちょうだい」
「ええ、お潔ちゃん、言われずともそうするよ。――さて、何から話しましょう。こういう場面って緊張しますね。ええと、そうだ。あの死体が、どうしてあんな不自然に重なっていたか、其処からお話しましょうか。何故、元畑さんはお美江さんに覆いかぶさっていたか? 二人とも明らかに他殺なのに、心中に見せかけるなんて、犯人はそんな阿呆じゃあないはずだ。何せ犯人は、現場に指紋やら靴跡やら、証拠となるものを何一つ残さなかったような、慎重な奴なんですからね。敢えて二つの死体を重ねるようなことはしないでしょう。では、問題に戻りますが、何故二つの死体は重なり合っていたか。……それは簡単、お美江さんを殺したのは元畑さんだからですよ。」
警部が、フームと低く唸った。彼自身、その可能性は考えていたのだろう。他の警察官たちも、納得がいったように頷いている。空は続けた。
「二人はうつぶせで重なり合っていたでしょう。そして、お美江さんの首には縄の痕があった。元畑さんが、お美江さんを背後から絞殺したのです。彼女の浮気心を恨んで。……お美江さんは死にました。そしてその時、ある人物がこの場に到着した。元畑さんに呼び出されてね。お潔ちゃんが、こんなものを拾ったんです。ほら、この紙。『午前十時五分、黒百合にて待つ』と――これはおそらく、元畑さんの筆跡で間違いないでしょう。そうですね、元畑佳代子さん?」
突然名を呼ばれた佳代子は青ざめた顔で飛び上がったが、恐る恐る空の手にある紙を見て、こくこくと頷いた。
「間違いございません。私の良人、元畑辰弥の字です」
「ありがとうございます。そう、犯人は元畑さんに呼び出された。そして、元畑さんがお美江さんを殺す現場を見せ、……これは僕の憶測ですが、元畑さんは犯人に、『俺を殺せ』と言ったんじゃあないでしょうか。きっと、これは元畑さんの、命を懸けた復讐ですよ。元畑さんは、犯人を憎んでいた。しかしそれと同時に、犯人を愛していた。だから、犯人の命を奪うのではなく、犯人の人生を狂わすことを考えたのでしょう。元畑さんは、犯人に自分を殺させて、殺人犯としての生涯を歩ませようと企んだのです」
「でも、おかしいじゃないの……」
吉江が言った。空が視線で話の続きを促す。
「どうして、憎んでいた犯人のために、自分の命なんて差し出しちゃうのよォ、あたしだったら無理よ、無理」
空は、悲しげな微笑を浮かべ、襟巻の端を顔に寄せた。
「悲しいことに、元畑さんはきっと、自分の命が惜しくなかったんです。彼は、長い間、劣等感に苛まれ続けてきたから。僕がお店で元畑さんとお話したとき、彼は言っていたんです。『俺は惨めだ。何十年も、惨めな思いをしてきた。こんなに惨めなら、死んじまった方がいいくらいだ』とね。僕がお店に来るのは昼間だけだから、彼、お酒に酔っていた訳じゃあないんです。それでも、初対面の若僧にそんなことを打ち明けなすったんですよ。彼はそれほどまで、自分を嫌っていたんです」
佳代子が、耐えきれぬと言うように声を上げて泣き出した。絹のような肌に伝う涙は、綺麗な曲線を描き、彼女の膝へと落ちる。震える彼女の肩を、廉蔵が擦った。空は続ける。
「もう、犯人がどなたかは、皆さんもお気付きでしょう。元畑辰弥が憎み、そして愛した人物。無意識の内に、彼の劣等感を煽り続けてきた人物が、犯人なんです――そうでしょう? ……小橋廉蔵さん」
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