第80話 残響
海辺のお寺の駐車場には、吉澤の車が停めてあった。
ずぶ濡れの衣服を駐車場で脱がされ、ぼくは下着一枚になった。
その上から、吉澤がブランケットで包んでくれる。
「まったくもう、」
恐る恐る車に乗り込んだ途端、母が後部座席で何か言っているのが聞こえた。
「いい年して人様に心配ばっかりかけて」
まぶたが重い。
「ほんとに、心配したんだから」
語尾が涙声に滲んでいく。
「でもよかったです、無事でいてくれて」
運転席の吉澤の声はやわらかかった。こんな格好でさえなければその好意もありがたく受け取れるのだけど、無防備な格好がぼくを萎縮させる。
ガンガンに暖房のたかれた車内は暑いくらいだ。海水をしこたま飲んだせいかひどく喉が渇いた。意識を保っていることが難しいくらい、まぶたが重い。次に目を閉じたらもうしばらくは起きられない気がした。
「ちょっと、寝てもいいかな」
かすれる声で呟くと、どうぞ、という小さな吉澤の囁く声が聞こえた。
目を閉じると、遠くであの光が揺れてる。体を包む柔らかな布の感触が、あの泡の温かさに似ていた。滑らかに柔らかくて、全身を包み込む恍惚感。水の中でするすると形を変える、触れると離れていく泡の。
手を伸ばすとまだそこに何かがあるような気がした。けれども毛布に包まれてぼくは腕もあげることができない。水の中で聞いたパチパチという乾いた泡の砕ける音が、まだ耳の奥に残っている。どうしてももう一度触れたくなって、ぼくは自分の手のひらにぎゅっと爪を立てた。
愛している、もう一度君の声が聞きたい。
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