その30 シキナ

 奇怪な顔面を貼り付けた忌まわしい太陽が、地平線の彼方へと消えゆくころ。

 寝ぼけ眼の月が、これから本格的に目を覚まそうという、ちょうどその時。


 電球が灯るように、シキナはぱっと目を覚ました。


「――んむ」


 同時に、猫のように素早く布団から抜け出す。

 彼女の精神状態には、オンとオフしかなかった。

 寝ぼけた頭でぼんやりしている時間がほとんど存在しないのである。


――二度寝の楽しみを知らんとは、なんともったいない。


 などと、一部の仲間はそう言うが。

 元いた世界の習慣というものは、そう簡単に抜けるようなものではない。


 部屋を見回す。

 ……違和感。


 視線をドアに向け、そのわずかな隙間から、にゅるりと伸びる数本の触手を見た瞬間。


――二ツの銃声が、“社”中に轟いた。


 枕元に潜めたリボルバー。

 その弾丸を、触手目掛けてぶち込む。


「ピギャーッ!」


 魔獣のような悲鳴を上げるの触手が、弾丸を受けてちぎれ飛んだ。

 赤銅色の触手が、びちびちと部屋の中を跳ねる。だが、本体は逃したらしい。


 それを追い、シキナは飛び出す。

 ドアを開けると、犯人が廊下の隅で縮こまっていた。

 慎重に銃口を向けながら、言う。


「夜這いとは、……良い度胸だな」


 かくいうシキナは、ほとんど一糸まとわぬ姿である。これは元いたセカイの職業病で、裸で寝ていた方が素早く戦闘服に着替えられるため、癖になってしまっているのだ。


「待ってくれ姐さん。……話を聞いてくれ」


 犯人、――マン=タイプOは、残った六本のうちの二本を頭の上に掲げて、ホールド・アップの姿勢をとる。


 シキナは、一瞬だけ考え込んだ後、


 BLAM! BLAM!


 六本あった足を、四本まで減らしてやった。


「ヒドい。ヒドすぎる」


 しくしくと涙を流すマン。


「どうせまた生えてくるんだろ?」


 冷たく言い放つシキナ。


「それまで、三日はかかるんだぜ。これじゃあ歩くこともできない。にじりよることしか……」

「乙女の肢体を覗こうとした罰だな」

「乙女って……」


 BLAM!


 天井に向けて、威嚇射撃。


二十歳ハタチはさあ、まだオトメで通るだろう? なあ?」

「……アッ、ソッスネ」


 マンの身体は、もはや小物入れに入りそうなほどに小さくなっていた。


「それで? 本格的に処刑が始まる前に、言い訳はあるか?」

「……己れは、この身体になってからこっち、人間で興奮できなくなってる」

「ほう? それなら、どういう了簡で……」


 そこで言葉を切る。なんとなく、事態が把握できたからだ。


「……月華げっかか」


 シキナは、同じ“社”に住む“かんなり”のふくれっ面を思い出した。


「まァな」


 子守用に生み出されたというマン=タイプOは、満12歳に達していない人間に対し、寛容になり過ぎる性質を持ち合わせている。本人曰く、これは理性でどうにかなるものではないらしく、本能的な行動らしい。


「あの娘が、シキナと一緒に寝たいって言うもんだからさ。……その手引きを頼まれたんだよ」

「やれやれ」


 遅ればせながら、シキナはクローゼットからシャツを引っこ抜いた。


「お母さんのおっぱいが恋しい時期なのさ」

「困ったお子様だ」


 ブロンドの巻き毛を掻きむしりながら、ため息をつく。

 シキナは、両親を知らない。

 産まれながらの戦闘員レンジャーとは、そういうものだ。

 それ故シキナは、未だ月華の扱い方を決めかねていた。


 自分の元に居て学べるのは、殺しの技術だけだというに。


――狂人によって支配された、争いの絶えないセカイ。


 シキナは、自身の故郷について説明を求められたとき、端的にそう言うようにしている。

 弱者は踏みにじられ、強者のみが生き残る。そういうところだった。

 ……もう、一年も前に捨ててきた場所である。


 ズボンを履いて、トレードマークのカウボーイ・ハットを被ると、シキナは相棒に声をかけた。


「それじゃ、気を取り直して、……朝飯にするか」


 シキナが言うと、決まり事のように、マンはこう応える。


「もう、夕方だけどな」

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