第48話 振り向いて

 砂浜に広げっぱなしだった荷物を乱暴に京子の車のトランクルームに押し込み、ぼくは手持ち無沙汰で辺りの様子を伺った。京子は泣いて、憔悴しているようだったから、なんと声をかけたらよいかわからなかったのだ。京子は一応病院に連れて行く、と言っていたものの、濡れた服を着替えさせられた葉月は、何事もなかったように、湿った髪の毛をくるくると弄んでいる。潮に流されたショックはほとんど残っていないようだった。ぼくに向かってこっそり、海の中は泡だらけできれいだったの! とこぼすくらいだ。そんな頼りないぼくを尻目に、吉澤はなにか手伝えることはないかと探したり、一生懸命に見えたけど、京子はそれもあまり目に入っていないようだった。とにかく、自分が目を話した隙に子供の姿が見えなくなったことがよほどショックだったのかもしれない。子供のいないぼくには推測することしか出来ないが、母親というのはそういうものなのかもしれない。


 運転席の京子に顔を近づけて、吉澤はなにか熱心に話しかけていた。ぼくはなぜか逃げ出したい気持ちで、彼女たちのそばをうろうろとしていた。子供だけはなぜかけろりとして、そんなぼくを車越しに蹴ったり、指を指したりして遊んでいた。吉澤は京子を心配して、私も一緒に行く、と言い出したけれど、京子にやんわりと断られていた。ぼくはなんとなくいたたまれない気持ちでそのやり取りを見ていた。


 京子の車を見送ったあと、自分が感じていた居心地の悪さに少し嫌になりながら、吉澤のと距離を保ちながら、砂浜を離れた。

「京子ちゃん自分を責めてた。そんなに落ち込まないといいけど」

 吉澤がつぶやく。ぼくにはなぜ京子がそんなにも落ち込むのかよくわからなかった。子供をちゃんと見ていなかったからという罪悪感からだろうか。それでもあれは事故だし、ちゃんと見ていなかった、という点ではぼくも京子も同じなのに。


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