その51 エピローグ2
『お疲れ様です、光久さま』
“ショートケーキ”は、夕飯の支度の最中であった。
「晩飯はなんだ?」
『ショートケーキのつもりです』
かくいう人型ロボットの前にあるのは、光久の知るショートケーキとは似ても似つかない、分厚いお好み焼きのような食べ物であった。
「これが……?」
『砂糖は、この世界においてわりかし貴重品でありますれば。……いつでしたか、気持ちだけでも誕生日ケーキっぽいものを食べたいという、そんな魔衣様の我儘が、この料理を生み出したのです』
「へえ」
試しに、ケーキのあまりをつまんでみる。
「……む」
思ったより、味は悪くなかった。
山菜と肉が入った巨大な卵焼きに、クリーム状のソースをかけた食べ物。そういう感じだ。
「ロボットの創作料理か……」
光久の口元に、皮肉な笑みが産まれる。
――この機械仕掛けの友人が、人間の感情を理解する日はそう遠くないだろうな。
そんなふうに思えたからだ。
『どうかしました?』
「いや。……そういやお前、いつまでこの“社”に居るつもりだ?」
『実を言うと、今夜あたり発とうかと思っております』
「そうか」
それで、最後に自分の名前を冠した料理を出す訳か。
光久は納得して、友人に手を差し伸べた。
『なんです? これ』
「握手だ。知らないか?」
光久は応える。
“ショートケーキ”は、一瞬だけ躊躇した後、
『一件、該当する項目がありました。お互いの好意を確かめ合うための儀礼的手段、と』
応える。
『アナタ、ひょっとしてホモだったんですか?』
無言のまま、野郎の向こうずねを蹴り飛ばしてやった。
もちろん、痛いのは光久の方で。
「ああ、くそっ。お前わざと……」
『もちろん冗談です。……我が人生における、二人目の友人よ』
“ショートケーキ”は、労るように精妙な指先の力で、そっと光久の手を握り返した。
▼
再び魔衣の部屋に戻ってくると、
「…………………………」
“勇者”が、扉の前で佇んでいる。
「よう」
声をかけると、“勇者”は少しだけ目を細めた。
「魔衣はもう帰ってるのか?」
どうせ無駄だろうと思いながらも訊ねると、――。
(こくこく)
驚くべきことに、反応がある。
「……いま、首を縦に振ったのか? イエスって意味で?」
(こくこく)
「お前……自己主張できたのか。これまでずっと、無視していやがったってことか」
皮肉交じりに訊ねると、
(ふるふる)
首を横に振った。
その後、いくつかの問答の末、“勇者”から得た情報をまとめると、……どうやら、“魔女”の一件の報酬で、“造物主”から新たな力を賜ったらしい。
それがこの、”はい・いいえ”式の意思疎通能力だという。
「……どうせなら、しゃべれるようにしてもらえば良かったのに」
言うと、“勇者”は少し困ったように、ふるふると首を横に振った。
――……これ以上は、自分の手に余る。
と。
そう言いたかったのかもしれない。
「俺、魔衣に渡したいものがあるんだ。だから、そこをどいてくれないか?」
すると“勇者”は、しばらく考え込んだ末、小さく、
『――クエスト』
と、呟いた。
すると、その手のひらに、光久が持っているのと比べて少し小さめの“クエスト・ブック”が現れる。
「あっ、それ、お前も持ってるやつだ」
――”造物主”からもらったものは、複製品だったってことか。
“勇者”は、光久に意味ありげな視線を送って、……そのまま静止した。
少し考え込んだ末、光久は“クエスト・ブック”を覗き込む。
そこには、
――だれも へやに いれないこと。
という魔衣の命令が書き込まれていた。
光久は深く嘆息して、その行を黒く塗りつぶす。
「…………………………………」
すると“勇者”は何も言わず、その場から退いた。
「今のお前なら、ようやく友達になれそうだ」
光久が言う。
“勇者”は、イエスともノーとも応えない。
ただ、静かにうつむくだけだった。
▼
「……よう。魔衣」
ドアを叩く。
すると中から、「むーい」という奇怪な返答が聞こえてきた。
「入るぞ」
応えはない。ドアノブに手をかける。
室内に入ると、強烈な匂いが鼻を突いた。
部屋の中央には、バスケットボールくらいの大きさのフラスコが、アルコールランプで炙られているのが見える。
フラスコの中の液体は、ぽこぽこと音を立てて、何とも言えない匂いを発していた。
「なにしてんだ」
光久が訊ねると、マスクをしたまま、魔衣が応える。
「せっかくだから、最後までホムンクルス作りを試してみてる」
魔衣の目は、どこか死んだ魚を彷彿とさせた。
「途中まで作りかけてたから。――せっかくだしね。ひょっとすると、普通の人の血でもうまくいくかもしれないし」
不毛な行為をしている自分に気がついているのか、魔衣の口調には明らかに覇気がない。
「魔衣……」
「“試練”って、“がんばったで賞”とかないのかしら。……ふひひ」
――これはいかん。
光久は慌てて、魔衣の肩に手を置いた。
「おい、しっかりしろ、魔衣」
少女は顔を背けて、
「べーつーにー? ……しっかりしてますけどぉ?」
そうは思えなかった。こんなにフワフワしたしゃべり方をする魔衣など、これまで見たこともない。
光久は慌てて、彼女の目の前に小瓶を突きつけた。
「らいかの血だ。……手に入れたのは、俺の手柄じゃないけど」
すると一瞬だけ、魔衣の目に光が宿る。
「あら。……ほんと?」
「ほんとだ。どうやら、らいかが気を利かせてくれたらしい」
「ふーん……」
薬瓶を受け取りながらも、魔衣はまだ、ふくれっ面を止めない。
少女は、どかりとベッドに座り込んで、
「――それで?」
「ん?」
「それで、いつ帰るつもりなの?」
光久は首を傾げた。
言っている意味がわからない。
「帰るんでしょ? 自分の世界に」
そこで、ようやく光久にも言葉の意味が呑み込めた。
そういえば。
らいかの元へ向かったあの日から、魔衣とはろくに口をきいていない。
てっきり、もう誰かから聞いたものと思い込んでいた。
「帰らないよ」
「――へ?」
魔衣は、素っ頓狂な声を出す。
「約束したじゃないか。借りは全部返すって。まだまだ返したりないぞ」
感情の赴くままに言うと、一瞬、魔衣の表情が朱に染まった。
「……あー。そういうパターンのやつ?」
光久が首肯する。
「だからさ。できれば、……もうしばらく、俺と一緒に居てくれないか?」
少年としては、愛の告白をしたつもりで。
ぽかんとした表情のまま。
上水流魔衣の答えは、――。
【了】
ごくごく平凡な男子高校生による異世界冒険譚と、その旅行記録。 蒼蟲夕也 @aomushi
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