いつも転移は突然に
ソロ
プロローグ
「——ああ、もう! 勘弁してくれーっ‼」
頭を抱えながら叫ぶ俺を見て、周囲の人々がざわつきはじめる。
「い、いきなりどうなされましたか、勇者様⁉」
声を掛けられた方に目を向ける。華々しい衣装に身を包み、どこか気品を感じさせる女が一人、困惑した面持でこちらを凝視していた。
辺りを見渡すと、そこは儀式用の装飾で彩られた大広間。黒いローブを着た魔術師や屈強な騎士達が武器を構え、俺を取り囲む。
まあ突然現れた男がいきなり奇声を上げたのだから、彼らが警戒するのも当然の反応だろう。
だが、そんな事は俺にはどうでもいい。
これまで幾度となく似たような体験をしてきたおかげで、瞬時に自分の置かれた状況が把握できてしまう。
またしても異世界に召喚されてしまったのだと。
——初めて異世界に召喚されたのは十四歳の時だったか。
ただの日本の男子中学生だった俺は当然歓喜した。ゲームや小説でしか味わえない、夢にまで見た世界がそこにあったのだから。
だが、そんな感動も長くは続かなかった。
今回で計五十六回目。現在十七歳、俺が高校二年生になるまでに異世界に召喚された回数である。
召喚され体質とでも呼べばいいのか……RPGの召喚獣の如くぽんぽん呼ばれる。
召喚されること自体にはもう慣れた。問題はそこではないのだ。
上半身は裸。下半身はバスタオル一枚を巻き付けているだけ。更には全身ずぶ濡れ。それが俺の現在の状態である。
どれだけ回数を重ねても、召喚されるタイミングまでは選べないのだった——。
「お見苦しい所をお見せして申し訳ありませんでした。
用意してもらった服に着替え、謁見の間に案内された俺はひとまず自己紹介する。
「こちらこそ申し訳ありません、勇者様。そちらの世界ではそれが正装なのかと……」
玉座に腰掛ける女性は、真面目な顔で冗談なのか本気なのか分からない台詞を吐く。
「んなわけあるか!」
念の為、普段から風呂中はバスタオルを着用していたのが役に立った。
大体、召喚の予兆を感じてから三十秒程度しか猶予がないというのがおかしいと思います。
そんな愚痴はさておき、まずはこの世界の状況の把握が先決だ。
どうも、ここは今まで来た経験がない世界のようだ。
異世界といっても一概には言えず、多種多様な世界が存在する。
人間が全く存在しない、ドラゴンが統治する世界。
死という概念が存在せず、生物が転生を繰り返して繁栄する世界。
人や魔族が手を取り合って共存する世界。
とても口では説明できない、凄惨な世界もあって。
そんな世界を、渡り歩いて……もとい、強制的に召喚されてきたのだ。もはやベテランの域に達しているといっても過言ではない。
おそらく俺が見てきた世界なんて、極一部にすぎないのだろう。それこそ、無限といってもいい程存在したとしても不思議ではない。
「私はこの国、ミストライアを治める女王セフィリナと申します。まずは勇者様を突然召喚した非礼をお許しください」
女王は深々と頭を下げながらこちらの様子を伺っている。若干警戒されているような気がするが、気にしない。
「問題ありません、お気遣い感謝致します。早速ですが、俺が召喚された理由を教えてもらえますか?」
俺が日本に戻る方法は一つ。送還魔法を掛けてもらうことだが……この様子では、今回も問題を解決しないと協力してくれそうにないだろう。
召喚や送還といった次元魔法は、一個人がおいそれと使用できるものではないのだ。
自力では帰る事すらままならない所が何とももどかしい。
この女王だって態度こそ礼儀正しいが、そうやって利用しようとする者、された者をこれまでの世界で何人も見てきた。
警戒を緩めてはいけない。弱みを見せれば、そこにつけ込む輩はごまんといる。
ましてや、ここは初めて来た世界だ。味方はいないものだと考えて動いた方がいい。
こうして日本に帰る為、五十六回目の戦いが始まっていくのであった——。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます