第25話 瞳、唇、鼻

 何が起こったのか、一瞬で把握しつつ、それでもぼくは信じられないでいた。そもそも彼女に人間と同じような感情、欲望があることが受け入れられない。それに、なんで、ぼく。頭がとんでもなく重かった。

 ぼくの顔を覗き込む彼女と目が合う。薄茶色の、吸い込まれそうなくらい透明な瞳。高く、薄く尖った鼻筋。それから少し、人と比べると薄い、柔らかな桃色をした唇。

 ぼくはまた、彼女から目を逸らした。彼女はぼくの頭のすぐ側に、頭を置く。そのまま体を倒して、ぼくに寄り添った。ぼくは目を閉じて、布団が彼女の形に凹むのを想像した。そしてそのままもう一度無の字を脳裏に思い描く。彼女の柔らかな吐息が耳元を撫でた。無の字は思うような形にはならない。ぼくの悪あがきを嘲笑うかのように無惨にも崩れ去っていく。ぼくの右手が彼女の頭に伸びようとする、その一歩手前で思い留まった。


 彼女の髪は長い、そして細くて柔らかい。昔近所の女の子が持っていた、人形遊びの女の子に似ている。ぼくが彼女に触れたら、彼女はもう形を留めないかもしれない。なぜだかそういう風に思った。

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